エルギス・ブラウン
セリア教の人間に馬鹿正直に “ブラウンさんはどんな禁忌を犯したんですか?” なんて聞いても教えてくれるわけが無い。それどころかこっちが捕まりかねないので、先にブラウンさんがどんな人物だったのかを知るために魔法大学に赴く事にした。
「ふーん、随分でかいんだなこの大学は」
俺とレイラの2人は、でかい重そうな門の前で魔法大学の規模の大きさに驚いていた。
デリウス魔法大学は、魔法に適性のあるデリウスの若者であれば誰でも入学が可能という割とオープンな大学で、そのぶん敷地もかなり広かった。
「外部の者でも立ち入りが自由だっていうのはちょっと驚きだわ。変なのが入ってきたらどうするつもりなのかしら?」
「ああ、全くだな」
まさに俺達がその変なの代表である事には目を瞑って、早速構内をぶらついてみる。
三階建てくらいの石造りの建物がぐるっと敷地内を一周している配置で、その真ん中は広い中庭みたいな感じになっている。近所の人が散歩がてらぶらつくにはちょうど良さそうだ。
「で、どうするつもりなの? 私はここに知り合いなんて1人もいないけど?」
「まあ任せとけって。何とかするからさ。それよりせっかく2人きりなんだし暫くデートしようよ」
カナリスさんが来てからかれこれひと月近く、レイラと2人きりの時間を全く作れていない。だからちょっとくらいイチャイチャしたって魔王様も文句を言わないはずだ。
レイラは照れくさいのか俺のその言葉に対して直接返事をしなかった。だけどしっかり手は握ってくれたので、嫌というわけではないらしい。そのまま手を繋ぎながら歩幅を合わせて一緒に構内を歩く。
そんな感じで暫く構内をうろついていたら食堂を発見した。まだ昼食には早い時間なので中はがらんとしている。
「あったあった。探してたんだよね」
「お腹空いたの? お昼にはまだ早くないかしら?」
「いや、実はここが今日の目的地なんだよ」
レイラが不思議そうに食堂を見る。ブラウン元教授について調べるという今日の目的と、この食堂という場所が結びつかないんだろう。
「学生に聞いた方が人物像に関しては分かると思ってさ。学生が多く集まるであろうここで情報収集しようってわけ」
真正面から職員に聞いたって人となりは教えてくれないだろうけど、学生からならそういう話を聞き出せるかもと思ったのである。ダメそうだったら正面から行くけどね。
「飯の値段は……まぁこんなもんか」
料理の種類は沢山あるのに値段は非常に安かった。しかしタダではない。どうせなら奢った方が色々喋ってくれるかもしれないし、寧ろタダじゃなくて良かったくらいだ。
「……そんな簡単にいくかしら?」
俺の作戦に少し懐疑的なレイラ。その疑念を払拭するためにもここは俺の腕の見せ所である。
「まぁやってみないと分からんさ。とにかく適当に話を合わせてくれよ」
やがて昼食の時間になってポツポツ人が食堂に集まり始める。俺はどの学生が俺達にとって都合がいいか見定め始めた。
こういう時には1人か2人くらいの少人数で来てるやつがいい。それと押しに弱そうなおとなしめのやつ。つまりは陰キャっぽい奴だな。よし、とりあえずあのボブカットの彼にしよう。
「やぁ君。ちょっと良いかな?」
俺が話しかけた彼は少し驚いた顔でこっちを振り返った。話しかけられるという事を全く想定していなかった顔だ。もしかしてこの彼はあんまり友達いないんだろうか。
「えっと、何ですか?」
そしてこの声の小ささ、これならいけると思った俺は用意していた“設定”を話す。
「いや、実はね。今度こっちの彼女がここに入学する予定なんだけどさ。実際の大学生活なんかについてここの生徒に話を聞けないかなと思って。飯奢るから一緒に食事でもどうかな?」
あ、あれ? いざやってみるとなんかめちゃくちゃ軟派な男っぽくなっちゃった。まぁいい、これで彼は断れんだろう。今は陽キャのフリしてるけど、本来俺も陰キャよりだから、こんな感じでグイグイ来る奴には断れないのは知ってるんだぜ。なんだか自分で言ってて悲しくなってきた……。
「うーん……別に良いけど」
「そうか! ありがとうありがとう! 君、名前は?」
「ボクはセマルって言います」
「俺はグレゴリー。で、こっちの彼女は──」
「レイラよ。よろしく」
「という訳で自己紹介も終わった事だし、好きなもの頼んでくれたまえよ! 俺が払うから」
好きなものを選んでいいと言ったのに、セマル君は遠慮してか、割と安めの奴を選ぼうとしたので、無理やり変なデザートもつけてやった。セマル君は見た目通り小心者なのかもしれない。
