世の中には優先すべきことがある
クレイとの駆け引きに失敗した日の夕方、俺はレイラ他数人を集めて、報告をしていた。
「結論から言うと残念ながら上手くいかなかった」
俺が少し意気消沈しながら言うと、他の連中にもそれが移ったか悲しそうに項垂れる。
「まぁ、しょうがないわよ。きっと貴方でダメなら他の誰でも上手くいかないわ」
レイラはそう慰めてくれたが、そんな事は無いと思う。俺よりも優秀な奴なんてたくさんいるからな。あーいかん、こんな事を考えるとか結構凹んでるのかもしれない。
「奴はかなり警戒心が強いみたいでさ。そう考えるとそもそも接触してきたのも不思議な気がするよ」
「何か手は有りませんかね……クレイが我々を魔族と知っているかどうかも分からないのは流石に厳しいものがありますが」
マゴス君が眉間に皺を寄せてそんな事を話す。
「いっそ無視するというのは……流石に不味いでしょうか?」
「考えてもどうにもならないからって事?」
俺がそう聞くとサリアスさんがそうですと頷く。うーむ、たしかに悩んでもしょうがないけど、無視はちょっとね……代わりに優先順位を下げるってのはアリな気がする。事実、どうにもならないし。
「こちらとしてはどうにかして正体を暴きたいところだけど、現状向こうのほうが何枚か上手だから、しばらく保留にするっていうのは良いかもしれない。どう思う?」
「もう少し従順なフリをして従っていれば、奴もボロを出すかもしれないわ。それまで耐えるっていうのは良いと思う」
「僕もそう思います。レイラさんの言う通り、隙を見せるまで時間をかけた方が良い」
マゴス君がそう言いきった事で、なんとなくそれが良いような雰囲気になって来た。
俺はポンと手を叩いて結論を出した。
「よし分かった! じゃあ……そうするか。また何か他に良い手が浮かんだら相談するよ。ありがとう」
解散を宣言すると、マゴス君はまだ用事が残っているからと先に部屋から出て行って、残ったのは俺とレイラとサリアスさんだけになった。
部屋内に沈黙が流れる。黙っているサリアスさんをレイラもまた黙ったままじっと見つめる。どうもレイラは何かを言おうとして躊躇っているようだった。
気まずい沈黙。一応レイラには、サリアスさんに魔王様の計画を話した事は伝えた。それにレイラの事も許してくれたみたいだよっていうのも。それを聞いたレイラは、その時には少し嬉しそうにしていたのだ。
その筈なんだけど、あれは一体なんだったんだというくらい今の雰囲気は悪い。悪いというかピリピリしている。本当になんでか分からない。
「えーっと……サリアスさん。話したことは一応レイラにあの後伝えたんだけど……」
「そうですか」
サリアスさんは俺の方を見ずに答える。まさに一触即発。ピリピリとした空気が流れているのには触れずにレイラが付け加える。
「昨日の夜、確かに全部聞いたわ。それでその、サリアスさんは本当にそれでいいの?」
いいのっていったい何が? そう俺は思ったけどそんな事はとても聞ける雰囲気じゃない。
気圧されてる俺をよそに、サリアスさんはレイラから目を逸らさずに答える。
「ええ、勿論です。貴方に斬りつけられた件は許しましたし、もうそんな事は無いと信じられます。それ以外の事も特にわだかまりはありません」
「いや、そうじゃ無くて」
え、その話じゃないの? なんて思ってレイラを見ていたら、突然レイラはバッとこっちを見た。うお、なんだ。
「ちょっとグレゴリー? 貴方が居ると話しにくいのよ。しばらくサリアスさんと二人きりにさせてくれない?」
おっと、そうか。俺のせいで話しにくかったのか。
「あー、こりゃ気づかず失礼。邪魔者は退散するとしますかね」
そそくさと部屋を出て行く俺に対して何も言わない二人。決闘でも始まりそうな雰囲気に、本当に二人きりにして大丈夫なのかと一瞬不安がよぎる。
とはいえ、武器を持ち出してきてどうこうという感じではないから恐らく平気だ。話し合いで何か決着をつけるんだろう。
話の内容も後でサリアスさんかレイラに聞けば、全部は無理としても少しは分かるだろうし。俺はそんなふうに軽く考えながら二人を置いて部屋に戻った。
あの後、結構二人は長いこと話し合っていたらしい。夜になって、いったい何をそんなに話していたのかとレイラに聞きに行ったら、少しくらい教えてくれるだろうと思いきや、完全にはぐらかされてしまった。
「別に? ただの他愛もない話よ。でもやっぱりサリアスさんは良い人ね。魔族とか人間とかは関係なくね……ああ、ちゃんと仲直りはしたから心配しないで」
他愛もない話で2時間も話さないと思う。だから恐らく何か大事な話をしてたと思うけど、どうも俺には言いたくないらしい。
これ以上突っ込んで聞いてはいけない気がしたので、納得いかない顔をしながらも切り上げた。
うーむ、しかしそう言われると気になってしまうのも人間というもの。レイラはダメだったけど、サリアスさんならちょっとくらい教えてくれるかもしれない。そう思った俺は、今度はそっちに聞きに行った。
