お嬢様がやってくる
「んー困った」
俺は社宅の一室の椅子でひっくり返るように天井を見上げて唸った。
「いやー困った困った」
そんな聞いて欲しいオーラを出している俺に、チラと目線を上げて一応訊ねてくれるアイリスちゃん。
「……何かお困りなんですか?」
「いやぁ! よく聞いてくれたねぇアイリスちゃん!」
うわぁ、絶対めんどくさい奴だ。口には出さないがアイリスちゃんの顔にはそう出ている。
「あのね? 勇者にふさわしい仕事って何だと思う?」
俺がそう聞くと事情を察したアイリスちゃんが、どうして俺がそんな事を言い出したのか言い当てた。
「あー……レイラさんの今後の仕事をどうしようかって話ですか?」
「そうなのよ! 仮にもあの勇者にね? その辺の冒険者でも出来るような仕事をしてもらうってのはいかがなものかと思ってね?」
アイリスちゃんはちょっと上を見て、んーと考えると、あぁそういえばという感じで答えた。
「今、経理が少し足りなくて増やしたいそうですけど」
む。そうなのか? それは増やさんといかんな。担当はクラウス君だったかな。足りないなら言ってくれれば増やすのに。ただ、レイラを経理に充てるかってのは別の話だ。
「レイラなら多分出来ると思うけど、事務仕事する勇者ってのは如何なものかと思うよ、俺は」
あれだけ剣術を頑張ってたのに、これからは事務な! ではあまりにも可哀想だ。もうちょっと戦闘スキルが活かせるような仕事は無いものかと思うんだけど。
「と、すると勇者としての資質を活かす方向で考えているわけですか……」
「そうなんだよねぇ。でもあんまり良いの思いつかなくてねぇ。なんか無いかな?」
「そうですね……各地のギルドの高難度依頼を片付けて回るっていうのはどうです?」
「あ〜それはねぇ」
確かにそれは俺も考えた。各地方の冒険者ギルドを回って、溜まっている高難度依頼をバッサバッサと斬り捨てる。勇者となったレイラなら多分余裕だ。
でもそれはつまり長期間離れ離れになるという事。それは嫌だ。レイラ分を補給できないと俺が耐えられない。だから却下。
「ちょっとダメかな〜。いざっていう時に戦力として近くにいて欲しいんだよねぇ」
アイリスちゃんは俺とレイラが付き合ってることは知らないので、それっぽい理由をつけて拒否する。すると彼女はめんどくさいなぁという顔を尚も崩さずに次の案を絞り出した。
「レイラさんは魔法が使えるんですよね? だったら魔法関係の仕事に就いてもらうっていうのはどうでしょうか。それなら一応この街で仕事が出来ると思いますよ?」
「ほうほうなるほど」
魔法関係か、それなら毎日会えるし良さそうだ。しかしそれを聞いて、俺はこの前トールから聞かされた例の話をふと思い出した。もしかしたらレイラもトールのように、ある日突然魔法が使えなくなるかもしれないという奴だ。
俺がその事をかいつまんで伝えるとアイリスちゃんはあっさりと、じゃあ分かりませんね、ご本人と相談なさったらいかがですか、と言って自分の仕事に戻ってしまった。さもありなん。
しかし、アイリスちゃんから案を引き出せたのは大きいぞ。俺が言い出したと思われると他の連中に色々勘繰られそうだからな。というわけで、その案を携えた俺はレイラに相談しにいくことにした。
「で、レイラは魔法関係の仕事とかやってみる気あったりする?」
「魔法? 別に無いわ……」
あら、残念。興味無しか。
「何よ。して欲しかったりするわけ?」
「いいや? 別にどうしてもして欲しいわけじゃないんだけど、何かレイラのスキルを活かせるような仕事が無いかなって考えててさ」
「ああ、私の他の仕事探してるとか言ってたわねそういえば」
「そうそう。んで魔法に関する仕事はどうかなぁと思ってね? それなら一緒にいられるし。あ、いや別に各地の強敵を倒して回りたいとかあるんだったらそれでもいいけど」
なーんて口では言っているが、本当は遠くには行って欲しくない。離れ離れになるのは嫌だ。
そんな俺の思いが顔に出ていたか、ちょっとだけ間があってからレイラは口を開いた。
「……魔法ね。まぁせっかくだしちょっとやってみても良いかもしれないわね。具体的にはどこで働くとか決まってるわけ?」
「いいや全く。ただこの街じゃ魔法関係の仕事は引く手数多だからさ。探せばすぐ見つかると思う」
