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ヒューマンホラー 「僕の居ない場所」「君の居ない場所」

君の居ない場所 

作者: くろたえ

夏のホラー2020「僕の居ない場所」の対の作品。

こちらは死んだ少女が主人公。


ここの電車は、凄まじく混む。

どれくらいって、電車の中に人が詰まっているのに、後ろから駅員が、押し込んでなんとか入れようとする。わき腹にカバンがあったりすると、それが痣になるくらい。

だから、もちろん乗れない時もあるので、数本の余裕は持っている。


いつものドア横に陣取ることが出来た。

ここにいると、北高の男子生徒と目が合うときがある。

少し気になっていた。


最近、学校に行くのが億劫だ。


休んでしまおうかしら。


ベットで由美子は考えた。

でも、もう起きて支度をしないと、駅まで走ることになる。


この暑い時期に、朝から走りたくないな。


仕方なしに重い体で起き上がった。


制服に着替える。

カバンを持ってリビングに降りて行った。


ああ、またか。

お母さんが仕事を始めたので、朝ご飯は自分でやらなければならない。


最近、お父さんとお母さんの仲が悪く、夜に部屋にいると下から両親のケンカの声が聞こえる。

それ以来、お母さんは仕事を始めたようだ。


食欲もないので牛乳だけ飲んで、家を出た。


今日は天気がいい。


通り道の家の犬に手を振って挨拶をする。

子供の頃から知っている犬だ。


「キュ~ン。キュ~ン」


甘えた声で挨拶を返してくれた。


駅に着く。

今日も電車は満員だ。

各駅で、人が満員なのに更に乗ってきて、その上に駅員が乗客をドア内に詰め込むべく、スクラムを組んで乗客の背中を押す。


ドアに近すぎると、降りる人に飲まれて一緒に降ろされて乗れなくなるし、逆にドアから遠い車両の真ん中くらいに居ても、降りたいのに人混みで出れずにドアが閉まってしまう事がある。

