だったら知ってる奴に聞けば良いだろ
「その、僕って軍に入ったのって最近じゃないですか」
僕、魔王軍諜報部のマゴスは現在、四天王の一人であるサリアスさんに相談に乗ってもらっていた。
「それで他の皆さん、特に古くからいる方々はみんな、グレゴリー様は凄い。参謀長について行けば間違いないって仰いますよね」
「そうですねぇ。あの方を尊敬してる方は多いですからね」
サリアスさんは、手を後ろに組んでのほほんとした様子で肯定する。
綺麗に舗装された石畳の繋ぎ目を、踏んでしまわないように少しだけ歩幅を変えながら歩くその姿は、まるで可憐な町娘のようだ。
「きっと凄い方なのでしょう。ただ、僕自身直接見たわけでは無いから分からないんですよ。だから思ってしまうんです。如何なグレゴリー様でも流石に今回の事件は解決出来ないんじゃ無いかって」
先日行われた会議でも結局、直接的な行動は起こさないで情報収集に努めると決まってしまった。魔王軍参謀長の立てた作戦にしてはあまりにも消極的すぎるように思える。
「まぁ確かにそうですよね〜」
サリアスさんは一応肯定はしてくれるが、そのニコニコとした表情は微塵も変化がない。僕の心配とは真逆に、サリアスさんは全く気にしていないようだった。そんな煮え切らない態度に僕はつい声を荒げてしまう。
「心配では無いんですか? 下手をすると戦争になるかもしれないのに!」
声を荒げる僕にサリアスさんはそっと人差し指を唇の前に持っていく。僕はハッとなって黙りこくった。いくらここが人が居ない道だからって一応人間の街の中。どこで誰が聞いているか分からない。
「グレゴリー様ならなんとかしてくれますよ。あの方なら必ず解決策を導き出してくれます」
「ですがしかし……」
ちょうどその時、またも食い下がろうとする僕を嗜めるかのように懐の魔王シアター改が震えだす。先日の会議があってから全員が持っていた方がいいだろうと魔王様が送ってきたものだ。
「はい、マゴスですが……」
『ギルスだ。そこにサリアスもいるな?』
魔王様! グレゴリー様からだと思い込んでいた僕は驚きで魔王シアター改を取り落としそうになりながらもなんとか落とさずに持ち堪える。
「は、はい! 居ります!」
僕の泡を食った様子からサリアスさんも通話の相手が魔王様だと察したらしい。魔王様の話をなんとか聞こうと真剣に耳をそばだてる。
「今、街中を偵察中でした。如何致しましたか」
『あーそれなんだが……情報収集しなくてよくなったから戻ってこい』
しなくてよくなった? 何故? どうして? 僕の頭の中をクエスチョンマークが埋め尽くす。
『グレゴリーが奴らの居場所を割り出したんだ。とにかく一度家まで戻ってこい。詳細はそれからだ。切るぞ』
通話が切れて放心状態になった僕に、サリアスさんが自信満々に笑いかける。
「ね? 言ったでしょう? あの方ならなんとかしてくれるって」
やっぱり。やっぱりあのお方は凄い方だったのだ。僕は項垂れながら、先ほどまでの自分の浅はかな考えを恥じた。
ーーー
魔王様に二人を呼び出して貰って数十分後、借家に帰ってきた二人に俺は簡単に事の経緯を説明した。サリアスさんは特に疑問は無いようだったが、マゴス君は知りたくてたまらないといった様子だ。
「それで……どうやって。いったいどうやって割り出したんですか!」
ニコニコと上機嫌のサリアスさんとは対照的に、興奮気味に迫ってくるマゴス君を落ち着かせると俺は改めて説明を始めた。
「結論から言うとこの街の“孤児”を使ったんだよ」
この街は比較的大きいので街を囲うようにスラム街があった。そこの孤児たちに“この街に出入りする見慣れない馬車を見なかったか”と金貨をチラつかせながら聞いただけだ。
そうしたら割とあっさりと、そう言えば普段見ない幌馬車を見たような気がする、ちょうど今朝も街を出ていくのを見た、という情報を掴んだというわけだ。
あとは魔王様に使い魔でその馬車の捜索をしてもらったところ、北に向かう幌馬車を発見するに至ったという話。
『それでその馬車が向かう方向に絞って使い魔で森の中を捜索したら人が何人かいる洞窟を見つけた。洞窟内には囚われている人間もいた。犯人の拠点と見て間違いない』
「いやぁ、スラム街の彼らのネットワークは凄まじいね。どんな些細な変化も見逃さない。いずれは彼らも仲間にしたいくらいだよ」
「なるほど……」
ストンと椅子に座り直したマゴス君はどこかうわの空だ。流石に俺もこんなにスピード解決するとは思ってなかったんで、その気持ちはよーく分かる。
サリアスさんだけ私は信じてましたよという表情をしているけど絶対分かってない。今回は運が良かっただけだから。
まあでもこれで今回下げた株はまた元に戻せたかな? 上の立場の人間だと人心掌握も大切だから苦労するわ。人じゃないけど。
「その……どうして馬車が出入りしていると……?」
おや? マゴス君なら聞けばピンとくるかと思ったんだけど衝撃が勝って思考が止まっているんだろうか? まあ恐らく分かってないサリアスさんと魔王様のために説明するつもりだったから別に構わないか。
「当然だけど、彼らが森の中で暮らすにはあまりにも捕虜が多すぎる。だから必ずこの街から食料を買っていく必要があるんだ。そうするとなんらかの輸送手段が必要だろうって予測したんだよ」
しかし簡単に見つかりすぎてなにかの罠なんじゃないかとすら思えてくる。サリアスさんとマゴス君の二人だけで事に当たって貰おうかと思っていたんだが、少しばかり不安になってきた。
「場所が割り出せたんであとは殲滅するだけなんだけど人質がいる以上、正直戦力が心許ない」
『ふむ。誰が欲しい?』
お、流石は魔王様。阿吽の呼吸って奴だ。
「隠密作戦が出来る者が良いですね。彼らに警戒されることなく一人ずつ無力化していけるような……」
『それでしたらあっししかおりませんね』
「「!?」」
魔王シアター改から魔王様以外の声が聞こえてきたことにびっくりする一同。
『まずは今まで黙って聞いていたことをお詫びいたしやす。実は今日、魔王様のお隣でお話を聞かして貰ってたんでさ。あっしは特殊工作チームのワイルズです』
「ああ、ワイルズさんか」
ちょっとお前急に話し始めるなよ! というギルス様の声が遠くで聞こえる。どうやらワイルズが板ごと奪い取ったらしい。ていうか相変わらず魔王様はワイルズには頭が上がらないんだな。俺も同じく上がらないけどさ。
『グレゴリーの旦那。あっしは旦那のお役に立ちたいんです。どうかこのワイルズにお任せを。あっし以上の適任はこの軍には居りませんぜ?』
ワイルズは歴戦の工作班のリーダーで、実は魔王様よりも魔王軍にいた時間が長い大先輩なのだ。それ故に魔王様を可愛い我が子のように思っているところがあるのが欠点だが、腕はかなり良い。
俺自身、今までに何度も彼に助けられてきた経緯がある。そんな彼に手伝ってもらえるのなら願ったり叶ったりだ。
「ならワイルズさん、お願いできます? 貴方が協力してくれるのなら成功間違いなしだ」
『ええ、ええ! 必ずや旦那のお役に立って見せましょう!』
半ば無視するように話が進んだ事で、しょげ返ってしまった魔王様を慰めるのに後で苦労したのは言うまでもない。