善意と打算と
「悪いな、急に呼び出して」
「いや別に。それで話ってのは?」
「ルーキー冒険者の支援案がほぼできたんで一応見てもらいたくてな。これだ」
部屋に入ると、トールは待ってましたと言わんばかりに、これから行う予定である新人冒険者に対する支援策の概要書を見せてきた。手伝いに行かせていたサリアスさんを通してちょくちょく話は聞いていたので何となく理解はしていたが、ちゃんと全部見るのはこれが初めてだった。
「ほー、やっぱり新人研修はやる事にしたんだな。それとこの……バディー制度ってのが新しくやろうとしてるやつ?」
「ああ、それがメインになる。まぁ大昔にどっかのギルドでやろうとして失敗したらしいけどな」
トールに手渡された書類には色々と細かく書かれていたが、要するに新人同士で強制的にペアを組ませて、一人で狩りには行かせないようにしようということらしい。
「へー、いいんじゃない? やってみれば?」
「……適っ当な返事だな。前に他のギルドで失敗したってのにそれは気にならないのか?」
トールがしょうもない事を言ってきたので、俺は呆れて言い返した。
「お前なぁ、俺が何のために頼れるサリアスさんを貸してると思ってんだ? サリアスさんが何も言ってないんだから俺が口出しする必要は無いの」
そもそも俺がこれを見る必要すら本当は無いのだ。何故ならサリアスさんで分からん事が俺に分かるはずがないから。前世の知識でカバーできる事以外は基本的に疎いんだよ俺は。
「お役に立てて光栄です♪ 半分くらいお世辞が入ってるんでしょうけど、何というか……照れますね?」
「け! 女たらしめ!」
トールが拗ねてそっぽを向いてしまったので、一応理由を聞いてやる事にした。
「まぁでも気にならないかと言われれば気になるな。なんで前に失敗した案が今回はいけると思ったんだ?」
「よくぞ聞いてくれた! 説明してやろう!」
突然元気になったトールが意気揚々と話し出す。
「以前、他のギルドで実施した時には新人冒険者の数が少なすぎて、力量の近い者同士で組ませる事ができなかったらしい! しかしこのメルスクのギルドには毎年山ほど新人がやってくる! だから可能だと踏んだわけだ! どうだ参ったか!」
「参ったかも何もめちゃくちゃ単純じゃねえか」
なんでそんな簡単な事を勿体ぶっていたんだと口には出さなかったものの、顔には出ていたらしい。トールはやっぱり拗ねた。
ーーー
奴隷商人から買い取ってきたラフィア、スフィア姉妹を魔界に送り込んでから1週間が経過した。俺は二人の様子と、ある事柄が実行可能かどうか確認する為に魔界に電話をかけた。
「もしもしラフィア? グレゴリーだけど」
『お世話になっております、ラフィアです』
「新しい環境にはもう慣れたかなと思って連絡してみたんだけど」
『全く何の不自由もございません。グラス様には大変良くして頂いております』
グラスというのはサリアスさんの父親の事である。一応カステリア家当主であるグラスさんには “これから預かってもらう二人は今後の魔界にとって重要であるから、人間だからといって無碍にはしないで欲しい。寧ろ歓迎するくらいで” とあらかじめ頼んでおいた。
『私が言うのもなんですが、むしろやり過ぎなほど良くして頂いています。私達では大したお返しもできないのになんだか申し訳なくって』
「ほうほう、やり過ぎというと?」
俺がそう訊ねるとラフィアは今の生活環境について話し始めた。
『まず部屋が大きいんです! それこそ私達が昔住んでいた屋敷の部屋よりもずっと! 奴隷商に押し込められていた部屋に比べたら雲泥の差ですよ』
彼女はそう言っているが、サリアスさんの屋敷ってアホみたいに広いし、大小いくつも部屋があるので、どの程度の広さなのかはイマイチ伝わってこない。とはいえ本人が恩を感じているようだからそれならそれでいい。
「まぁ生活しやすいなら良かったじゃない。それから?」
『私達付きのメイドさんがいるんです。それも私と妹に一人ずつ! こんな事は生まれて初めての経験なので、あの方達にどう接すればいいのか正直分かりません』
