シナリー嬢
翌日、俺とレイラはトールに会うためにギルドに向かった。
ギルドのカウンターにいたシナリー嬢は、入ってきた俺達を見つけると慌ててトールを呼びにいった。おおかたトールがそういう風にしろとシナリーさんに言い含めていたんだろう。
やがてトールがドタバタと慌てたように出てくる。
「おお、やっと来た! 今日はレイラちゃんも一緒なのか」
「お久しぶりね。トールさん。ふーん……」
レイラはジッとトールを見つめて何かに納得している。もしかすると、今レイラは勇者の“真実の目”を発動させているのかもしれない。
一方のトールはというと、まだ能力を使っていないらしく、レイラが勇者になった事には気づいていないようだ。
「? まぁ元気そうで何よりだ。それはともかくグレゴリー!」
「なんだよ」
「ここんところ何があったのか聞きたいんだが……奥の部屋で」
トールはそう言ってチラリとレイラを伺いながら、親指で後方を指差す。その目は、なんでレイラを連れてきたんだ、ゆっくり話も出来ないじゃないかと言いたげだった。トールの奴、まだレイラが勇者だと気づいていないらしい。
「急にしばらく会えないかもなんて連絡よこすから一応これでも心配したんだぜ。俺は」
「ああ、それに関しては悪かったよ」
レイラが覚醒した日にトールにはしばらく俺達と接触しないようにとだけ伝えて、詳しい説明はしていなかった。
そして、魔界での一件が片付いて戻ってきた時には、伝言でもう大丈夫だと伝えただけだったので、トールとしては何が何だか分からなくて、やきもきしていたんだと思う。
「奥の部屋空いてるだろ? そこで全部話すよ。レイラも関係ある話だから連れてきたんだ」
「へー、そうなのか……?」
俺のちょっと含みのある言い方に少し疑問を覚えたのか、トールはその時ようやく初めて“真実の目”でレイラを見たようだった。そしてトールはそのままの姿勢でピタッと固まる。
どういう風に表示されているのかは分からないが、多分情報のところに勇者だとかって出てるんだと思う。
「あわわ……」
レイラを指差して、口を開けてパクパクさせ始めたトールに、片手をあげたレイラは大したことなさそうに言った。
「ま、そういう事だから。私も聞かせてもらうわ」
動揺してフリーズしているトールを押しやりながら、俺はギルドの奥へと向かう。
「はいはい行った行った。全部今から説明してやるから。な?」
───
俺がここ最近起こった出来事について、かいつまんで説明するとトールは感慨深げに呟いた。
「はー、しっかし驚いた。まさかレイラちゃんが勇者とはねえ……盲点だった」
「黙ってて悪かったわね」
「いやぁ、俺は直接関係あるわけじゃないから別に構わねえけどよぉ」
ふむ、トールがそう言うなら別にいいか。そもそも謝罪に来たわけでは無いしな。勿論ほったらかしにしてた事は謝ろうと思ってたけど、そんなのがぶっ飛んじゃうくらいのネタだったので、どうやらそれはスルーしても良さそうだ。
「まぁそういう事でレイラは俺たちの協力者になったから。今までみたいに隠す必要は無くなったんでそこんとこよろしく」
「ああ分かったよ。まぁいつかは隠す必要が無くなる日が来るとは思ってたけどな。勿論こんな形になるとは思ってなかったが」
そりゃそうだろう。俺だって予想もしてなかったんだから。
「しかし……そうなるとあいつはどうするんだ?」
「あいつって……ああ、ケイオス君?」
「そうそう。もう勇者は分かった訳だし見張ってる必要無いよな?」
「あぁ、その事なんだけどな?」
実を言うと、勇者疑惑のあったケイオス君の事は3日前まですっかり忘れていた。ステイシアに、“レイラさんが勇者だったのならあのナルシスト男は探る必要なくなりましたよね?” と言われてようやく思い出したのだ。
確かに要らんなとその時はそう思ったんだけど、よくよく考えたらあいつが勇者の可能性は実はまだあるのだ。
「実は同じ事をステイシアにも言われて納得しかけたんだけど、ケイオス君が勇者の可能性はまだあるなって思い直したんだよ。だってレイラは3年近くも前からこの街で活動してたんだから」
