偽旗作戦
「なんかちょうどいい依頼は無いもんかね?」
それから幾日か経ったあくる日の早朝。冒険者ギルドに来た俺達は、盗賊団のアジト近くで受けられる手頃な依頼を無いか探していた。
なぜわざわざそんな事をするかって言うと、それはアリバイ作りの為だ。
もしも用も無いのに森の奥地に行って、盗賊団を壊滅させたなんて事になったら、どうしてそんな場所に行ったんだって話になる。それだけは避けたかった。
「これなんかどうでしょう? 月光草の採取だそうですよ」
サリアスさんが一枚の紙を指差す。確かに場所はベストだけどそれはちょっと簡単すぎると思う。サブマスターのトールもそう思ったのか、カウンター越しに口を挟んでくる。
「お嬢ちゃんにしちゃあえらく簡単なのを選ぶじゃないか。今日に限ってどうしてだい?」
しまった。これまでサリアスさんに好きな依頼を受けて貰っていたのが裏目に出た。最近は一部の冒険者から “魔物狩りのサリアス” って呼ばれてるくらい狩りまくってたからな。
「あー、えーとちょっとばかし自分用に薬草の類が必要になったんだよ。このご時世、なかなか薬も高くて買えないでしょ?」
適当にそれっぽい言い訳をするけど、トールは疑いの目を向けるのをやめない。別にそんなに怪しまなくてもいいじゃないか。
「お嬢ちゃんがあれだけ稼いでて薬の一つも買えないのか?」
サリアスさーーーーーん! そりゃあ疑うよね! めっちゃ稼いでたもんね! チラッとサリアスさんを見ると、ちょっと困った顔をしている。とても可愛い。
「ははは……いやあ、ちょっとお金を貯めてるもんでね……家を買いたくてさ。あんまり無駄遣いできないのよ」
「……ふーんなるほど、分かったよ。それならそういう事で受理しとく」
「ありがとう。それで頼むわ」
おお良かった。めっちゃ怪しまれてるけどなんとかごまかせたみたいだ。ここで依頼が受けられないなんて事になれば予定が狂う。もうちょっとちゃんと考えてから来れば良かったな。
俺は昨日、魔王様から聞かされた話を思い出していた。
『おいグレゴリー、面倒な事になったぞ』
「なんです? ワイルズさんが工作チーム全員連れて行きたいとか言い出したんですか?」
軽口を叩く俺を魔王様は真剣な声音で諭す。
『冗談言ってる場合じゃないんだグレゴリー。人間側の使者が来て、人質解放とオーガを引き渡すよう要求してきた』
わーお。思ったより深刻な話だ。
「それは……不味いですね」
『一応調査してから返答すると留めているが1日以内に返答しろと条件をつけてきやがった。そんな短期間でどうしろってんだろうな?』
「1日ね……もうそれ、ほとんど断定してるようなもんじゃないですか」
あの事件現場をちゃんと調べれば魔族の仕業じゃないって分かると思うんだけどな。いくら人間界と魔界の仲が悪いからって交流が全く無いわけじゃないんだから、魔族が魔法を使えないって知ってる奴は少なからずいる筈なんだが。
「それで、向こうは期限過ぎたらどうするって言ってます?」
『なんらかの報復措置を取るんだそうだ。軍隊でも送りこんで来るつもりかね?』
まー、随分単細胞な連中だこと。下手すると戦争になるかもしれないのに。そうなれば年がら年中戦争してたあの頃にまた逆戻りだ。
「……仕方ないですね。予定を繰り上げましょう。犯人の拠点を襲撃するのは明日にします。ワイルズさんはワイバーンで空輸してください」
『悪いな、急かして』
「いいんですよ。悪いのは魔王様では無いですから」
これが昨夜に起こった出来事で、急遽計画を前倒しする事になった理由だ。
昨日の事を回想し終えた俺は冒険者ギルドを出ながら、サッと地図を広げた。
「もうあまり時間が無い。急ごうか」
ーーー