一応メルスクは魔族領に最も近い最前線の街なので普通の街と比べると軍関係、魔法関係の仕事は多いのだ。まぁこれでも昔に比べたらだいぶ減ったらしいけど。
「あの“急に魔法が使えなくなるかも”っていう例の話もあるし、俺もこの話を勧めるべきか結構迷ったんだけどな」
「そう。でも聞いたらなんだかやりたくなってきたわ。もし魔法が使えなくなったらその時に別の仕事を探せばいいんだし。やってみるわ」
俺がどうしようか悩んでいたのがアホらしくなるくらいレイラは即断即決だ。まぁそんな動じない所も好きなところなんですけどね。
レイラの仕事探しはとりあえずそういう方向で進めることになった。
ーーー
『すまない、グレゴリー!』
「……どうしたんですか急に」
あくる日、魔王様からの電話に出たら開幕謝られた。びっくりした俺は少し剣呑な感じで返事をしてしまう。
『その……そっちに行くと言い出したんだ、彼女が』
魔王様の本気の謝罪トーンを聞いた俺はピンと来てしまった。俺たちが人間界で面白おかしくやっているのを絶対に知られてはならない、とある人物が頭に浮かぶ。
「それって“カ”から始まって“ス”で終わる感じの方ですか?」
『そうだ……すまない。本当に』
「……なんとか引き留められませんか?」
『彼女がこうと言い出したら誰にも止められないのはお前が一番よく分かってるだろう』
脳裏にその人物の顔が浮かぶ。面白そうな事があれば必ず首を突っ込んでくる魔王軍四天王の一人。そして周りに与える影響など省みず、全てを巻き込んで好き勝手動き回る台風のようなお人。その名はカナリス・エメラルド。
俺自身も魔王軍に入ってから何度も振り回された。いや、これは面倒な事になったぞ。
『勇者を城まで通して直接対決したのが不味かったのだ……しかも全員城から追い出したのがな……あれでどうも人間界の活動に興味を持ったらしい』
あのレイラの一件がカナリスさんの面白そうな事探知レーダーに引っかかってしまったようである。
「そりゃあもうどうにもならないですね……」
カナリスさんのお父様は魔王様の恩師だ。勿論立場的には魔王様の方が偉いのだが、世の中立場だけで決まらないのが常であるように、魔王様もカナリスさんのお父様には頭が上がらなかった。
そうなると当然御息女であるカナリスさんにもなかなかあれこれ命令できなくて、しかも良い家の出だけあって能力はかなりあるので、気づけば四天王にまでなってしまったのである。
『それにほら、彼女は普段誰がどこで何してるかとかあんまり気にしないだろう? ところがお前がこの前の騒動に関わってるって知ったら尚更な』
あぁそうか。カナリスさんは俺が人間界に来てるのを今まで知らなかったのか。
魔王軍に入って、俺が色々改革を始めた頃からカナリスさんには俺の仕事を引っ掻き回された。 “この私カナリス・エメラルドが手伝ってあげると言っているのに断るなんてどういうおつもりですの?” とか言ってな。
まぁそのお陰で魔王軍の食堂はかなりクオリティの高い物が出来たっていう話はあるんだけど……そういうのもあって当時は結構可愛がられた。俺としては寿命が縮む思いだったからやめて欲しかったけどね……。
『彼女が素直にお願いを聞いてくれるのはお前くらいのもんだ。帰ってくださいってお願いしてダメだったら、諦めてそっちでどうにかしてくれ』
何とまぁ無茶な事を言う。どうせあの人は面白い事以外、お願いなんて聞きゃあしないのだ。つまり、帰ってくれなんてお願いをしたって時間の無駄。
こうなると、何もしなくて良いですよ、って言った方が効果的かも。面白くないなって思ったら自発的に帰るかもしれないから。多分無理だけど。
「はぁ……しょうがないですね。それでカナリスさんはいつこちらにいらっしゃるんですか?」
『ワイバーンは使わないで徒歩で向かったから2週間はかかるはずだ。もしかしたら途中で何かに引っ掛かってもっと遅くなるかもしれんが』
旅の途中でも面白い事があるかもしれないからと言って、徒歩で向かったそうである。なんとも彼女らしい話だ。
「分かりました。どうにかしますよ」
ただでさえクレイに見張られてるかもしれないから警戒しているというのに、カナリスさんが来たらどうなるか分かったもんじゃない。とにかくじっとしてて貰わないと。それが可能かどうかは……いや、ダメそうだな。ほんとにどうしよう?
