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魔王の部下も楽じゃねえ!  作者: 普通のオイル
第八部 再始動
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帰還後のサリアスさん

 

 俺とレイラがメルスクの街に戻ってきた日。突然サリアスさんがこれからは人間界では無く、魔界の方で仕事をしたい、なんて言い出した。


 レイラが覚醒したあの日から、サリアスさんとは何となくギクシャクした関係にあったから、そんな事を言い出した理由も一応見当は付いていた。


 きっと勘のいいサリアスさんは、俺とレイラがお互い想いあっている事には気付いてしまっている。


 ところが、あのレイラが覚醒した日のサリアスさんの口ぶりから考えて、人間とは仲良くするべきでは無いとサリアスさんは思っている筈なのだ。

 だから、真逆の考えを持っている俺が内心許せないのかもしれない。


 それでもサリアスさんは俺を正面から糾弾する事はしなかった。魔界に帰るなんて言い出したのは、逆に自分の方から身を引こうとしたからなんじゃないかと思う。


 俺としては自分の考えをサリアスさんに押し付けるつもりなんて無い。ましてやそれを理由に疎遠になるなんて、馬鹿げた話だとも思ってる。

 だから、その事を伝えるために、そして説得する為に一度腹を割って話し合う事に決めた。


 次の日、俺は1号店にサリアスさんを呼び出した。

 執務室の椅子に座った俺は、とても気まずい空気を感じながら、黙ってサリアスさんを見ていた。

 同様に、俺に呼び出されたサリアスさんも、長椅子に腰掛けてどこかそわそわと所在なさげである。


「理由を聞かせてもらえるかな」


 優しく言うつもりだったのに、どうにも詰問するような感じになってしまう。

 サリアスさんはやはりどこか気まずいようで、おずおずといった様子で理由を述べ始めた。


「昨日お話しした通りです。家の問題で何度か顔を出さなければならなくなってしまいました。急で申し訳ありませんが───」


 俺はそんなサリアスさんの言い訳を手で制して途中で遮った。


「ああ、その事についてだけど……実は確認させて貰ったよ」


 その言葉にハッとするサリアスさん。そして下を向いて目を逸らす。


「お父様であるグラスさんに直接確認したけどそんな問題は存在しないってさ」


 あの厳格な武家の当主であるグラスさんが、魔王軍の仕事を放り出して家に戻ってこいなんていう命令をサリアスさんに下す筈がない。

 だから、家の問題どうこうというのはサリアスさんのでまかせだ。


「勿論サリアスさんがお父様に責められるような聞き方はしてないからそこは安心して欲しい」


「そう……ですか。ありがとうございます」


「という訳で理由を聞かせて欲しいんだサリアスさん。多分俺のせいなんだろうってのは分かってるんだ。ただ……本当のところをちゃんと聞きたいんだよ」


 俺の懇願を聞いたサリアスさんは、目を伏せながら自分の事を責めるように話し始めた。


「私が……私が悪いのです。私はグレゴリー様に一生ついていくと決めたのに。それがあの一件以来揺らいでしまったんです……」


 俺は何を言うでもなく、黙ってサリアスさんを見続けた。


「その……今、魔王様はこの会話を聞いておられるのでしょうか?」


「聞いてると思うよ。聞かれたくない?」


「はい……出来れば」


 珍しい。サリアスさんが魔王様に聞かれたくないなんて明確に言うとは。

 俺は懐から魔王シアターを出すと、見えるように机に置いてサリアスさんに伝える。


「これで大丈夫だよ。もうこの会話は俺たち以外には誰にも聞かれない」


 机の上の魔王シアターを見たサリアスさんはやっと安心したように話し始めた。


「お話というのは……グレゴリー様とレイラさんの事についてです。もし違っていたら笑い飛ばして欲しいのですが、グレゴリー様は彼女を想っておられますか……?」


 疑問形ではあるけどそのサリアスさんの聞き方は、どこか確信しているようだった。


 なるほど。聞かれたら困るのはサリアスさんじゃなくて俺だ。

 魔王様の計画を知らないサリアスさんは、俺とレイラがお互い想いあってる事を魔王様に聞かれたら、俺の立場が危うくなると思っているのだ。


 つまり、サリアスさんは俺を気遣って、魔王様に聞かれたくないなんて言い出したのだ。

 それは言ってみればサリアスさんが魔王様よりも俺を優先してくれたという事で、その事実に少しジーンとなる。


 正直に言うと嬉しい。そこまで慕ってくれていたなんて今まで思ってもみなかった。

 そんなサリアスさんにはどうにか安心して貰いたい。しかし、人間嫌いのサリアスさんにあの魔王様の計画を伝えても良いものかどうか……。


 しかし、このままずっと黙っているわけにはいかない。結論が出ないまま、俺は正直に答えた。


「好きだよ。付き合うつもりでもある。こっそりとだけど」


「……」


 俺が認めるとサリアスさんは険しい表情のまま目を閉じた。そして絞り出すように口を開く。


「……彼女は人間です。人間は信じられません。どうか、考え直しては頂けませんか?」


「人間はどうしても好きになれない?」


 質問に質問で返されたサリアスさんは、少し困った顔ではいと答える。


「……私も努力はしたのです。父や祖父が言っていたほど人間は嘘つきではないのかもしれない。一方の主張だけを聞くのは良くないと。しかし、彼女は勇者である事を隠していました」