「知りたいですか? それはちょっと困ってしまいましたね。乙女の秘密です。ただ、レイラさんはやっぱり優しい方ですね。彼女にならグレゴリー様を任せても大丈夫だと思えましたよ」
サリアスさんも残念ながら内容までは教えてくれなかった。ただ、二人ともお互いを褒めあっていたから本当に仲直りはできたんだと思う。
二人の雰囲気からただの世間話でなかったのは確かだけど、どうせ分かりゃしないので今回は一応それで納得する事にした。
───
「ああ、わざわざ来てもらって悪いね」
「改まって用事なんてどうしたのよ?」
俺はレイラから勇者についての詳細を聞こうと思って、1号店の2階に呼び出していた。
「召喚された時の事についてちょっと聞きたいなと思ってさ。まぁ座ってよ」
部屋の隅にある一人用の大きめのソファを勧めて、俺はペンを手に取った。
レイラはポフっと音を立てて座りながら快諾した。
「ああ、なるほどね。いいわ、何から話せばいい?」
「そうだな。まずは召喚された場所についてからかな。どんな場所だった?」
「そうねぇ……白い柱が沢山ある部屋だっていうのが第一印象ね。かなり広かったから多分王城のどこかだと思うんだけど」
ふーむ、前にトールに聞いたのと一緒だな。俺は紙にさらさら書きながら、顔を上げずに質問を続けた。
「なるほど。それで、もしかしてその部屋には神官みたいな格好の人と偉そうな貴族みたいな格好した人が何人か居た感じ?」
俺が聞くと、まさにその通りだったようでレイラは若干驚いた顔をしていた。
「えっと、そうよ。なんで知って───ああ、トールさんが元勇者って言ってたわね、そういえば」
「その通り。あいつに聞いたんだよ」
「そういえばメルスクに戻ってきてからギルドに行く用事がなくて会ってないわ。今度話聞きたいわね」
レイラが勇者化してから、実は俺もまだトールには直接会っていない。あいつもあの期間のことは何が何だかよく分かってないだろうから、直接会って話さなきゃなと思っていたところだ。
「ちょうどいいや、明日行くか。一緒に」
「またずいぶん急ね。私は別に構わないけど」
バタついていたのもあって、工場の再稼働は明後日からという事になっていた。だからどうせ明日は暇なのだ。
それに、どうせレイラには勇者化の様子を見る意味でしばらくお休みして貰う事になっている。いずれにせよ今まで通りの仕事をやって貰うつもりも無い。何せ勇者だし。
「じゃあ決まり。明日行くって事で」
「いいわ」
ふむ。じゃあオッケーだな。いや全然オッケーじゃない。まだ聞きたいことは沢山あるんだ。
「あと聞きたいことはね。召喚されてからメルスクに来るまではどうしてたのかって事」
俺の質問にレイラが少しだけ首を傾げる。
「逆に聞くけど、貴方はどこまで私の経歴について知ってるの? 前に調べたんでしょ?」
前にミスターXが出てきた時にレイラの出自を調べた事があったけど、ほぼ何も分からなかった。今から2年程前に南方にある国からメルスクにやってきたというギルドにあった登録書の記録、それだけ。そうレイラに伝える。
「ああなるほどギルドのね……知っての通り、あれはデタラメよ。ちょうど今から3年くらい前に私は王都で召喚されたの」
別に何か特別な日、という訳ではなかったらしい。そして、召喚されてからしばらく王都でこの世界の事を学んでからメルスクまで遠路遥々やってきたという。それ以降はずっと冒険者として活動していたようだ。
「その、最初に反発とかしなかったの? だって急に召喚されたんだろ?」
「確かにそうだけど、右も左も分からないのよ? 私を召喚したあの人達の言う事を聞かなかったら何されるか分からないわ。だから仕方なく従ったのよ」
確かに俺も同じ状況ならレイラと同じように、まずは言う事を聞いたと思う。状況が分からないと人は慎重になるものだから。
「そうか、分かったよ。じゃあ召喚されてからメルスクに来るまでの期間はどんな生活送ってたんだ? トールは王宮の中にいたって言ってたけど」
「私もそんな感じよ。教育係?として教会の神父さんみたいな人が私についたわ。それでこの世界の事を教えてくれたの。私の役目と魔王についてもその時に」
「へー、その人は今は?」
「知らないわ。王都を出てからはずっと一人だし、連絡もしてないから」
最初ちょっと面倒を見た後は完全にほったらかしか。不思議な話だ。もし俺が王様なら手厚く面倒みるけどね。それで従者とか旅のお供とか付けると思う。決してヒノキの棒を渡してはいおしまいなんて馬鹿な真似はしないはずだ。
だいたい召喚するのにもコストは掛かるだろうに、なぜデリウスの王様は勇者をそんなに冷遇するんだろうか。どうも不可解だ。その辺のこともしっかり調べなきゃいけないな。
「なるほど分かった。そうするとレイラはこっちに来てからずっと覚醒するのを待ってたって事になるのかな?」
