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魔王の部下も楽じゃねえ!  作者: 普通のオイル
第九部 王都
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懐刀クラウド

 

 次の日、俺とレイラは指定された場所までやって来た。


 少し古めかしいアパートのような建物の呼び鈴を鳴らすと、少しして中からダンディなおじさんが出てくる。


「お待ちしておりました。レイラ様とグレゴリー様ですね? クラウド様がお待ちです。どうぞこちらへ」


「ちょっと待って。俺はあなたの事を知らないんだけど」


「申し遅れました。クラウド様の従僕、ウォルターと申します。以後お見知り置きを」


「そりゃどうも」


 向こうは俺達の事を知っているようだしあえて名乗らずズカズカ中に入る。主導権は出来ればこちらが握りたい。

 今のところ本当に話がしたいだけで呼び出したという印象を受ける。身の危険は感じない。


 ウォルターに通された一室はなんの変哲もない普通の部屋だった。ギルドの秘密の部屋みたいな遮断処理が施されているような部屋ではないようで、そこは安心できる。

 ソファで暫く座って待っていると、俺と同じくらいの若さの軽薄そうな男が入ってきた。


「や、悪いね。待たせちまったみたいで」


 随分と軽い感じだ。向こうが無礼な態度を取るのであれば構わない。俺もそれに合わせるだけだ。


「呼び出しといて遅れるとはな。あんたがクラウドでいいのか?」


「おお、そうだぜ。俺がクラウドだよグレゴリーさん」


 この雰囲気。どう言ってもスルスル躱していきそうな感じがする。そう簡単に崩せそうもない。無駄な会話は避けた方がいいか。


「悪いが俺達も忙しくてな。用件があるなら早めに教えてくれないか」


「まぁそんなに急ぐ事も無いんじゃない? だいたい仕事は終わったんだろ? グレゴリー商会の二店舗目、俺も楽しみにしとくよ」


 脳内で黄色信号が灯る。想定はしていたが、やっぱり読み通り、以前から俺たちの事を探っていたらしい。こりゃ出だしから危険度MAXだわ。昨日の今日だったせいでこっちは碌に相手のことを調べられてないってのに。


「えらい詳しいな。ウチの商会のお得意さんか何かか?」


 俺は軽い調子でそう聞いたが、クラウドは戯けたようなポーズでまさかと答えた。わざとなんだろうけど、そうと分かっててもイライラするな。


「残念ながらグレゴリー商会のファンじゃない。どちらかというとそちらのお嬢さんのファンだ」


 レイラがピクリと眉を動かす。レイラにはなるべく喋らないでくれと伝えていたからそれでも黙ったままだが、相当嫌そうな顔をしている。


 こいつがレイラを名指しで呼び出してきた時点で、クラウドがレイラを勇者だと知っているという想定はしていた。けれど確認の為に、あえて分からないフリをしてみせる。


「……どういう意味かな?」


「惚けちゃって。意味は分かるだろ?」


「ちょっとよく分かんなくてさ。教えてくれよ」


 俺が睨みつけながらそう言うと、クラウドはため息をついた。


「はぁ……こっちは知ってるの。そちらのお嬢さんが勇者だって事は。今日はそれについて話がしたくて呼んだんだ」


 脳内で黄色信号から赤信号に変わる。場合によってはこいつを口封じしなきゃいけないかもしれない。勿論今すぐじゃないけど。


「ふーん。それで? レイラを、どうする?」


「俺のご主人曰く、勇者であるお嬢さんの事を保護する必要があるらしい。俺は必要ないって言ったんだけどな」


 ご主人? 勇者の保護? 流石に情報量が一気に増えすぎて俺は混乱した。


「おい待て……まずお前のご主人ってのは誰だ」


「はぁ?」


 俺がそう聞いたらクラウドのやつは何言ってんだこいつという顔をした。まるで俺がそれを知らないのが信じられないといった感じ。正直そんな反応をされる理由が分からない。


「失礼だがあんたと俺は初対面だよな? 俺は当然あんたの事をよく知らないし、あんたのご主人とやらについても同じく知らない。これがそんなにおかしい事か?」


 俺がそう捲し立てると今度は俺ではなくクラウドが悩み出した。


「ん、ん、ん? えーっとちょっと待ってくれよ。俺の事はほんとに知らないわけ?」


 知らねえよ。知るわけねえだろ。そういう意味を込めて黙りこくるとクラウドは腕を組んで確認を始める。


「えーっと……ときにグレゴリーさん。シャリーン伯爵という人物について聞いたことは?」


 それは聞いたことがある。確か軍縮派のお貴族様の代表格だ。そのお貴族様が圧力をかけたからメルスクの陸軍部隊が縮小することになった。


「それは知ってる。その伯爵様がどうした?」


「俺のご主人はその人」


 ん? なんかクラウドの奴、凄いことを言っている気がするぞ。シャリーン伯爵といえばかなりの有力貴族。その家臣ともなれば結構なポジションになるし、程度にもよるが知名度もそれなりになる。もしかしてこの男は結構有名だったりするのか?