そんな時の「ああ、この子降りれなかったんだな~」な周囲の視線は痛い。


なので乗車したときは、車両の真ん中までの距離まで進み、少しずつドアに近づく作戦を取っている。

次の駅で降りる時には、もうドアの横に陣取っている。


その時、乗ろうとしていた同い年くらいの男の子と目が合った。

その男子は、私を見て出遅れたのか、電車に乗れずに目の前でドアが閉まった。

ドアが閉まる瞬間、ふいっと下を向き、目をそらせた。

その時に、自分がじっと見ていたのに気づいた。


少し恥ずかしい。


電車が発車する前に、男子が顔を上げ、もう一度目が合った。

目が合うと、やはり顔を背けた。


ドアが無ければ、結構近い距離だな。

ビックリした。


あの制服は、どこの高校だろう。

北高だよね。偏差値が高い共学。


なんで、一瞬目が合っただけなのに、ここまで考えちゃうんだろう。

別にひとめぼれとかじゃないと思う。うん。


なんだか、彼に考えが寄っているくのを照れて戻しながら、学校に到着した。


私の高校は、偏差値は平均の女子高だ。


教室に入り席に座る。

その間、私に声をかける女子は居ない。なんとなく最近イジメが私に起こっている。

無視と陰口がだいたい。

直接的な嫌がらせはないから、中学生の頃に1年間あったイジメに比べれば何てことない。

親友が出来て無かったのは、ちょっとマズかった。

でも、親友だと思っていた人に裏切られるよりかはずっと良い。


あの頃は、お昼に配られる牛乳が腐ったものだったり、机に色々嫌な事を書かれていた。

黒板の日直の名前を書く場所に「嫌われ者」と書かれていた時にはショックだった。

それを皆が見ていたんだ。皆、見ていても笑っていたんだ。

最初は数名の男子から始まったイジメは主要な女子グループも参加して、結果、クラスの生贄になった。

書かれたことより、書いたのを皆が止めなかったのが悲しかった。


クラス替えをして2年生になったら、イジメはなくなった。

同じクラスだった子も居たけれど、それに触れることは無かった。


そんなことをぼんやり思い出しながら、時間は流れていき、授業も終わりに近づいた。

やばい。前の時間の教科書のままだった。

と思ったけれど、先生は黒板にしか興味ないから、皆、結構、自由にしている。


授業が終わった。


なんか、話す人も少ないから一日が早く終わる。

授業も身に入らないし。


とぼとぼと帰路につく。



そして、翌日。


降りる一つ前の駅で、いつもの場所に居たら、あの男子に会った。

驚いた顔をして、目があった事に気付くと、うつむいてしまった。


男子の割には小柄で、色白の彼が好ましいと感じていた。


あ、また電車に乗れなかったみたい。


乗ったら、私のすぐそばに来ちゃうよね。人でみっちりしているんだから。

そう考えたら、少し恥ずかしくなった。


中学の時、男子からのイジメがあったせいで、男子と付き合ったことがない。


付き合うなら、あんな優しそうな男子が良いな。


勝手に想像しては一人で恥ずかしくなった。


やっぱり北高の生徒だった。

頭も良いんだな~。

小柄で、男くささがないって言うか・・・


うん。良い感じ・・・


この感じって、恋かな。



毎朝の一瞬の彼との出会いが心待ちになっていた。


お母さんが朝居ないのも気にならない。


犬に挨拶して駅に向かう。


駅前の横断歩道は事故が多く、いつも花が飾られている。

ちょっと嫌だな。

夕方とか暗い時間は通りたくない。


いつもの電車に乗る。


そして、いつもの駅で、彼に会える。


今日も彼は、何かを言いたげに、でも何も言わずに・・・


「あ、あの・・・」


「え?!」


彼は、私に突然話しかけて、そして、私の周りの人を驚かせながら、それ以上は何も言えずにドアが閉まった。

周りの目を気にして、恥ずかしそうにうつむく彼が可哀そうだった。

何を言いたかったんだろう。


その日は、彼の事ばかりを考えていた。

だって、しょうがないじゃない。

最近、なんかつまらないし、誰も楽しい話を振ってくれないんだもの。


帰り道も彼の事を考える。


今度は私から話しかけてみようかな。


でも、軽いとかチョロイとか思われないよね。



駅を降りて、交差点に向かった。


「え?」


彼が交差点の向こうに立っている。


「なんで?」


毎朝、見る彼とは少し違う感じ。

思い詰めたような、唇が固く閉じられている。

変なことに、右手にカバン。はともかく、左手には花束を持っている。


信号が青になり、進んだ。


必然的に彼のもとに。


思わず聞いた。初めて声かけた。


「どうしたの?」


彼は、黙って下を指さした。

そこには、彼のとは別の花がいくつか飾られていた。


「え?」


意味が判らない。彼の?


「君のだよ」


「え?」


今日、何度言った判らない「え?」を繰り返していた。


「え?え?え?・・・何を言っているの?」


「君は先月、この場所で信号無視の車に轢かれて死んだんだ」


彼は、無表情で言った。


もっと普通の優しい人だと思っていたのに。


なのに、いきなり、いきなり、


「何を言っているの?

・・・何言っているの?

私、毎日学校行っているんだよ。

電車で毎朝会っていたじゃん」


「うん。死んだのを自覚してないんだなって判っていた。

僕を気にしだしたから、ヤバいかな・・・って思ってさ」


赤くなるのを自覚する。

そう。勝手に思っていた。


私に気があるんじゃないかって。


でも、そんな風に言われるなんて・・・

酷いよ。


恥ずかしくて、うつむいた。

ぎゅっと閉じた瞼から涙はポツポツとアスファルトに落ちた。


「ああ、違うんだ。あーーっと。もう!」


少年は、少し優しい顔をして


「ちゃんと説明させて。少し、そこの公園で話せるかな?」


涙が止まらないままに、頷いた。


彼の言う公園とは駅前公園であり、その名の通り駅からすぐだ。

彼は時折後ろを振り返り、私が続いているかを確認している。


そんなことしなくても、逃げないのに。


でも、「死んだ」って何だろう。

誰だろう。


私なの?

彼じゃなくて?