「お待ちしておりやしたよ。グレゴリーの旦那。その人間のお姿も凛々しいですなぁ。あっしの方は準備は万全です」
森の中、俺たちが予定された地点に到達した頃、すでにワイルズは準備を終えて待機していた。
「お久しぶりワイルズさん。予定を繰り上げたけど本当に大丈夫そう?」
「ええ、そんなのはいつものことですから全く問題ありやせん。実はもう準備は済ませておきやした。あとは指示を待つばかりでさぁ」
そう事もなげに言ってのけるワイルズを頼もしく感じる。この男がそう言うのならもう終わったも同然だ。
「ならちゃっちゃと終わらせてこの馬鹿げた騒動を起こした奴に責任を取らせよう」
「ええ、早速洞窟のところまで案内いたしやす。こっちです」
盗賊団のアジトの洞窟はそこからすぐの場所だった。洞窟の入り口にはやる気のなさそうな見張りが一人立って居るだけでその他には何も居ない。
「どう? 全員生かしたまま無力化できそう?」
予定を早めた事で支障は無いか聞いたつもりだったが、ワイルズはそんなものは当たり前という感じで返してきた。
「それはもう予定通り100パーセント全員生かしたまま終わらせまさぁ。まずはあいつから」
ワイルズは小声で答えると小さなボウガンを構えてパシュっと見張りに向かって何か小さな矢みたいなものを射出した。
それを受けた見張りはたちまち意識を失ってその場に崩れ落ちる。そこに音もなく近づいたワイルズはそいつをズルズル引き摺って見えない所まで連れて行くと、あっという間に縄で縛り上げた。手際が良すぎる。
「後はこの装置を……」
言いながら、ワイルズは何か円筒形のものを取り出すと洞窟の入り口に設置する。装置はやがて唸りを上げてモクモクと白い煙を洞窟の奥に送り込み始めた。
「これで10分もすりゃあみんな寝ちまいますよ。洞窟はこの手に限ります」
「凄いですね……もしかして私達いらなかったんじゃないですか?」
サリアスさんがそう言いたくなるのも分かる。
なんとなく洞窟に侵入しながらメタルギアみたいに無力化してくのかと俺は思っていたけど、現実は地味だ。そこがまあ逆にプロっぽいけど。
「いやぁ寧ろこっからが大変ですぜ。人質は解放して悪党どもは縛り上げなきゃなりやせんからね。とても一人では手が回りやせんよ」
それから10分くらい待って入った洞窟内では、人質も盗賊もことごとく全員が眠っていた。しかし不可解な点が一つだけあった。
「なんでこの悪党どもは未だにオーガの振りをし続けてんだ?」
洞窟の中でスヤスヤ眠る悪党どもの頭には、何故だか小さな角が乗っていた。よく見てみると意外としっかり付いていてなかなか外れないようになっている。
「捕まえた人質にオーガだと思わせるためですかねぇ? あっしには見当もつきませんよ」
まぁとにかくそれは一旦保留にして、ワイルズに言われるままに悪党どもを縛り上げて運び出す。表で見張りをしていたのも含めると全部で7人。あの生き残りの農夫の証言とも一致するから、多分これで全部だろう。
「それじゃ取り敢えずこの一番偉そうな奴を起こすか?」
「ちょいとお待ちを。先に魔法を封じておきやしょう」
ああそうだった。そういやこいつら魔法使ってくるんだよな。危ない危ない。
「これは本人とその周囲の魔力を奪う装置でして。こいつがあればこの男は魔法が使えません」
ワイルズはそう言ってまた何か新しい装置を男にくっつけて起動すると、首領っぽい男をペシペシ叩いて起こす。気持ちよさそうに寝ていた髭男は寝ぼけた様子で目を覚ました。
「ふが……なんだあおめえら!」
今まで寝てたくせによく言うぜ。じゃなくてだな……
「俺達が誰かなんて重要じゃないだろ? お前は捕まってここに転がってる。お仲間も全員同じだ。そんなお前に出来る事はただ一つだけ。俺の質問に答える事。返事は?」