2、3年後に次の勇者になる奴が今この街で活動していてもおかしくない。もしかしたらそれがケイオス君だという可能性も充分ある。
「……確かに。今から3年後、いやもっと近いかもしれないが、あのケイオスが勇者になる可能性はあるかもな」
「だろ? まぁ当分先だろうけど。周期的に」
勇者召喚は2、3年に一回だから、そのくらいの猶予はあるのだ。
「じゃあ、あのケイオスはこれからどうするんだ? ずっと見張っとくつもりか?」
「いやほっとく。いずれにせよ先の話だから。また勇者が出現する時期が近づいてきたら考えるよ」
ステイシアもケイオス君に接触するのを嫌がってたんで、もう当分探んなくていいよと言っちゃったのだ。代わりに今、彼女には王都に2号店を出す計画を練ってもらっている。
「ま、伝えたい事はこんなとこかな」
「ふーん、そうか。ああ、一つ俺から聞いてもいいか? これはレイラちゃんに聞きたいんだが」
「だってよレイラ?」
「どうぞ?」
レイラが先を促す。それを受けてトールは半信半疑といった様子で問いかける。
「あー……レイラちゃんは魔法は使えるようになったのか? 勇者に覚醒してから」
「ええまぁ、使えるようになったわ」
「今はどうだ? まだ使えるか?」
「そりゃあ使えるでしょう?」
レイラはトールに疑いの目を向けながら、その場で指の先をピンと立てると、ボソリと何かを呟いて火を灯した。別に何ということはない発火の魔法だ。
「普通に使えるわよ。どうして?」
火をかき消しながら、なんでそんな事を聞くのか分からないという態度のレイラに、トールはちょっと首を傾げながらぶつぶつと独り言を呟き始めた。
「うーん……まだ時間が経ってないからか? それともやっぱり俺がおかしいのかね……」
「おいなんだよはっきりしないな、ちゃんと説明しろって」
俺の言葉で、トールは渋々と言った様子で説明し始めた。
「実はな……俺は魔法は使えないんだ。いや正確には使えなくなった、か」
「え? いやだってお前……」
真実の目はさっき普通に使ってたじゃないか。そう言おうとして俺は思いとどまった。あれは魔法じゃないのかもしれないと思い直したからだ。
トールも俺の様子を見てその考えに思い至ったのか、わざわざ教えてくれた。
「ん? ああ、“真実の目”は別だぜ? あれは多分魔法じゃねえから。詳しくは俺もよく知らんが」
「へー、そういうもんか……じゃあ魔法を使えなくなったってのは?」
「それはな……」
トールが言うには、勇者になった直後はレイラのように色々魔法が使えるようになったというのに、しばらくしたらまた元に戻っちゃったらしい。なんだそりゃ。
「そんな事あんの? お前が呪文忘れちゃったとかじゃなくて?」
「……お前は俺の事を馬鹿にしすぎだ。なんつーか魔力を通す回路が途切れちまったって言うか、閉じちまったって言うか……」
「ふーん、じゃあ私も覚悟しといた方が良いのかしら? 別に借り物みたいな物だし、無くなったって構わないけど」
確かに急に与えられた物なんだから、急に無くなるという事もあるのかもしれない。
「まぁ他に例が無いから分かんねえんだよ。俺が特殊体質なだけかもしれないしな。まぁもし使えなくなったのなら教えてくれ。俺も答えを知りたい」
「分かったわ」
二人の話が終わったところで俺は最後に切り出した。
「ああトール、俺からもひとつだけ聞いときたい」
「なんだ?」
「シナリーさんって居るだろ? 受付の」
「ああ、シナリー嬢がどうした?」
「彼女、ここに勤めてからどれくらい経つ?」
このギルドで受付嬢として長年勤めているシナリーさん。嬢というにはかなりお年を召しておられるが、みんなからは親しみを込めてシナリー嬢と呼ばれている。彼女無くしてはこのギルドは回らないと言っても過言では無い。
しかし、はっきり言うと俺は彼女の事を疑っていた。実はクレイの協力者なのでは無いかと。
クレイがこの街で勇者の情報を得るなら、誰から教えてもらうのが一番か。そう考えた時に自然と名前が上がる。全ての冒険者の動向を把握できて、且つ不審ではない人物。