彼の足を見る。

足はちゃんとあるんだ。


私の足も見る。

ちゃんとある。


そんな事を考えていたら、公園着いた。


「そこのベンチに座ろう」


「はい」


付き合っている人の会話みたい。

でも違うのよね。


この人は、「死んだ」って言っている。


「寒くない?」


頷く


「驚かせてゴメンね。

それと、傷付ける言い方したかも。

ごめんね」


頷く


「でも、ちゃんと確認しなきゃいけない事だから、少し、僕に付き合ってね」


頷く。

一人称は僕なんだって思いながら。


少年は、脇に花束とカバンを置いて中から、新聞の記事を切り取ったものを出した。


「見れる?持てる?」


なんで変な言い方するんだろうと思って、手を記事に伸ばしたら、


手が・・・すりぬけた。


だんだん、気持ちが悪くなる。


酷い風邪の悪寒みたい。

吐き気がする。

怖い。

寒い。

体がガタガタと震えだした。

嫌だ。

逃げよう。


「大丈夫。怖いと思うけれど、大丈夫じゃないと思うけれど、大丈夫になるから」


彼も必死になっている。

私の動揺に気付いて、安心させて、もっと酷い事をしようとしているのか。


判らない。

何が起こっているの?


「少し、近くに寄るね。そうすれば読めるでしょう」


彼は、ぴったりと隣に詰め寄った。

ああ、暖かい。

彼の太ももが私の足に触れている。


恥ずかしくなって、身を固くした。


「あ、ごめん。近すぎたね」


彼も少し赤くなっていた。

彼も緊張しているんだと思ったら、少し安心した。


切り抜いた記事を横から差し出して、読みやすいようにしてくれた。


それは

交通事故の死亡記事だった。


16歳 梶原由美子 

死亡


死亡


わたし の なまえ が ある


でも、私は、今こうして居るじゃない!


あ、さっき、この記事が手に取れなかった。


混乱して両手を見る。

ある。

あるのに?


顔を上げた。

彼と目が合った。

彼は悲しい目をしていた。


「わたし、死んでいるの?」


「うん。この記事は3週間前。

君は信号無視のワンボックスカーに轢かれて、即死している」


「何も、覚えていない。

今まで普通に学校も行っていた」


「そうだね。カバンは?」


「え?カバン・・・あれ?無い」


「意識が普通の生活をしていたから、カバンを持っているつもりだったけれど、持ってなかったんだ。

一日が曖昧に感じた事は?クラスメートと最近、話した?授業で当てられた?家では家族と話している?ご飯とか食べている?」


立て続けに聞かれる。

どれにも答えられない。


「最近、お父さんとお母さん仲が悪くて、夜はケンカばかりしている。

ご飯は、お母さんが最近仕事を始めたから・・・

クラスでは、少しイジメにあっているだけ。

授業は、勝手に進んでいくだけだもん」


そう言っても、どこかで納得していた。


最近、誰も私を見ないから。


私と目が合ったのは彼だけだった。

だから、こんなに気になったんだ。


私は、死んじゃっていたの?


そんなの、全然予定に入ってなかったよ。

イジメに遭っていた時に自殺とかは考えたことがあるけれど、でも、何で今のなの?


もっと、もっと、もっと、たくさん・・・・


泣きながら叫んだ。


「わたし、死んじゃったんだね」


「うん。」


「私、何もしてこなかった」


「うん」


「得意で特別なものは何もないの」


「うん」


「思いっきり何かに打ち込んだこともない」


「うん」


「でも、それは、いつか来るって思っていた」


「うん」


「いつか、すごく好きな事に出会えて、一生懸命に頑張るんだろうと思っていた。

いつか、好きな人と付き合ったり、今は普通のクラスメートとも、もっと親しくなって友達以上の親友に誰か一人か二人くらい、なれると思っていた」


「わたし、何にもしないうちに死んじゃった!」


涙がとまらない。

ぽたぽたと、握ったこぶしの上に落ちるけれど、これは、もう私が泣いているだけ。


この世界には、私はもう居なくて「私が泣いている」という事象は、幻影の様なもの。


どれくらい泣いていただろう。


彼は黙って隣に居てくれた。


泣き疲れて、ぼんやりとしてしまった。


「大丈夫?」


顔を覗き込んで聞いてきた。


鼻が赤くなっているし目は腫れて絶対ブスなので、深くうつむいたまま頷いた。


「もう遅い時間だよ。家まで送るよ」


「大丈夫です。わたし、一人で帰れますから」


今までも、普通に帰っていたし。


「うん。僕が、お線香をあげに行っちゃあダメかな?」


私にお線香って、全然ピンとこない。

悪い冗談かと思ったけれど、彼は、真面目な顔をしていた。


「いいですけど・・・」


一応了承したけれど、変な感じだと思った。

私にお線香?

なんか、早くない?

