威厳が欲しい
次の日、王都の北の外れのちょっと寂れた住宅街に俺とマゴス君は来ていた。
「ここが候補地の一つか。思ってたより日当たりは良さそうだな」
「ええ、広さも申し分ないですね。機材を搬入すればすぐにでも始められそうです」
俺たちの目の前には、赤いレンガで作られた古い建物が静かに佇んでいた。
聞くところによると、元々は所有者のオーナーが何か古物商のようなものを営んでいたらしかった。しかしオーナーが高齢になり廃業。貸店舗にする事になったが、元々そんなに立地が良いわけでも無いので、借り手も見つからず、空き店舗のままになっていたようである。
「何というか……人通りはほとんどありませんね」
「いやほら、あんまり大きい声じゃ言えないけど商売がメインの目的じゃないからさ。良いんだよそれで」
二店舗目、それも王都に出店する店はダミーの意味合いが大きい。本当の目的は、勇者召喚が行われているであろう王宮を探る足掛かりとなる事にある。
「なんならいっそ店頭販売は無しで第二工場って事にしたっていいんだ。まぁその為には大口の顧客が必要になるけど」
その辺りのことは今度雇う予定の元軍人さん達にやってもらってもいいかなと思っている。彼らがどれくらい仕事を取って来れるかの試金石にもなるしちょうどいい。
「あと他の候補地も見て回って他の連中にもどこがいいか聞いてみよう」
その後も王都のいくつかの場所を見に行ったけど、どこも条件を完全には満たしておらず、一番良さそうなのはやっぱり最初に見た、北の外れの住宅街の空き店舗だった。
───
「ただいま」
セリア教の恩師に挨拶に行ったレイラが午後になって帰ってきた。少し浮かない顔をしていたので、何かあったんだろうなという事はすぐに分かった。
「おかえり。どうした? なんかあったの?」
「ううん、別に」
そう答えたレイラだったが、やっぱり元気が無い。何かがあった事は確かだが、あまり言いたくは無いのかもしれない。
うーん、これは詮索しない方がいいんだろうか? でも気になるものは気になる。こういうのは言いたくなかったら言わなくてもいいんですよっていう姿勢で聞くのが大事だと思う。
「言いたくない感じ? 無理には聞かないけど」
「……本当に別に大したことじゃないのよ。すごく待たされた挙句にちょっと喋っておしまいだったってだけ」
「ええ? そりゃ酷いな。せっかく会いに来たってのに」
勇者が生きて戻ってきたんだから、教会としては喜んでしかるべきだろう。それともあれか? 魔王を倒すという役目を全うできなかった勇者に価値は無い、みたいな感じか? あのセリア教の連中なら大いにあり得そうだ。
「まぁもういいわ別に。私のわがままを聞いてくれてありがとね」
「ああ、そんなのは全然いいんだよ」
むしろ何しに行くかしっかり俺に言ってくれただけありがたいってもんだ。
話した事で多少スッキリしたような顔をしたレイラは、明るい声で言った。
「ま、過ぎた事はもうどうでもいいわ。私は明日から何をすればいいかしら?」
「そうだなぁ……」
ふむ、実はそんなに考えてなかった。だってレイラを連れてきたのは俺が一緒に居たかったからだし。しかしあえて何かしてもらうとすれば……。
「実は冒険者ギルドの本部にちょっと寄っときたくてさ」
冒険者ギルド自体はメルスクみたいな街ごとにあるけれど、ここ王都にはそれらを総括する本部があった。
「で、その本部で新人冒険者に対する研修制度ってどんなものがあるか聞いときたいんだよね」
これは俺が王都に行くとトールに伝えた時に頼まれたことだった。
トールが冒険者の新人研修を新設する前に、取り敢えず他の冒険者ギルドはどういう取り組みをしているのか知りたいと言っていたのだ。だから滞在期間中に聞きに行くつもりだった。
ギルド本部であれば各街にある冒険者ギルドの情報を持ってるはずなので、他がどういうことをやっているのかはそんなに苦労することなく分かるはずだ。
「俺、まだ明日以降もちょっと忙しいから、代わりに聞いてきてくれない?」
「あぁ、前言ってた例のやつね? いいわよ」
新人研修を新設する事になった経緯を知ってるレイラに代わりに行って貰えるなら俺も安心できる。
「助かるよ。それならこのトールの手紙見せればすんなりいくと思うから渡しとくわ」
俺は自分の荷物から茶色の封を取り出すとレイラに手渡した。まぁトールの字が汚すぎて突っ返されるという可能性も無くはないけど。
「別に急ぎじゃないし、のんびりやって構わないから。頼むよ」
「任せといて。きっちり纏めとくわ」
そう言って任せなさいのポーズをするレイラが可愛くて、無性に抱きつきたくなったけど、自分のポケットに魔王シアターが入っているのを思い出して我慢した。
───
賃貸契約の交渉も順調に進み、ようやく一息つけるなと思い始めた頃、メルスクの方はどうなっているか気になった俺は、報告も兼ねてサリアスさんに電話をかけてみる事にした。俺は王都にいる間、メルスクでの事はサリアスさんに一任していた。