「半分くらいは当たりね。でも貴方と出会って、元の世界に戻らなくても、いや戻りたくないなって思っちゃったのよ。だから覚醒しても魔王討伐に行くつもりは本当は無かったの」
最初は元の世界に戻ろうと思っていたけど、最近はそうでも無かったということらしい。ところがレイラが覚醒した後におかしくなって、サリアスさんを斬りつけた時点で全てが狂った。
「あの時、貴方の顔を見て、あぁこれで全部終わりなんだって思ったわ。それで、だったら魔王を倒して元の世界に戻ろうと思ったのよ」
「ああそれで……正直俺もあの時はレイラに殺されるかもと思ったよ」
そんな事私がするわけないじゃないとレイラが憤る。でも、あの時のレイラは正常な状態では無かった。それを思い出したのか、自分でも説得力が無いと思ったらしく、言い訳のように付け足してくる。
「……あれは本当の私の意思じゃないわ」
「分かってるよ。もうあの時の事はとやかく言わない。それはいいとして、へーそうか。俺がいたから元の世界に戻るのやめたのか。ふーん?」
自然と口角が上がる。だってそれって元の世界か俺かっていう二択で俺を選んでくれたって事だからな。嬉しくないわけがない。
「……何にやにやしてるのよ。そんなに嬉しい?」
「嬉しいよ。当たり前じゃん」
俺が即答したらレイラもちょっとにやにやしだした。なんだよ、レイラも人のこと言えないじゃないか。
「ふーん? そんなに私の事好きなんだ?」
「好きだよ。この世界を変えようと思っちゃうくらいには」
こんなドストレートに言うのは俺のキャラに合わないんだけどな。でもこういうのってなるべくしっかり言葉にして伝えたほうがいいって何かで読んだ気がするから、これからも言いまくっていこうと思います。
「私だって好きよ。貴方のためならなんだって出来るわ」
なんとなく熱い眼差しで見つめ合う俺とレイラ。いかんいかん。このままだと空気がどんどんピンク色になっていく。理性を、理性を呼び戻さなければ。
「コホン……待て待て。この流れは良くない気がする。今日は真面目な話を聞こうと思って呼んだんだから」
「そ、そうね」
ちょっと冷静になった俺は、レイラに渡そうと思っていた物があったのを思い出した。あの誕生日の日にレイラに渡すはずだったプレゼントだ。
机の引き出しを開けて小さな赤い箱を取り出す。そして、立ち上がって近くに行くと、レイラに手渡した。
「そういや渡そうと思ってたの忘れてたよ。はいコレ。誕生日プレゼント」
「あ、そう言えばそんな話もあったわね。すっかり忘れてたわ」
元々はレイラに何か頂戴と言われて用意した物だ。俺のセンスに任せるとか言われたので苦労したが、前世の知識に従って無難な物を選んだ。
「……へー、貴方にしてはやるじゃない。こういうセンス無いと思ってたのに」
「おいおい、俺をなんだと思ってんだ。ちょっとくらいはあるわ」
俺が選んだのはシルバーのネックレスだ。沢山ある中からコレだ! と思うものを選んだつもりだ。まぁ一応店員さんにもこれって女の子に合いますかね? って聞いたけどな!
どうもレイラの反応を見るにお眼鏡に叶ったようだ。良かった良かった。
「ねぇ、付けて?」
立ち上がったレイラが箱を手渡しながら背を向けてくる。
「ああ、いいよ」
俺がネックレスを取り出してレイラの首に回したところで、こんな事をレイラが言い出した。
「私の世界にはね、男性が女性にネックレスを贈るのは愛しているから結婚しましょう、っていうプロポーズの意味があるの」
ネックレスを付ける手が一瞬止まる。そりゃすごい偶然だな。
「……じゃあピッタリの贈り物って訳だ。さすが俺。いや、本当は誕生日プレゼントのつもりだったからピッタリって事は無いか。ま、結果論だな」
軽く冗談を言ったが、少し動揺しているらしく、上手く付けられない。手間取っている俺を揶揄うように、更にレイラは続ける。
「それでもう一つあってね。そのネックレスを相手の男性に付けてくださいって女性からお願いするのは、私は貴方に身も心も捧げますって承諾する意味があるの」
えっ!と驚いた拍子にネックレスの接続部がカチッとはまる。レイラもそれが分かったのか、笑いながらクルリとこちらに振り向いた。
「どう? 似合ってる?」
笑いながら少し顔を赤らめるレイラはネックレスなんて無くても充分可愛かった。
「あ、あぁ綺麗だよ」
「……大事にしてね?」
レイラが後ろの方で手を組んで、上目遣いにそんな事を言ってくる。俺はもう理性を完全に投げ捨てた。
「普通贈った側が言う言葉だぜ? それ」
言いながらレイラを抱きしめる。そんな俺をレイラはクスクス笑いながら揶揄ってくる。
「真面目な話はしなくていいんだ?」
「そんなのより今はもっと大事な事がある」
俺はレイラを抱きしめながらそのままソファに座り込んだ。結局その日、暗くなるまで思う存分イチャイチャし続けた。
後にこの狭いソファでイチャイチャする方法が確立されていくのはまた別のお話である。