私、心の準備がまだなんだけれど。


「あ、でも、うち誰も居ないですよ。それに仏壇とかもありませんし・・・」


「家のリビング見たの?」


「はい。いつも、誰も帰ってこないので、先に寝ています」


ふ~ん。と彼は、空を見ながら考えていた。


一緒に空を見た。

あ、もう暗くなっている。

思ったよりも早く時間は過ぎていた。


「多分、今日は、誰か居るんじゃないかな」


彼は、確信を持って言った。


「じゃあ、行こうか」


2人でベンチから立ち上がり、公園を出る。


「ここから、15分くらいです」


「そうなんだ。道を教えてね」


「はい」


「ありがとう。よろしく」


男子と隣を歩くのは、初めてかも知れない。

背は、私より少しだけ高かった。

夕方の遅い時間。

夕陽はもう、地平線から消えている。

赤い光が残っていて、反対側の空は夜の色。


こんな風に男の子に送ってもらいたかったな。

あ、今、送ってもらっているか。

そう考えたら、少し嬉しくなった。


「どうしたの?」


彼が尋ねる。


「はい?」


「なんか、嬉しそうな顔をしていたから、何でかなって思って」


うわっ。顔に出ていたんだ。恥ずかしい。

でも、私の全部を知られているから、今さらか。


「男の子に、こうして送ってもらうのが夢でした。付き合った人が居なかったので」


あ・・・と彼が顔を赤くさせた。


「僕も、女子と二人きりで帰るとかは、初めてだな」


「共学なのに?」


「共学だからって、彼女が出来るとは限らないよ」


「そうなんだ。共学なら、すぐに恋人が出来るのかと思っていた」


「まあ、背の高い奴とか、スポーツがうまい奴、勉強が出来る奴とか目立つのは、早く彼女とか出来るよな」


あえて、顔を覗き込んでみた。

彼は、赤い顔を背けながら言った。


「しょうがないじゃん。

俺なんて、背は低いし、運動苦手だし、勉強は頑張っているけれど、中の上くらいだし。

面白い事言えるわけでもないから、目立たないんだよ」


少しむくれている。

それから、自分のことが僕から俺になった。

なんだか、可愛い?って気持ちになる。


「なんだよ。笑うなよ」


彼が不機嫌そうに言った瞬間に、隣を通り過ぎた男の人が、不審げにこちらを見た。


ああ、そうか、私が見えないのか。

彼が独り言ぶつぶつ言っているように見られちゃうんだ。


「気にしないで良いよ。俺が、送るって言ったんだから」


気付いて、優しく言ってくれた。


ああ、なんてタイミングだろう。

胸が、きゅんとしてしまった。



だから涙をこらえて、可愛い顔を覚えていてて欲しくて、精一杯に笑って


「ありがとう!」


って言ってやった。

彼は、少し怯んでいた。


えへへ。まいったか。


前を向きなおした時に、涙が一つ落ちた。


あ、そうだと、近所の犬に手を振った。

やはり、その子は私を認識してキューンと鳴きながらしっぽを振ってくれた。


「ありがとうね。ずっと同じ様に接してくれて。私は知らなかったの」


言うと、その子は座り鼻を上に向けて


「うーーおーーーん」


と鳴いた。


真っ黒な瞳は、さよならと言っていた気がする。



家に着いた。


あ、リビングに電気が点いている。


「ここだね」


「うん。誰かいるみたい。珍しいな」


彼は、じっと私の顔を見て言った。


「きっと、ずっと家族は、家に居たと思うよ。

君が意識だけになって、別の次元に行っていたんだ。

誰も、存在しない、誰も存在を認めてくれない場所に。

でも、君は家族の居る家に帰ってきたんだよ」


良く分からない。

でも、家族の誰にも会わない事を、不思議だと思っていなかったのは自覚した。


「入っても良い?」


「うん・・・」


さっきの彼の言葉を反芻していていた。


玄関のインターホンを鳴らした。


しばらくして、お母さんの声が聞こえた。


「はーい。どちら様でしょう」


「白石と申します。お嬢さんの知り合いです。ご焼香させて頂けませんか」


「あら、ありがとうございます。少々お待ちください」


お母さんの声を久しぶりに聞いた気がする。


それに・・・


「白石君っていうんだね」


「そうだ、名乗ってなかったね。白石透しらいしとおるです」


