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雪降る街の片思い

──雪を照らす青のイルミネーション!見てください。ここは人気のスポットでー─



可愛らしいリポーターさんが、幻想的な銀世界を紹介している。彼女は手を広げて舞い散る雪を堪能する。


──本当に綺麗です──


私はポトリとテレビ画面に呟いた。


「でも雪なんて南極大陸に行けば腐る程あるけど」



 冬は嫌い。そして雪はもっと嫌い。


 屋根に雪が積もっちゃうと本当に最悪。朝には、部屋の気温が5℃にまで下がるし。もう冷蔵庫に入ってる気分。学校に行こうにも自転車にも乗れなくなるし。溶けた雪は粉塵がついて汚いし。


 ああ、沖縄の人が羨ましいな。いっそ私、冬の間だけ南半球に移住できないかしら。そんなことを考えながら、今日も私はふかふかの雪の降る街で暮らしている。


学校からの帰り道も大変だ。全く列島が寒気に覆われてしまったせいで雪が降る降る。


「うう……ストッキングが濡れてる。腕も疲れてきた……」


白い息と共に、愚痴も漏れる。


 雪の積もった傘はどんどん重くなっていく。だから時々は、傘をバタバタと開閉して雪を払わなきゃいけない。でもその間に髪や首元のマフラーに空から落ちてくる雪が張りついてしまう。


 再び傘を開いて首回りの雪を払う。これでちょっとスッキリ。


 市役所前のバス停に着いて、ふと空を見上げていると、降りしきる雪のせいで自分が天に向かって上昇しているような錯覚を起こす。寒すぎて私は天に召されてるのか……なんて想像してる間にバスが到着。傘の雪を払ってバスに乗り込んだ。


 ラッキーなことに一人用の座席が空いていた。でもこれは罠だった。暖房の効いたバス内は快適で、その上に車の揺れが絶妙に眠気を誘ってしまうのだ。5分もしない内に、スクールバッグを抱えたままの私はウトウトと夢の中へ。


 こうして私は、何度も乗り過ごしてしまう。でも今日は違った。


「夏菜、おい夏菜」


 誰かが私の肩を叩いている。ハッと気づいて目を覚ます。つり革に掴まって私の傍に立ってイタズラっぽく微笑んでるいるのは吹奏楽部の先輩だった。


「冬摩さん?」

「起きろよ。もうすぐ青山のバス停だぞ」


 冬摩さんは学年は1つ上で、2月に大学受験を控えている。私に代わって降車ボタンを鳴らした。


「ふぁ〜。ふみません」


 腕時計に目をやれば、もう5時を過ぎている。20分は寝てしまっていたようだ。先輩の家も近いので2人は同じバス停で降りる。降りしきる雪のせいで視界が悪い。まるで霧の中にいるみたいに。


「先輩、バスで会うの久しぶりですね。今日は学校に来てたんですか?」



センター試験が終わってから、冬摩さん達3年生はもう高校に登校していない。各自で受験勉強しているようだ。


「いや市の図書館だよ。自習だ」


 先輩の歩幅は私よりもずっと大きいので、普通に歩くと私は遅れてしまう。しかし先輩が合われてくれているのだろう、私達は同じスピードで進んでいく。


「もっと早く声をかけてくれたら良かったのに」

「夏菜、気持ち良さそうに寝てたからな」


 先輩は傘を使わない。そもそも持ってきていない。両手をベージュのチェスターコートのポケットに突っ込み、頭に雪が積もるのも構わずに進んでいく。でも髪が雪塗れになっている先輩を放っておくのもどうかと思う。


「傘、入りますか先輩」

「え?いいよ、そんなの」

 

 先輩に向けて傘を差し出す。最初は渋っていたのものの、しばらくすると「すまん!」と頭を下げてヒョコッと傘の中に入った。でも先輩は背の高いので、風で揺れると傘の骨が頭に当たりそうになる。だから私はピンと腕を伸ばさないといけない。すると時々、強風で傘が飛ばされそうになる。


「俺、持つわ」

「頼みます!私非力で……」


 傘のシャフトを掴む先輩の指が、一瞬だけ私の手袋に触れる。しばらく2人で傘を支えていた。


「どこの大学を受験するんですか先輩」

「前に夏菜に言った通りだよ。センター試験の結果もセーフでさ」

「じゃあ希望通り九州の大学なんですね。暖かそうでいいな」

「落ちたら来年もここで寒さに震えてるけどな」


 猛吹雪の中の相合い傘。会話中に雪が顔に当たるのもなんだか楽しい。久しぶりだから色んな質問をしてみようと思う。


「合格したら、髪とか染めちゃうんでしょ。先輩はそういうこと考えてそう」

「何勝手に決めつけてんだ。もちろんピンク色に髪を染める予定だよ」


 (まあチャラい。絶対似合わない……)と思った。すると先輩は不満気な私を見て微笑む。


「嘘だよ。バーカ」


 良かった。だけど髪を染める野望は捨てていないらしい。


「でも茶髪にしたら似合いそうだろ俺?高校じゃモテなかったけどさ。大学に受かったら最高学府で遊び倒してやる!」

「落ちればいいのに」

「なんでだよ」

 

 そもそも先輩は嘘を言ってる。色んな子から告白されたけれど誰とも付き合わなかったのだ。


「私に嘘をついても無駄ですよ。3年生の女子の間でモテモテ君だったの知ってるんですから」

「はぁ!?なんでお前がそんなこと……」



 街灯が一斉に点灯をはじめた。心なしか先輩が顔を赤らめているように見えた。

 

「本当にモテなかったんだよ。俺の好きな子には……。だから片思いのままだ」

「え?誰です相手。教えて」

「……なんでそんな無邪気な顔で聞く」


 ふうっとため息をついた。何かガックリしてるみたいだ。

 

「傘を……俺に差し出すような子」

「はい?」


 最初は意味が理解できなかった。でも2秒後には私の顔が真っ赤になった。


「あの、その。わ……私は……」


しばらく沈黙していた先輩は、傘から手を放した。


「はずっ!俺、こっから走って帰るわ。傘ありがとな」

「え!ちょっと」


 突然に走りだした先輩。あっという間にその姿は吹雪の向こうに消えていく。


傘を下げて、呆然と雪に打たれる私。熱くなった顔に雪が当たると、あっという間に溶けてしまう。顔の火照りはしばらく収まりそうにない。

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