計画の変更を余儀なくされる
今のところカナリスさんは大変おとなしい。いや、おとなしいというよりかは忙しくて俺に文句を言う暇がない、が正しいか。
レジア湖の団体ツアーから戻ってきたカナリスさんには実は早速次の指令を言い渡していた。それはすなわち旅行代理店の設立である。
レジア湖への旅行は、自分で馬車などを手配できる貴族や豪商などしか行けないというのが今までの庶民の常識だった。そこで旅行代理店の設立である。俺たちが馬車や道中の護衛などを手配する事で庶民でもレジアに旅行に行けるようにする。手が届くかもしれないと思えば行ってみたくなるもの。
ある日の午後、気だるげな様子のカナリスさんが書類をとんとん叩きながら報告してきた。
「第3地区の商店街の会長さんから、問い合わせがありましたのよ。今度こちらの商店街でも団体旅行をする予定はございませんかと。謝礼はそれなりにして頂けるそうですわ」
「へー、という事は流した噂はそれなりに広まってそうですねぇ」
今回のツアーが成功した後、人々の反応を伺うために俺達はこんな噂を流していた。”グレゴリー商会は今後も引き続き同様のツアーを組むらしい。今回の旅行はその予行のようなものであったようだ”と。
商店街の人達にとっては、レジアに行けた事はちょっとした優越感であったらしい。噂はみるみる広まっていった。
「私も我慢をした甲斐があったというものですわ。貴方の計画は話だけだといつも荒唐無稽に聞こえますけれど、いざその状況になるとなるべくしてなったという感じがしますわね」
「つまり、それは荒唐無稽ではないということでは?」
「あら、褒めているのだから突っかからないでくださる?」
「はいはい、それで結局どうするんです? その人達を連れてもう一度行きますか?」
「もう一回なんてごめん被りますわ。次は私抜きでやってもらいたいと思っておりますの」
カナリスさんはよっぽど疲れたようで、額に皺を寄せながらそう言った。
しかしそれは困る。この件は任せてほしいと言うから俺はカナリスさんに任せたのだ。最後までやり遂げてもらわなくては下の者にも示しがつかない。かくなる上は魔界へお帰りいただくしか……。
「勘違いなさらないでくださる? 私は投げ出すだなんて言っておりませんわ。私が直接行かなくてもいいように人材を育てますの。私自身は代理店設立の業務に専念したいと思っておりますわ」
ほう? 自分の代わりになる人材を? 全く何を言い出すかと思えば人材育成だなんて。この筋金入りの超弩級お嬢様が人を育てるなんて出来るはずがない。
などと面と向かって言うのはアレなので、そうですか頑張ってください、と適当に答えて話は打ち切った。
後は高みの見物でもしてればいいのだ。実際この計画はもう少しじっくりやりたかった。後でカナリスさんが泣きついてきてからのんびり再始動させるとしよう。
ーーー
などと思っていた時期が私にもありました。あんな事を言っていたけれど、カナリスさんなら何やかんや成功させるんじゃないかと薄っすら思ってはいました。でも忘れてはいけなかったのだ。ここにいるこのお嬢様は暴風カナリス。俺の予想など簡単に超えてくる事を。
「今度からはこの彼にレジアへのツアーガイドをして貰いますわ」
「どうも初めまして! よろしくお願いします会長!」
俺の前には知っている人物が立っていた。正確には俺が一方的に知っている人物。
なんとそれは自分を勇者だと思い込んでいて、ステイシアが嫌いなナルシストでもある、あのケイオス君であった。
いったい何故こいつがここに。俺はカナリスさんの横に立っていたステイシアを無言で見やる。どうせカナリスさんが連れてきたのだろうが、止める機会は無かったのかと抗議の意味を込めて。しかしステイシアはニコニコと微笑んだままだった。
「彼は下僕……仲間になりました。カナリスさんの調きょ……教育で」
今下僕とか調教とか言わなかった!? いったい何をしたんだカナリスさんは! ちょっと想像してみたけど、おっほっほと高笑いしながら鞭を振るうカナリスさんが容易に想像できた。多分だいたい合ってると思う。
「あの……カナリスさんはご存じなんです?」
ケイオス君が勇者の卵である可能性があり、覚醒して勇者になる可能性があるということを。本人が目の前にいるので直接口には出さないが伝わったようだ。
「ええ、ステイシアから聞きましたわ。だからこそではありませんか」
つまり危険な人物だからこそ、あえて近くに置いておくということか。まあ無くはないけど、その発想はなかった。というか心配で胃が痛くなりそうで思いついても俺なら実行はしないね。ほんとこの人、やることなすこと無茶苦茶だよ。
「もしもの時に取れる選択が限られて……ああ、計画の見直しが……」
「何をぶつぶつ言っておりますの。とにかく私の監督のもと、彼には頑張って貰いますわ」
「ケイオスです! これから頑張ります!」
なぜか彼の背後に忠犬の幻影が見えた気がした。もともとはキザなナルシストという話じゃなかったっけ? いったいどうしてこんな事に? 疑問が尽きぬまま自己紹介をする。
「……俺はグレゴリーだ。知っての通りこの商会の会長をしている。今後ともよろしく頼む。ところでカナリスさんとはどこで知り合ったの?」
気になったので聞いたら、ギルドに来ていたカナリスさんに、一目惚れしたケイオス君が話しかけたらしい。そして何やかんやあって今の関係に落ち着いたそうだ。途中経過がさっぱり分からないが、知ると俺もああなりそうだからこれ以上聞くのはやめておいた。
こうなった以上、また計画の練り直しが必要になった。だがカナリスさんとはそういう人物なのでもはや慣れたものだ。この人に合わせた計画変更など今までに何度もあった事だ。
そこまで考えてふと思った。もしかすると実は俺も既にカナリスさんに調教されているのかもしれない、と。