「あー……まぁスフィアは片腕な訳だし一人ずつメイドさんが居ても良いんじゃないかな?」
歓迎してほしいとは言ったがそこまでしろとは言っていない。だがあの抜かりないグラスさんが純粋な善意だけで付けたとも思えない。恐らく監視役も兼ねて一人ずつ付けたとかだろう。
それはともかく、昔彼女達姉妹の父親の商売がうまくいっていた頃はメイドは居なかったのか。そう思ってラフィアに聞いたら、家全体で一人は居たが、一人ずつにメイドを付けるほど財力が有り余っていたわけではなかったそうだ。さもありなん。
ともかく、彼女達が今までの人生でこんな貴族っぽい生活をしたことがなかったということはよく分かった。
『それで……私は御当主様が何か勘違いをなさっているのではないかと心配になってお訊ねしたのです』
私達はただの没落した商家の娘であって、人間界には全く影響力はありません。それなのに何故このようにもてなすのですか、と。
最悪追い出されることも覚悟していたらしい。なんとまあ馬鹿正直というか生き辛そうな生き方か。せっかく良い環境にいるんだから享受すればいいのにと俺なんかは思ってしまう。
『そうしたらグラス様は“そんな事は関係無い。グレゴリー殿があなた方を重要だと言ったのだから私はそれを信じるのみだ“ と仰っていました』
「へぇ」
まぁグラスさんとしては仕事の延長って感じなのかな。今回彼女達を預かって貰う件、仕事っぽい感じで頼んでしまったから、グラスさんの人間に対する悪感情の改善は期待できそうもない。サリアスさんにはちょっぴり悪い事をしたかも。
『グレゴリー様がグラス様にお口添え頂かなければこのような歓待はされなかったでしょう。ありがとうございます。私達にできる事でしたら何でもいたします』
そうか。その言葉が聞きたかった。だが、そんな素振りはおくびにも出さない。
「ははは、そんな大袈裟な。前にも言った通り、魔法学研究所の人達にちゃんと協力してくれればそれでいいよ」
その後スフィアは感極まった様子で何度も感謝の言葉を述べてから電話を切った。
「ふぅ……」
ため息をつきながら俺は魔王シアターを机に置いた。これで彼女らはより熱心に仕事に打ち込むだろう。それがたとえどんなに人間界にとって不利になるような代物でも。
俺は一息付いてから今度は魔法学研究所のカーター所長に電話を掛けた。
「もしもし、カーター所長?」
『こんばんはグレゴリー様。もしやこのお電話を頂けたということは……?』
「その件で合ってますよ。話した感じ、多分大丈夫じゃないかなと思います。彼女達に軍事関連をやらせても」
『それは楽しみですね! 素早い対応、お気遣い感謝いたします』
「ああ、でもいきなりドギツイのをやらせたりしないようにしてくださいよ。せめて最初の一月くらいは良好な関係の構築に努めてください」
『分かっておりますとも。私だって伊達に所長をやっておりませんよ。この変人揃いの研究所のね』
「そういえばそうでした。ま、ダメならダメで本来の仕事をやって貰えばいいので所長のお好きなようにどうぞ」
『ええ、分かりました。彼女達については定期的にご連絡いたします』
「頼みますね」
元々彼女達には魔力槽の充填だけをやって貰うつもりでいた。しかし、送り込んですぐにカーター所長から連絡があったのだ。あの二人の教養レベルはかなり高く、研究にも少し関わらせてみたいと。ところが魔法学研究所の扱っている研究内容は殆どが軍事関連のもの。つまり人を殺す為のものが大半を占める。それで人間である二人に関わらせてもいいものかどうかカーター所長に相談されたのだ。
奴隷という立場から解放されて貴族のような生活を送らせてもらう。これで感謝の念を覚えないやつはなかなかいないと思う。特に教養ある元商家のお嬢さんであるならば尚更。俺はこの状況を利用した。
「それにしても、ああいう真っ直ぐな感謝を向けられるとちょっと困っちゃうなぁ……」
別に俺は善意からあの姉妹に優しくしているわけではない。見返りを求めて行っているわけだから感謝されても困ってしまう。打算でしか考えられないところは前世から全く変わっていないなと思いながら俺は仕事に戻った。




