帰ってきたバートン
「ただいまっス〜」
数日後、ようやく任務を終えたバートンがレジア湖から戻ってきた。数人が声を聞きつけて集まってきて、口々に労っている。
「おう、ご苦労さん。お前晩飯はどうした?」
「途中で食ったっすよ。ちょっと遅くなったのはそのせいっすね」
時刻は暗くなって幾ばくかという頃、飯がまだなら一緒にと思ったんだが、やっぱりコイツはちゃっかりしている。
「そうか。じゃあ土産話でも聞かせてくれよ。ああその前に調査報告書だけ先に見せてくれ」
シリウスさんに“個性的”という評価を下された報告書が一体どんな出来なのか、俺は気になって仕方なかった。
「良いっすよ〜」
ガサゴソと鞄から報告書を取り出したバートンがどうぞと俺に紙束を手渡してくる。みんながわいわいとバートンから話を聞いている隅で、俺は受け取った報告書をペラペラとめくった。
「なるほどね……」
シリウスさんが個性的、という評価を下した意味が1発で分かった。
知らなかったがバートンの奴、実は絵心のある男だったらしい。そこかしこにまるで図鑑のようにタマちゃんの細部が描かれていた。
こういう報告書では絵とか図は大切だ。何しろ分かりやすいからな。だから絵が上手い学者ってのはどこでも重宝されるもんだ。さかなクンとか良い例だろう。
俺がバートンの意外な一面に驚きながら報告書をペラペラめくっていると、最後のページにはデフォルメされたタマちゃんの絵なんてものまで出てきた。可愛い。
いやしかしこのフォルム、どっかで見たことあるような……あぁアレだ。おっ○っとだ。あのお菓子のパッケージに描いてある鯨の絵にそっくりだ。なんか思い出したら食べたくなってきたなおっ○っと……もう2度と食えないけど。
「どうなさったんですか?」
俺が絵を見ながら遠い日本に想いを馳せていると、黙り込んでいた俺を心配してか、喧騒から離れたサリアスさんが話しかけてきた。
「ああいやちょっとね。見てくれよ、このバートンの絵。あいつ中々絵が上手いみたいでさ。ビックリしちゃったよ」
俺が報告書を指し示すと、それを見たサリアスさんは、目を丸くしてちょっと驚いた様子だ。
「あら可愛らしい。これをあのバートンが?」
「そ、あのバートンが」
「へぇ……」
意外だよね、なんて話をサリアスさんとしていたら、バートン本人が土産話を中断してみんなの肩越しにこっちに話しかけてきた。それに合わせて他の連中の視線もこちらに向く。
「グレゴリー様! 報告書はどうっすか? 俺っち今回は結構頑張ったと思うんすよ!」
ふむ、確かにこれは結構な労力だと思う。褒めるとすぐ調子乗るからあんまり褒めないようにしてるけど、今日くらいは褒めてあげよう。
「正直凄く出来が良くて驚いてる。なんかボーナスの一つでもあげなきゃいかんな、これは」
それを聞いて、本当っすかー!? やったー! なんて喜んでいるバートン。
普段あんまりバートンを褒めない俺が、ここまで手放しで褒めるのは他の連中にしても意外だったようだ。みんな俺の手の中にある報告書がそれ程の出来なのかと気になるようである。
しょうがないので、みんなのいるテーブルまで行って、報告書を開いて置いてやった。
「ほら、汚したりクシャクシャにしたりするなよ?」
みんな顔を突き合わせてペラペラとめくりながらほー、とかへー、とか言い合っている。バートンは鼻高々といった様子だ。
いやーしかし、こんだけ絵が上手いんだったらなんか別のところで活躍出来そうだけどな? 漫画とか売り出したら普通に売れる気がするぞ。いや、漫画は流石に飛躍しすぎだけど、魔物図鑑とか作ったら案外良いかもしれない。トールが今度やる新人研修とかに合わせて。
「ねぇ、ちょっとグレゴリー」
考え事をしていたら、小声でレイラが話しかけてきた。
「どうした?」
「私の事っていつ説明するの? バートンってまだ私が勇者って事は知らないんでしょう? 私から言っても良いわけ?」