何しろ最初は俺が協力を仰ごうかと思っていたくらいなのだ。結局その役はトールになったので、その案はたち消えになったけど。
勿論それだけでシナリーさんがクレイの協力者だと確信に至った訳ではない。最初はせいぜい2割くらい。
ただ、魔王城でレイラから聞いた話の中でチラッと名前が上がったので、疑いが半分くらいの割合まで上昇したのだ。
レイラが盗賊団のアジトに誘導された件で、レイラは確かに言っていた。他に良い依頼が無くて、シナリーさんに勧められた依頼を受けた、と。その結果、レイラは監禁されることになった。
シナリー嬢はレイラが盗賊団のアジトに誘導された件で確かに一枚噛んでいた。
それに加えてどうもクレイは俺たちの事を知りすぎている気がする。探っている様子は全く無いのにだ。
だけど、探る必要も無いくらい俺達に近いところに目と耳があるとすれば。
俺はしかし、この事をトールに伝えるべきか迷っていた。
「……おい、そりゃどういう意味だ? シナリー嬢が何だって言うんだ?」
「……いーや、何でもない。悪い、忘れてくれ」
一瞬で険悪な表情に変わったトールを見て俺は誤魔化すことに決めた。こいつに長年一緒に仕事をしてきたシナリー嬢を疑えと言うのは酷だと思ったのだ。
「嘘だな。俺に嘘は通じないぞ」
はー……人が気遣ってやってるのにコイツときたら。
「……知らない方が良い事もあると思うよ、俺は」
「いいや。知っておいて良かったと思うことの方が経験上多かったね」
こんな事は今までに何度もあったと言いたげなトール。こいつも自分の能力のせいで結構難儀な人生を送ってそうだなと思いながら、俺は仕方無しに説明する事にした。
俺が自分の見解を説明し終えると、それまでじっと聞いていたトールは途端に立ち上がって叫んだ。
「バカ言うな! あり得ねえ!」
これである。だから言ったのに。俺がジト目でそんなトールの顔を見つめていると、トールはバツが悪そうな顔をして黒いソファにヘナヘナと座り直した。
「あのさぁ。そうと決まった訳じゃないって言ってるでしょう? 疑ってるのは半分くらいだって」
「……しかし、しかしなぁ」
「まぁとにかく気にしなさんな。別にお前に何かしてもらおうってつもりは無いから。今まで通り誰にも言わず、たまに俺の頼みを聞いてくれりゃそれでいい」
もしシナリー嬢の事を調べるとするならばトール以外にやって貰う。そりゃあ “冒険者の情報を横流ししてますか?” とかトールに聞いて貰えば1発で分かるけど、そこから先に辿っていくのは他の人にやって貰わないといけない。だから、どうせなら最初からトール抜きでやった方がいい。
これならトールもスッキリはせずとも納得するだろう。そう思っていたら、トールは逆に何故か青ざめた表情をしだした。おい、まさか……。
「……お前、もしかしてシナリー嬢に俺達の事を言ったのか?」
俺の低い声を聞いたトールは弾かれたように弁解を始める。
「言ってねえよ! 言ってねえ! 神に誓ってそこは大丈夫だ!」
「そこはって事はどこかは大丈夫じゃない訳だな?」
「はい……」
トールは白状した。どうもトールの奴、俺が頼んだ書類、新人冒険者の詳細リストを作る時に、手が回らなくてシナリー嬢に支援をお願いしたらしい。
その詳細リストというのは、普通のギルドの登録書よりも遥かに細かく書かれていて、ギルドの通常の業務では絶対に作られないような代物だ。
あらかじめそういう書類を作っておけば、勇者が出た時にもオタオタしないだろうと思ってちょこちょこ作ってもらっていたのだ。
しかし、もしシナリー嬢がクレイに通じていたら、俺達グレゴリー商会が新人冒険者、すなわち勇者について情報を集めているという事がクレイに筒抜けになっていることになる。
「……まぁ確かにバレないようにやれって言ったわけでも無いしな……しかしお前、そんなこと頼んでシナリー嬢には何か疑問を持たれなかったのかよ」
「いや、疑問に思われないように“冒険者の生存率アップの為に今度から詳しく記録することにした”ってそれっぽい理由を伝えたから特には……」