「この辺りじゃシャリーン伯爵家家臣のクラウドって言えばかなり通った名なんだけどな……」


 割と凹んだ様子のクラウドを見て、嘘は言っていないようだと俺は思った。そして同時に調べる時間が全く無かった事を悔やむ。


 カナリスさんが1週間前に放置せず、こいつと会ったことを俺に言ってくれていれば……まぁ、無視したくなるような雰囲気を出しているこの男が悪いと思うことにしよう。


 なんにせよ身元が割としっかりしているらしい事は分かった。本当かどうかは後で調べれば分かる。


「あんたの事を知らなかったことについては謝るよ。ちょっと手違いがあって昨日まで会う事すら全く俺は知らなかったんだ」


 その事実に驚いた顔のクラウドは頭を掻きながら言った。


「あらかじめ伝えたから当然知ってると思ってたよこっちは。じゃあもしかして今まで俺ってかなり変なやつに見えてたってわけ?」


「随分馴れ馴れしい奴だなとは思った」


 今だって充分変なやつに見えるんだけどそれは言わない。俺の言葉を聞いたクラウドは額に手を当てて天を仰いだ。


「あ〜、だったら最初から説明した方がいいかな?」


「出来れば」


 俺は組んでいた足を降ろす。それを見たレイラもようやくガードを解いた。


「私ももう喋ってもいいかしら?」


「いいよ。なんか敵じゃないみたいだし」


 そこでようやく自己紹介をして、クラウドが初めから話し始めた。


 話によると、クラウドはそもそもシャリーン伯爵に言われて俺達と接触を図ることにしたらしかった。


「俺のご主人が勇者を嫌ってるのは知ってるか? 正確には魔族領にちょっかいを出す存在は全部嫌いだが」


「いいや知らない」


 想像はついたけどコイツの口から全部説明してもらった方が都合が良いような気がしたので分からない振りをする。


 クラウドの話を纏めるとこうだった。伯爵は軍備を縮小して国内の経済に金を回す方が良いという考えの持ち主だという事。当然その考えが成立するには隣国が大人しい事が条件に入る。だからこそ仮想敵国である魔族領にちょっかいを出す勇者の存在は目障りだった。


「今や魔族が侵略の意思を持っていないのは明らかだからな。こっちからちょっかいを出さなきゃ軍なんて要らんというわけさ」


 そうですね。それはマジでそう思います。でもまぁ予想通りだ。伯爵の主義主張から考えればそういう結論になるだろう。


「それじゃあなんで私を、勇者を守ろうなんて言い出したわけ? 勇者の事が嫌いなんでしょう?」


 クラウドはニヤリと笑って指を振った。


「その説明をする前に。ご主人が嫌いなものがまだもう一つあってな? 何だと思う?」


「知らないよ。会った事もないのに」


「教団だよ、セリア教団」


 なぜその名前がここで出てくる? コイツは俺たちの取り巻く問題を知っているとでもいうのか? まさかフィリスさんのことも……流石にそれは無いか。昨日聞いたばっかりだしそれを知ってたとしたらもうエスパーか何かだよ。

 動揺しかけた俺は落ち着きを取り戻して理由を尋ねる。


「なんでだ? セリア教はこの国の国教だぞ?」


「ご主人はそう思っちゃいねえってこった」


 人魔大戦以後、人間側にもセリア教に懐疑的な人が増えたらしいが、恐らく伯爵もその一人なんだろう。

 そうでなくとも平和な状態を維持したいと思っているシャリーン伯爵が、人魔大戦の原因となったセリア教を嫌うのは理解できる話だった。


「ふーん。まぁ理由は分かった。だがそれと勇者を守るって話は全然関係無いように思えるけどな。それを分かるように説明してもらわないと」


 俺が腕を組んでそう言うと、クラウドは少し顔を寄せてきて小声で言った。


「……お前さん方は気づいてないかもしれないけどな。お嬢ちゃん、教団に狙われてるぜ?」


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