「とおるの字は?」


「透き通るの透る。だからかな、クラスでは存在感無いんだ」


2人で笑いあったけれど、お母さんが出てきたから慌てて顔を戻した。


「さあさ、入ってください」


促されて家に入った。


お花の香りがする。

彼と一緒に入った家は様変わりしていた。


間取りとかじゃなくて、奥には・・・


入った奥には、テレビが置いてあったのに、白い祭壇に、私の写真。

たくさんの花やお菓子やぬいぐるみに囲まれている。


家に通されながら、白石君とお母さんが話している。


お母さんは少しやせて、それでも精一杯に笑顔で対応しようとしている。


白石君は、持ってきた花束をお母さんに渡しながら言った。


「遅い時間にお邪魔をして申し訳ありません。それに、日にちも遅くなってしまって・・・」


「いえいえ、わざわざ来てくれて、こんなに奇麗な花も、ありがとうございます」


「梶原さんとは別の学校でしたので、お伺いするのにも勇気が必要で遅くなってしまいました。

申し訳ありません」


私の写真の前に座り、お線香を灯して、少しの間手を合わせていた。

真っすぐ伸びた背筋の奇麗な正座の姿だった。


横顔が好きだなって思った。


白石君が、合わせていた手を解き写真に一礼してから、お母さんに向いて頭を下げた。


お母さんも、それを受けて頭を下げる。


「由美子とは、どのような関係だったの?あら、変な聞き方だったかしら?」


お母さんは困った顔の笑顔をした。


白石君は静かに話し出した。


「いえ、そんなに親しくなる間もなかったんです。

僕がいつも乗る電車のドアの横に彼女はいました。

でも、しょっちゅう、人が多すぎて僕は乗り損ねていました。

乗り損ねてしまっている僕と、乗っている梶原さんとは、よく目が合っていました。

それで、一緒の電車に乗れた時に、少しだけ話しました。

それから、僕が電車に乗れた時には、彼女が降りる一駅分だけ、話しをしました。

ある日から彼女を見なくなったので、嫌われたかとも思ったのですが事故の事を思い出し、記事を見たら梶原さんだったので・・・

こちらのお宅は、梶原さんと同じ学校に通っている友人がいたので、ぶしつけではありますが、家を教えてもらいました」


彼は、淀みない言葉でお母さんを優しく騙した。


でも、始まりは本当。それからは、どうなっていたかな・・・


「そう。由美子は、男の子を怖がっていたけれど、お話しできる子は居たのね」


お母さんは嬉しそうに笑い、それから泣き出した。


白石君は、私の写真を見ていた。


「良い写真ですね」


嘘だ。笑い転げていてブスだ。


「今年の入学式の時の写真なの。滑り止めで入った学校だから、膨れていたの。

写真を撮ろうって言っても、嫌がって、いつまでも拗ねていたから、くすぐり倒してやったわ。

顔をアップにしてもらったけれど、横には私がいて、お父さんが撮った写真なの」


お母さんは一つ一つ思い出すように話した。


「そうなの。受かった公立の学校に通わせてあげなかったの。

共学で、またあの子が男の子からイジメに会うんじゃないかと思って。

それに、公立は少し不良っぽい子も居たしね。

だから、私が私立の女子高にしなさいって。嫌がるあの子を無理に通わせたの。

あの子の受けた公立だったら、もう少し遠いから、あの時間には居なかったはずなの。

・・・あの子を殺してしまったのは・・・私なのよ!」


最後のお母さんの声は、悲鳴の様のようだった。


「私が殺してしまったの」


ああ、部屋から聞いていたのは、この声だったのか。お母さんの声と、宥めるお父さんの声。


ケンカをしていたんじゃなかたんだね。


「僕は、何も言えませんが、きっと痛みも恐怖もなかったんだろうな。って思っています」


お母さん。

そうだよ、全然痛くなかった。死んだことに気付かなかったくらいだよ。


通り抜けるお母さんの体を抱きしめた。

お母さん。毎晩泣いていたんだね。

気付かなくて、ごめんなさい。

私、死んだことを知らなくて、別の次元?に行っていたみたい。

お母さん。

お母さん。


ただいま。


顔を伏せて泣いていたお母さんが、ふと顔をあげた。

涙にぬれたまま、


「いま、ただいま。ってあの子の声が聞こえたの」