『はい、こちらサリアスです』
「ああ、サリアスさん? グレゴリーだけど。そっちの様子はどう?」
『特に変わった事はありませんよ。あえて挙げるとすればいつもより静かな事ですかね?』
「ああ、何人かこっちに連れて来ちゃったからね」
『どちらかと言うとグレゴリー様が居ないからですけどね?』
「え? 何だって? 口うるさい上司がいなくて平穏だって?」
俺が冗談まじりにそう言うと、サリアスさんは笑みを漏らした。
『ふふふ、違います違います。そういう冗談を言う人がこっちにはあまり居ないんですよ』
はて、そうだろうか? メルスクに残ってる連中を思い浮かべてみる。カイルは研究で基本的に篭ってるし、クラウス君もあんまり自分から冗談を言うタイプでは無い。ゴンザレス君に至ってはそもそも喋らない。うん、言われてみれば確かに静かそうだな。
しかしアイリスちゃんとバートンは結構冗談飛ばすタイプだと思うのだが、あの2人はどうしたんだろう。
「アイリスちゃんとバートンは結構言ってるイメージあるけど?」
『えーと……アイリスちゃんの方はですね、マゴス君と引き離されて意気消沈してます』
「あー……そっかぁ」
なるほどそうか。マゴス君だけ王都に連れて来たから、愛しの彼と引き離されちゃって沈んでるわけだ。いやいや、そんな今生の別れって訳じゃないんだから、それくらいは我慢するべきだと思いますけどね、はい。
え? お前が言うなって? ははは、何のことかね。
「えーと、それじゃあバートンは?」
『バートンって私に対しては全然冗談を言ったりしてこないんですよ』
え? 意外だなぁ。あいつは誰に対してもあんな飄々とした感じなのかと思ってたけどサリアスさんに対しては違うのか。まぁ立場の差ってやつだろうか。
あれ? でも立場って言ったら俺の方こそバートンより偉いはずなんだけどな? 俺の勘違いかな?
「……あいつめ。俺に対しては何言っても良いと思ってやがるな? 帰ったら “忘れてるかもしれないけど俺はお前より一応偉いんだぞ” って言ってやらないと」
『ふふふ、きっとそういう所ですよ』
別にサリアスさんは冗談言われて怒るようなタイプじゃないからバートンも言ったって大丈夫なのにな? たしかに雰囲気的には凛としてて近寄り難い所はあるけど。
『グレゴリー様のそういうところ、羨ましいなって思います。私はそういう風にはなれませんから……』
あれ? 何故かサリアスさんが落ち込んだような声を出している。別にそんなに羨ましがられるような事は無いと思うんだけどな。俺としてはサリアスさんみたいに威厳がある方がよっぽど羨ましい。
これは別に単純にカッコいいから羨ましいってわけじゃない。どういうことかと言うと、例えばバートンなんかはサリアスさんがいなかったらもっと調子に乗ってるだろうから、そこでビシッと言える威厳があればしっかり引き締める事は出来る。そういう実用的な意味で羨ましいって話だ。
本来、一番立場が上の俺がビシッと言わなきゃいけないのに、今は流れでサリアスさんにその役を任せてしまってる。だからサリアスさんがバートン恐れられている原因の一部は俺にある訳だ。
「現状、引き締め役という名の嫌われ役をサリアスさんに押し付けちゃってるもんね……俺にももうちょっと威厳があればそんな事にならずに済むんだけど」
『いえ、別にそういう事では……』
俺は低級悪魔という、魔界でもワースト5に入るようなとても弱い種族だ。どうしたって威厳は出せない。
それで自然とサリアスさんにそういう役を任せる形になっていた。要は今まで俺はサリアスさんに甘えていたのだ。あぁ、なんかちゃんと自覚したらとても酷いことをしていたような気がしてきた。
「ごめん、サリアスさん。俺も頑張ってビシッと言えるようになるからさ……」
『いや、あの、何を勘違いなさったのか分からないですが、私がこういう性格なのは家の事とか竜人族の代表であるとかそういうものを意識しているせいであって、決してグレゴリー様のせいでは無いです』
「あぁそうか、そういうのもあるのか」
そういえばサリアスさんは竜人族最強っていう二つ名を持ってたな。家も武家として名を馳せているし、確かに滅多な真似は出来なさそうだ。俺には想像も出来ないな、そういう重圧を背負って生きるのは……。
「サリアスさん、俺の前でだけはそんなこと全部忘れて良いんだからね。例えどんなサリアスさんでも俺は変わらないからさ」
『……そういう小っ恥ずかしい事をサラッと言える所もグレゴリー様の良さであり凄さだと私は思うんです』
「あれ? 今俺褒められた? それとも馬鹿にされた?」
『ふふふ、さぁ、どちらでしょうね?』
自然と笑みが溢れる。やっぱりサリアスさんはこうでなくては。早く王都での仕事を終わらせて帰りたいもんだ。