あぁ。そうだった。バートンは向こうに行ってたから魔王城で一悶着あったことは一切知らないんだ。うわー、一から説明すんのめんどくせー。まぁいいや、とりあえずぱぱっと事実関係だけ説明しとくか。
「おい、ところでバートン。全然話は関係無いんだが、実はレイラが勇者だったらしくてな? こないだ覚醒したんだわ」
「はぁ? 何言ってるんすか?」
バートンに頭大丈夫かって顔をされた。あのバートンに。屈辱だ。
───
「グレゴリー様、あの完全解毒薬についてなんですが」
そう持ちかけてきたのはタマちゃんエキスの解析を任せていたカイルだ。あれからコツコツ解析を進めていたのは知っていたが、ようやく何か進展があったらしい。
「なんだい?」
「まだ確証は得られていませんがどうやらあれは生物由来のもののようです。何かの生き物から抽出されたとしか思えない」
おおっと流石はエリート研究者のカイル。あの万能薬がタマちゃんから採れたという事は教えてないのに当ててきおった。
「ふむふむ、それで?」
「それは水棲生物ですね? そして私の予想では貴方はそれを知っている。違いますか?」
殺人事件の犯人をズバリ言い当てるかのような言い方に若干気圧される。
「ノーコメントで」
「ふふふ、私ピンときてしまいましたよ。レジア湖でバートンさんが描いたっていう絵を見た時にね。あのタマちゃんがそうなのでしょう?」
「むむむ」
勘のいい奴め。いや普通に気付くか。だって時期的にも俺があの万能薬を渡したのってレジア湖から帰ってきた後だしな。
研究して貰ってる関係上いずれは分かることだし、そのうち言うつもりだった。だがこの短期間で気付くとは流石だ。
「いいかね? カイル主任。その事実はマジのマジで最重要機密だから絶対に他言は無用だぞ。知ってるのは俺と現場に居合わせたレイラとお前の3人だけだから」
俺が真面目な顔をして言ったらカイルの奴はニンマリして囁いてきた。
「3人ですか……! それはなんとも高揚感がありますね……こう、最高機密とか言われると子供心がくすぐられるような……」
色々秘密の多い職場だが、カイルは普通の研究者という事もあって、あんまり機密情報には関わる機会は少なかった。そのせいか、秘密とか機密とかそういった類のものにはどうやら憧れがあるらしい。その気持ちはとてもよく分かるよカイル君。
「まぁカイルは口が堅いからちゃんと全部教えとくよ」
俺は万能解毒薬、もといタマちゃんエキスを研究するに至った経緯について順を追って説明した。そして俺がこのタマちゃんエキスに何を期待しているのか、という事についても話す。
俺が話し終えたら、カイルはようやくモヤモヤが晴れたといった感じのスッキリした顔をした。
「ははぁ、なるほど。そんな理由があったとは。確かにこのエキスを量産できればタマちゃんを狩る理由がほとんど無くなりますもんね」
「だろ? 勿論量産は金儲けの為っていうのはあるんだけど、タマちゃんの安全確保にも繋がるから一石二鳥ってわけよ」
俺が発案したレジア湖観光地化計画で一番気にしなきゃいけない事は、タマちゃんが万能薬を作れる事を知られてはならない事だった。
当然そんな簡単に知られる訳は無いんだけど、万が一っていう事もある。そうなった時に、世の中に万能薬が出回っていれば、タマちゃんが狙われるリスクも減るわけだ。そういう効果も期待して、俺はカイルにタマちゃんエキスの解析を頼んでいた。
「という事で、頑張ってもらいたいわけよ。だから何か足りない物があったら遠慮せずすぐ言ってくれよな?」
「そうですねぇ……足りないってわけじゃないんですけど、レジア湖に行って水質を検査したり、周囲の環境の調査もしたいですね。あとはタマちゃんの食事とか、エキスが一度にどのくらいの量作られるかとか、それから───」
研究者らしいっちゃらしいけど、本当に遠慮する事なくカイルが色々言ってきた。そんなカイルを押し留めて、現地調査は今はちょっと忙しいからまた今度な、と断ったらカイルは悲しそうに仕事に戻っていった。今度の団体ツアー第一陣と一緒に行かせてやろうと思う。