白石君は、黙って頷いた。


お母さんは続けた。


「なんだか、家がからっぽだったの。でも、なんだか由美子が帰ってきたみたい」


「もしかしたら、迷子になっていたのかも知れませんね」


白石君が言った。


本当ね。

私、迷子だったみたい。


「それでは、そろそろ失礼します」


白石君が腰を上げた。


玄関まで、お母さんが見送る。


「おばさん泣いちゃって、ごめんなさいね。来てくれて、ありがとう。

本当は、お父さんにも会って欲しいのだけどね。また来てちょうだい」


白石君が応えた。


「はい。四十九日法要には、伺わせていただきます」


「あら、ちゃんとされている子なのね。ありがとうございます」


玄関で、頭を下げ合ってから、白石君は、夜の中に歩いていった。


私はその背中を見て、なんだか、たまらなくなって、


「ありがとーー」


って叫んだ。


白石君が、振り返って手を振ってくれた。


涙が頬を伝っていた。


でも、思った。


「最後に初恋したじゃん。私」


家に戻る。

もう、お母さんのいる家だ。

そろそろ、お父さんが帰ってくる。


「由美子。あなた、初恋だったんじゃないの?お母さんに話してくれれば良かったのに」


お母さんには聞こえないけれど、


「お母さん。私も気付かなかったんだよ」


お母さんは、笑顔で、静かに泣いていた。



玄関のドアの開く音がした。


あ、お父さんだ。


出迎えるお母さんと一緒に玄関に向かった。


「ただいま」


お父さんが帰ってきた。久しぶりだ。


「おかえりー」

「おかえりなさい」


お母さんと声が被った。


うん?とお父さんが変な顔をした。


「どうしました?」


お母さんが聞く。


「なんかな、由美子の声が聞こえた気がしてな」


お父さんが頭をかきながら、お母さんにカバンを渡した。


お母さんが、嬉しそうに言う。


「今日ね、由美子に会いに男の子が来たんですよ。

他の学校の生徒だったから、遅くなってしまったって言っていたのだけれど、なんだか、良い子でしたよ」


お父さんが驚く。


「由美子に男の友達が居たのか?どんな奴だ?」


あはは。

お父さん。奴なんて言っている。


「そんな、奴だなんて、しっかりとした子でしたよ。でも、小柄で可愛らしい感じでしたね。

だから、由美子も話すことが出来たんでしょう」


「そうなのか、どこの学校って言っていた?」


「一駅分話すだけって言っていましたよ。北高の制服でしたわ」


「北高か、偏差値は良いところだな」



ああ、父さんだ。

ああ、お母さんだ。


なんだか、眠くなってきた。


お母さんとお父さんが、静かに、でも少し嬉しそうに話している。

ああ、気持ちいいなぁ。


「お父さん。お母さん。

私、まだ何もしていなかったし、何も打ち込んでなかったけれど、初恋だけは出来たかも。それしか出来なかったけれど、白石君は優しいよ・・・」



なんだか、家に帰ってきて、皆いて、安心して、気持ちいい。


ぽわぽわ?

ふわふわ?


な感じがして、嬉しかった。


私は眠りに引き込まれた。





なんだろう。


夢の中で誰かの声がする。


遠くから呼ぶ声がする。


まったく、気持ちよく寝ていたのに。


仕方なしに目を開ける。



真っ黒な服と・・・あ、お経か。


お寺に、たくさんの制服を着た生徒と、喪服の人に、あ、お母さんとお父さん。


え~っと、これが法要ってものなのね。


クラスの人たち皆来てくれるもんなんだ。

泣いている人もいる。


泣いてくれるんだ。

そっと、肩に手を置いた。

(ともだちに、なれるかもしれないって、おもっていたのに)

その子の気持ちが流れてきた。

(ありがとう)

気持ちを返した。


何人かの体に触れてみた。


何人も、めんどくせー。とか、関係ないでしょ。とか、授業潰れてラッキーとかも多かったし、

ここで、ちょっと泣いておいたら、なんか良いじゃないかなーとか、泣くイベントにしている人もいた。


でも、そんな中に、少しだけいた。


(もっと、本の話をしたかったな。天国に行ってね)

(気が合いそうだと思っていよ。早く声を掛ければ良かった)

(体とか痛くないよね。ご冥福をお祈りします)