俺は憂鬱な気分になりながら、嵐がやってくる事を伝えるためにみんなを集めに向かった。
───
「みなさんに重大なお知らせがあります」
俺が沈痛な面持ちで集めた面々にそう告げると、これはきっと良いことでは無いなとみんなに緊張が走った。
「カナリス・エメラルドさんが約2週間後にここに来ます」
みんなの反応は大まかに二つに分かれた。カナリスさんの傍若無人っぷりを知っている人とそうではない人。前者は色めきだってざわざわしだすが、後者は疑問符を頭に浮かべている。
「知らない人の為に説明しようと思う。とは言っても魔族組は流石に名前は聞いたことあると思うけど」
俺はカナリスさんを知らないグループに向かってどんな人物であるかを説明した。
サリアスさんと同じ魔王軍四天王の1人であるとか、とても活発で明るくてちょっと?強引なお方であるとか。本当はもっと赤裸々に語ってやりたいところだけど、仮にも四天王だし、魔王様の恩師の御息女であるから一応オブラートに包む。
「そんなに……何かこう、凄いお方なんですか?」
知っているグループの尋常でない反応を見ながら、そう聞いてきたのは比較的魔王軍での日が浅いマゴス君。言葉を選んで言ったつもりのようだが、あんまり隠しきれていない。
「マゴス君は会ったこと無いか。まぁ強烈な方だからね、会えばわかるよ」
「遠巻きにチラッとだけ伺った事はあります。凄く上品そうな方だなとその時は思ったのですが……」
そうなんだよねぇ。見た目はね、良いんだよ。ホント黙ってれば良いとこのお嬢様なんだけど喋り出したら残念みたいな。
「会えばね、分かるから」
「あれ? でも貴方って参謀長なのよね? そのカナリスさんより偉いんじゃないの?」
嫌なら帰ってもらったらいいじゃない。そうレイラが至極もっともな疑問をぶつけてくる。隣のステイシアも同じことを思ったようでそうですよね?と頷いている。
「……肩書きが偉いからって必ずしも命令できる訳じゃないってケースはあるじゃない? これはそういうケース」
だって魔王様ですら強く言えないのだ。俺なんてもっと命令できる気がしねえよ。できるのはせいぜいお願いくらい。こちらのほうを是非やっては頂けないでしょうか? 出来れば手伝って頂けると私としては大変助かるのですが……みたいな感じ。
俺のその微妙なニュアンスでレイラはカナリスさんがどういう人物であるかを何となく感じ取ったようで、眉を顰めながらも納得したようだった。
質問が無くなったところで俺はもう一度全員の意識を集める。
「はいはい! という事で方針を説明します。カナリスさんは大変優秀な方でいらっしゃいますが、人間界での繊細な業務にはちょっと向かないかな、と思います。なのでこちらの生活に慣れるまで、敢えて暫くはカナリスさんには仕事は振りません」
これで飽きて帰ってくれないかな、と俺は心の中でうっすら期待していた。流石に四天王としての威厳の問題もあるので、仕事の邪魔だから帰らせたいとは言えない。だから表向きの理由はそんな感じにしておく。
「だから皆さんも慣れるまではあんまりカナリスさんに仕事の話はしないように」
連絡会が終わった後、サリアスさんに私も頑張りますからと励まされたけど、この件に限って言えば多分誰にもどうする事も出来ないので、やっぱり苦労しそうだなと俺は思わずにはいられなかった。