 サリアスさんの人間嫌いは家族に影響されているのが大きいように思う。

 武家であり、優秀な武人を輩出してきた家だけあって、敵である人間族を良く言う人物が周囲に居ないのだ。

 彼女の祖父に至っては、実際に人魔大戦で戦争をした経験があるから、それを聞かされて育ったサリアスさんが人間嫌いになってしまうのも頷ける話だった。


「レイラさんに隠し事があるとクレイから聞いた時、私はレイラさんを信じました。そんな訳が無い。そんなものはクレイの妄言だと」


「でも実際には違った。レイラは勇者だった」


 レイラは、サリアスさんが人間界で唯一気を許していた人間だったように思うので、恐らく俺や他の人から見るよりも裏切られたという思いは強かったのかもしれない。


「裏切られた、信じていたのに。そう思いました。もう一度彼女を信じるなんて事は出来そうもありません」


 俺は、そのサリアスさんの独白を聞くまでは、魔王様の計画を話せば納得してくれるんじゃないかと考えていた。けれど、甘かった。これはそんな浅い問題じゃない。


 俺は何とかしてサリアスさんを説得しなければならなかった。それが、俺を慕ってくれた相手に対しての最低限の義務だ。


「……サリアスさん。クレイからレイラの秘密の事を聞かされた日の事は覚えてる? 夜に四人で食事した」


「はい、グレゴリー様がレイラさんから秘密を聞き出そうとしたあの日の事ですね。良く覚えています」


 クレイに、レイラに秘密があると言われた日の夜の事だ。レイラを食事に誘ったけれど、あの夜はバートンも連れて行ったせいで、ロクに聞き出せなかった。


「あの日、頭が痛くて俺は途中で帰ったよね。それでそんな俺を心配したレイラが追っかけてきた。その時に……実は聞いたんだ」


 何か隠し事はないかと。聞いたのはたまたまだったが。


「それで彼女はなんと……?」


「レイラは“ある”って答えたんだ。ただ、俺には関係無い事だから心配するな、とも言ってた」


「そんな! 関係無いだなんて……!」


 反射的にサリアスさんはそう叫んだが、そこですぐにある事実に気付いた。


「そう。俺達がもし本当に人間だったら勇者の問題なんて関係無いんだよ。そこがそもそもの原因なんだ」


 つまり、レイラは俺達に迷惑をかけるつもりなんて本当は無かった。

 レイラはもし覚醒勇者になったら、素知らぬ顔をして戻ってくるつもりだったんだと思う。本当にそれが可能かどうかは今となっては分からないけれど。


「私達が魔族である事を隠していなければ……」


「そう。こんな大事にはならなかった筈だ」


 俺達が本当の意味で信用していないのに、相手からは信用してもらおうだなんて都合の良い話だ。

 そしてどうやらサリアスさんも同じ事を思ったらしい。まるで呼吸するのを忘れていたかのように、大きく息を吸い込んだ。


「……グレゴリー様に聞いて良かったです。私一人では気付けなかった」


「いや、俺とレイラがあの時話した内容を伝えてないんだから当然だよ」


「いえ、その話を聞いて知っていたとしてもきっとどこかで人間不信になっていたかと思います」


「じゃあ、これからもレイラと上手くやってけそう?」


「ええ、少し時間はかかると思いますが……それとレイラさんとお付き合いするというのも私からは何も言いませんし、聞かなかった事にします」


「あー、その事なんだけど……」


 サリアスさんなら絶対に大丈夫だと確信した俺は、魔王様の計画について話す事にした。


「……まず勘違いしないように先に言っておくけど、俺はレイラの事が本心から好きだ。その上で今からする話を聞いて欲しい」


「……?」


 俺は、俺が人間界に送られた本当の目的や、今現状どうなっているかを包み隠さず話した。


 サリアスさんは、最初こそ困惑した様子だったけれど、話が進むにつれて理解したようだった。

 俺とレイラがお互いを好きで、付き合おうとしているのを、魔王様が知っているどころか寧ろ推奨しているという事実に。


「最初にも言ったけど、俺がレイラの事を好きなのは俺の意思だから。それは間違えないで欲しい」


「それくらいは見れば分かりますよ……」


 一応納得はしてくれたみたいだけど、それはそれで問題あるような気がしてきた。だって見れば分かるって事は全然隠せてないって事だからな!

 しかし、そんなに好き好きオーラが出てただろうか? 後でどこら辺で気づいたのかちゃんと聞いとこう。


「ですが良かったです。魔王様に知られてしまえばグレゴリー様の立場が……なんて思っていましたから。私の杞憂だったのですね」


 俺の話を聞いたサリアスさんはどこかスッキリした顔をしていた。


「ごめんね。要らん心配かけて」


「……ですが、どうして先にその話をしなかったのですか? 私、こう見えても口は固いですから、計画を聞けばレイラさんとの事も納得したように思いますが」


 先に魔王様の計画を話せば、レイラとの問題は魔王様も推奨してる事だからと言って、押し通せただろうと言いたいらしい。

 一応そういう方法もあるな、とさっきは思ったけれど、そんな事はしたくなかった。どうしてかと言うと、それはきっと俺を信頼してくれたサリアスさんを失望させたくなかったからだと思う。

 でも、それを正直に言うのは恥ずかしいのでちょっと言い方を変える。


「そりゃあ何でって……命令して無理やり納得しろなんてサリアスさんには言いたくなかったんだよ」


 俺のそんな返事を聞いたサリアスさんは、悪戯に成功した子供のような笑顔でフフッと笑った。


「知ってます♪ グレゴリー様がそういうお方だっていうのは。本当は直接聞きたかっただけなんです」


 ああそうか。こりゃ俺も一杯食わされたなぁ。


 ここに来た時と比べ物にならないくらい明るい雰囲気で、サリアスさんは笑顔を浮かべていた。


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