飯を食いながら、どんな勉強をしているのかとか、どこから通っているのかとかそんな世間話を始める。
話によるとセマル君は魔法学部の支援魔法学科に所属していて寮生活をしているらしかった。
「へー、そんじゃ支援魔法って例えばどんなのがあるの?」
「えーと、支援魔法は自分だけじゃなくて仲間に対しても作用する魔法全般を指すんだ。だから治癒魔法とか暗視魔法とか……後は力持ちになったりする魔法とかそういう感じかな?」
「はー、なるほど」
「その……レイラさんはどんな勉強をしたくてここに入学するの?」
急に話を振られたレイラだったが、特に狼狽えるでもなくスラスラ答えた。
「まだ決めてないわ。話を聞いてると支援魔法には興味が出てきたわね。自力じゃどうにもならないことが出来るならかなり面白そうだわ」
レイラの場合、自前の剣術があるから普通の攻撃や防御の魔法はそんなに魅力を感じないのかもしれない。
「攻撃魔法とか防御魔法に比べると地味だからあんまり人気無いんだけどね。それでも興味があるんなら是非来てほしいな」
「ありがとう。考えておく」
言いながらレイラがニコッと笑いかけるとセマル君の耳が赤くなった。うんうん可愛いからしょうがないね。でも残念ながらレイラは俺の彼女なんだ。ああレイラ、罪な女よ。
それはともかくとしてそろそろ本題に入るか。良い感じにキリが良いしな。
「ところでセマル君。話は変わるんだけど君はここの教授陣については詳しかったりする?」
セマル君は一瞬考えるような素振りを見せると首を横に振った。
「いいや、そんなに詳しくは無いかな。自分の学科の先生なら分かるけどそれ以外は全然だよ。どうして?」
ここで、用意していた嘘の話を聞かせる。
「実は俺達、ある先生のツテを頼ってここまで来たんだけど、どうやら何年も前に辞めちゃったみたいでさ。それで手掛かりを探してるんだよね」
もし大学に来ることがあれば会いに来なさいって俺の親父にその教授が昔言ったらしくてね〜、なんて付け足すと、レイラが入学するという話もあったからか、セマル君はすんなり信じた。
「それは大変だね。なんていう名前の人なの?」
まぁこれはレイラが居たからこその成功だな。多分俺1人だったら胡散臭すぎて疑われてたと思う。可愛い女の子が横でうんうんって頷いてたら信じちゃうよね。俺なら間違いなく信じる。諜報における美人さんの重要性がよく分かるわ。
「ブラウンって名前なんだ。エルギス・ブラウン教授」
「うーん……分かんないなぁ。ホーリック先生なら知ってるかなぁ……」
「ホーリック先生?」
「うん、ボクの研究室の先生なんだ。学科長だしお爺ちゃん先生だから知ってるかもしれない。この時間なら部屋にいるだろうから聞いてきてあげるよ」
「おお! ホント? そりゃ助かるなぁ!」
セマル君、なんて優しい子なんだ。陰キャとか言ってゴメン。というか嘘ついてるのがなんだか申し訳なくなってきた。
飯を食べ終えた俺とレイラはセマル君に連れられてホーリック教授の部屋までやって来た。流石は学科長の部屋だけあって扉からして随分重そうに見える。セマル君がノックをすると、入室を許可するしわがれた声が中から聞こえた。
「セマルです。失礼します」
「なんじゃ飯時に珍しい。何か用か?」
部屋の真ん中にある大きな机には、お茶の水博士みたいな容姿の人が座って弁当を食っていた。ホーリック教授は俺達を認めると眉を寄せた。
「ん? なんじゃね後ろの君達は?」
セマル君が俺たちに代わって経緯を説明してくれる。そして最後にセマル君がブラウンという名前を出したところでホーリック教授がピクリとほんの少しだけ反応した。
「ふむそうか。経緯は分かったよ。困っている人を助けるのはとても良い事だよセマル君。しかし君、次の授業は間に合うのかね?」
「えっと、ギリギリです」
「ならば早く行きたまえ」
「分かりました。それじゃ2人とも後は頑張って。またね!」
「ああ! 親切にありがとうな!」
セマル君は挨拶を碌にする間もなく、風のようにピューっと行ってしまった。部屋には俺とレイラとホーリック教授の3人だけが残る。
「エルギス・ブラウンか。久々に聞いたよ、その名前を……」
おお、知っているのか雷電。随分あっさり行くじゃないか。後は上手く聞き出せば終わりだな。そう思ったのも束の間、ホーリック教授はギロリと俺達を睨んで強い口調で言った。
「君達がどこでその名を聞いたか知らんが、今後学内ではその名を口にせんように」
わお、それは予想外。