「はーん、なるほどね」
「だったら……大丈夫なんじゃない?」
トールを哀れに思ったかレイラが割って入る。
「もしもシナリーさんがクレイの協力者だったとしても、私達、というよりかはグレゴリー商会が勇者の情報を集めたがってるとは思わないと思うわ」
「そうか? 俺とトールが協力関係にあるのはシナリー嬢は勿論知ってる筈だぜ? 当然疑うんじゃないか?」
俺がそう言うとレイラは少し考える素振りを見せてからトールに尋ねた。
「ねぇ、トール、貴方が元勇者である事をシナリーさんは?」
「あー……知ってる筈だ。かなり前にだが伝えた事があるからな。忘れてたりしてたら分からないが」
ふんふんと頷くレイラ。
「そう。だったらトールが個人的に興味があって情報を集めてる事にすれば良いんじゃない? 元勇者が次世代の勇者を気にかけるのは別におかしくないでしょう?」
なるほど確かにそれはそうだ。というかトールが俺達魔族側についた時にそんなような事を実際言っていた気がする。
「確かに本当の事だから悪くなさそうだ。ただ、最近急に集め始めた事に対しての理由が要ると思うぞ」
何しろトールはずっとこのギルドで働いていたのだ。今まではやっていなかったのに、今更になって急に集め始めたのはどうしてなんだと疑われたら意味が無い。何かきっかけが無いと余計な詮索をされてしまう。
トールが考え込むように、唸りながら腕を組んだ。
「うーん……ギルドマスターになってやる気に満ち溢れたとかはどうだ?」
「……お前、いつもギルマスの仕事は面倒だとかやりたくねぇだとか色々ぼやいてるじゃねえか。却下だ」
何がやる気に満ち溢れただ。日頃の自分の言動をちゃんと顧みろってんだ。だいたいその愚痴は下手すりゃシナリー嬢が一番聞いてるんじゃないか? あくまでもシナリー嬢に信じてもらわなきゃならないんだぞ。
「他になんか無いの? なんかあるだろ」
「無いな!」
諦め早。俺が呆れていると、レイラが尚も助けに入る。
「その、これからが大事なんじゃないかしら?」
「というと?」
「さっき新人冒険者の生存率アップのためって言ってたでしょう? だったらその為に他にも色々やったらいいと思うの。ギルドって結構放任主義でしょ? 私も冒険者になった時あっさり放り出されてびっくりしたし」
「ああ、なるほど。つまり新人冒険者の講習会とか、先輩冒険者との交流会とかやったらいいじゃないって事ね」
確かにこのギルドには研修制度みたいなものはさっぱり無い。一応俺も冒険者になっているから分かるけど、最初にちょろっと説明されたらそれで終わり。手取り足取り教えるのが正しいとは言わないけど、もう少しなんかあってもいいんじゃないかとはずっと思っていた。
「そうそう。それで、そういうのを積極的にやれば、トールは本気で新人冒険者の事を気にかけてるんだなってシナリーさんも思うんじゃ無いかしら?」
そうすれば、俺達グレゴリー商会が情報を集めてるとはクレイも思わない。レイラはそう言いたいようだった。
うん、ありかもしれない。まぁこの世界の住人がどう思うかは知らないけど、やっぱり研修会みたいなのは欲しい。別に強制にしなきゃ良いんだし一応有りますよ、みたいなゆるい感じでいけばいい。
そこまで考えた俺がレイラの案を推そうと思ってトールを見たら、我らがギルドマスター様はいやに真剣な顔をして俺を見つめてきた。なんだ、この案になんか穴でもあんのか?
「……なあ、グレゴリー。これは大事な事なんだが……それって俺、めっちゃ忙しくならない?」
「「……」」
いや、今回のことが無くてもそれくらいはやれよ。俺とレイラは呆れた。
結局なんやかんや説得して、俺たちグレゴリー商会も協力するからという言葉を俺から引き出したトールは、渋々納得してその案を実行に移す事を約束した。
まぁここまで色々考えたは良いけど、別にシナリー嬢がクレイに通じてると決まったわけでは無いのだ。だから、もしかすると全くの無駄骨かもしれないという話はあるんだけど。