(古典の教科書読む声がきれいだったなぁ~)


そんな、私を案じてくれる囁き声を聞いた。


ああ、うれしいなぁ。


お母さん、お父さん。

2人から、悲しみは細波さざなみのように来るけれど、ヒステリックな自分を責める声はしない。


お父さんが心で私に話しかけてくれている。


(つらくないかい?きっと、お袋が会いたがっているぞ。

こんな形で合わせるつもりはなかったんだけれどな)


お母さんも


(由美子。痛くない?身体は全部あるのよ。

あなたは悪い事は何もしなかったから天国に行けるのよ。

あなたをイジメる人は誰も居ないの。お願い。幸せな場所に行ってね)


2人に抱き着いた。

お父さん。お母さん。生んでくれてありがとう。大好きだよ。


視線を感じて、後ろを見る。

みんなが、うつむき気味で頭ばかりしか見えない中で、こちらを真っ直ぐ見ている顔があった。


あ、白石君だ。


目が合った。目で頷いてくれた。


ついって飛んで彼の傍に行った。


周りの子たちが、北高の制服の彼を興味ありげに、コソコソ見ている。

少し居心地悪そう。

だって、憧れの北高だもん。


彼の肩に手をかざした。

頷いてくれた。

肩に手を置く。


他の人よりも「声」としてはっきり聞こえた。


(ご両親も随分落ち着いたようだね。

君も、今居る場所は静かで居心地が良いだろう。

天国は、その延長にあるよ。そのままで、辿り着けるよ)


(お母さんとお父さんを置いていって良いのかな?)


(大丈夫。成仏しないで傍にいる方が、皆で気持ちがマイナスに偏る。

君が死を自覚しなかった時には、お母さんが、酷く自分を責めていただろう?

お母さんも、お父さんも、君の死を受け止められなかったんだ。

ならば、今は良いのかって、それはない。

一生悲しむさ。それが、娘を大事に思っている親ってもんだろう。

それでも、君は、死者として行くべき場所に行って、ご両親を待つと良い)


(寂しいな)


(大丈夫だよ。少し眠るだけだ。それに、ご先祖さまたちが迎えに来ているよ)


あ・・・・

お寺の天井が抜けた。

薄明るい雲の中から、人影が降りてくる。


(さあ、もう行きな。ご両親のそばに行くと良い)


(うん。ありがとう)


少し行ったけど、聞いてみた。


(ねえ、もし生きていたら、私達お話し、したかな?)


少し照れた顔で頷いてくれた。


うふふ。嬉しいな。


両親のもとに戻る。


お母さんとお父さんの後ろに、薄い人影が沢山立っている。


一人に手招きされた。


近寄ってみる。


着物を着た若い女性だった。

目元が、お父さんに似ている?


女性は頷いた。


差し出された手を取る。


気持ちがほわんと軽くなった。

もう、考えるのも億劫だ。


そういえば、白石君が「少し眠るだけ」って言っていたな。


本当だ。


なんだか、眠りに引き込まれる感じだ。


手を引かれて靄の中に進む中、後ろを振り返ると、白石君が数珠を手に持ち、お経を唱えていた。


サワサワと暖かい労わる声と、白石君の読経に押されて身体が空に持ち上がっていく。






そして、私の意識は霧散して、深い眠りについたのです。




由美子は、誰かがお参りしてくれたり、命日だったり、お盆などの時には目を覚ますが、それ以外は、真っ白な世界にぼんやりと浮いて眠っている。


そして、時折夢を見た。

お母さんの。お父さんの。そして、最後に知り合った白石君の。


そんな時は、少しだけ涙が落ちた。



そして、また白い眠りに引き込まれていった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 泣けます。 色々言いたい。 ああだったら、こうだったらのifの話を。 でも、これは、このお話は、これが良い。 とりとめなくて申し訳なく。 読ませてもらいありがとうございました。
[良い点] 心に残る作品でした。 いじめからの自殺? と思ったらそうでなくて。 まさか亡くなっていたとは。 それを知って泣き崩れる彼女が胸にきました。 白石くんがいて良かった。でないと永遠に彷徨って…
[一言] 企画から伺いました。 読みながら目頭が熱くなってしまいました……冒頭を読んで、いじめられて自殺してしまったのかな、暗いホラーなのかな、とドキドキしながら読ませて頂いたのですが、とんでもない。…
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