「ふざけやがって……こいつを外しやがれ! 煉獄の炎よ、彼の者を焼き尽くせ!」
髭男がなんか呪文ぽいものを唱えるが何も起きない。残念だったな。お前の魔法はもう封じられてるんだ。
「無駄だっつーの。一応ちょっと聞きたいことはあったけどなんとなく予想はつくんでやっぱ話さなくていいわ」
俺としてはなんで未だにオーガのコスプレしてるのかちょっと聞いてみたかっただけ。恐らくはオーガに捕まってるって人質に思わせときたいとかそんなとこだろう。何のためかは知らんけど。
「ふん、俺達がなんで未だに鬼族の振りをし続けてるのか興味があるみてえだなぁ」
おお……? ちょっとびっくりした。ちょうど考えてた事を言い当ててくるとは。話してくれるんならちょっとは優しくしてあげてもいいんだけどな。
「なんだ? 話す気になったか?」
「いいや、そいつは言えねえな」
うわー、めんどくさいわ。ていうかなんか試されてるみたいで腹立ってきた。この期に及んで交渉出来るとでも思ってんのか? こっちが上って事を分からせてやる。
「ねえサリアスさん? ここで戦闘が起こったんだから悪党の一人や二人が死んでもそれは不可抗力だよね? ていうか死体が無い方がおかしいもんね」
「そうですねぇ。首領と思しき男は最後まで抵抗し続けたっていうのはどうでしょうか?」
サリアスさんが意図を察して合わせてくる。というか俺は演技じゃなくて割と本気でそう思い始めてるので、これで喋らなかったら面倒くさいし本当にやっちゃうかもしれない。
髭男は俺が本気だと気づいたのか、はたまた演技が上手かったからか、たまらずに話し始めた。
「分かった! 分かった話すよ! 俺たちの本当の目的は大義名分を得るためなんだ」
ああん? 大義名分? 何を言ってんだこいつは。あんまり回りくどいとアリバイ作りの犠牲になってもらうぞ。
「旦那ァ、やっちまいますかい?」
「ああ! 待ってくれ! 俺たちの依頼人は戦争をしたがってるんだ! それで魔族が手を出したように見せて大義名分を得たいんだよ! 本当だ!」
なんだこいつ。とんでもねえ事を言い出したぞ。
じゃあ何か? こいつらが果ての集落をオーガのコスプレして襲撃したのは戦争を起こすためだってのか? 捜査の撹乱とかではなく? そんな話、信じられるかよ。
「はぁ? そんな訳の分からん事、誰に指示されたんだよ」
「会ったことはねえけど“クレイ”っていう……ッ」
依頼主について言いかけた髭男は途中で黙り込むと、突如自分の首を掻き毟り始めた。
「ングッ……カッ……ハッ!」
「おいどうした!」
髭男は俺の声に反応することもできずに、そのまま悶え苦しむと、顔を紫色にしてバタリと倒れ伏した。
「おい! 何が起きた!」
ワイルズが慌てて近寄って髭男の脈を見る。そして力無く首をゆっくり横に振った。
「旦那、この男。死んでますぜ……恐らくは特定の言葉に反応するタイプの呪術か何かです。あっしがついていながら申し訳ねえ……」
「なるほど。口封じってわけか……」
この男はそんな事になるとはつゆ知らず、依頼主の情報をペラペラと喋ってしまったのだ。
「てことはこいつが言ってたのは嘘なんかじゃなくて全部本当ってことになるじゃないか……」
皮肉な事にこの男は自分の命でその情報が本当であると証明してしまったのだ。
「人間というのは恐ろしい事を考えますね……」
ギュッと槍を握りしめるサリアスさん。魔族は同種族を大切に思う傾向が強いので尚更そう感じるのかもしれない。
それにしても後は人質を街に連れ帰って終わりだと思っていたけれど、ちょっとそうは行かなくなった。戦争を起こさせないためにはもう一芝居打つ必要がありそうだ。