魔王様の計画
思えば俺が人間界に送り込まれた理由というのは何処かおかしかった。
まず、勇者召喚を止めさせるという一つ目の目的。
この目的だけであれば、わざわざ俺を直接送り込む必要は無い筈だ。なぜなら別に真っ正面から交渉して止めさせるのも今となっては可能に思えるから。
そして二つ目。魔王様の暇つぶしの為に、俺に魔王シアターを持たせて人間界の様子を観察するというのもちょっと変だ。
これも別に俺でなければいけない理由は無い筈だからだ。適当に誰か他の奴に持たせておけば良い。
そうなると考える上で重要なのは、どうして俺でなければいけなかったのかという理由だ。わざわざナンバー2である俺を危険を承知で人間界に送り込む目的っていったい何なんだろうか。
ここで俺独自の見解をずらずら並べ立てても良いんだけど、魔王様に聞いて答え合わせをした方が早いと思う。だから俺は魔王様に直球で聞く事にした。
「さあ聞かせてください、魔王様の真の目的を。俺の予想ではレイラにも関係ある筈です」
「私にも?」
「ふん、お前の事だからどうせ気づいているのだろう? だが、そこの勇者が分からんだろうから説明してやろう」
そう言って魔王様は話し始めた。
てっきり説明が始まるのかと思ったら、最初いきなり魔王様は俺の事を褒め始めた。
俺が来る以前の魔王軍は酷いもので、軍と銘打っているがただの強者の集まりでしかなかった事。
俺が来てからはあっという間に改善されて、一気に組織らしさを見せ始めた事。
そして、みんな次に俺が何をするのかとても期待していた事。
それは弱々の悪魔族が魔王軍に入って周囲の尊敬を勝ち取るサクセスストーリーだった。
「何よりもグレゴリーは心を掴むのが上手かった。変革を嫌う者は特に長命な種においては多い傾向にある。そんなジジイ連中にも慕われている事を考えればグレゴリーは俺様よりも人望があるかもしれん」
そんなに褒められると照れるからやめて欲しい。これが誉め殺しというやつだろうか。隣のレイラは割と興味津々な様子で聞いてるから別に構わないけどね。
いやいや、そうじゃなくて説明はどこに行ったんだよ説明は。
「こんな良い変化は誰も経験した事がなかった。それ故に皆グレゴリーという男に何かを期待していたのだ。そして何を隠そうこの俺様もその一人だ。そこで俺様はグレゴリーにある任務を命じた」
俺が人間界に送り込まれた経緯について説明する魔王様。勇者召喚を阻止するのと、魔王シアターで目と耳になるという目的。それは一番最初に俺が聞かされたのと全く同じ内容だった。
レイラは黙ってそれを聞いていた。聞き終わったレイラが感慨深そうに呟く。
「あの板……そういう為の物だったのね? そういえばサリアスさんも持ってたわね」
そしてレイラは自分が覚醒した時の事を思い出したようで、心配そうに聞いてきた。
「その、私が聞くのもなんだけど、サリアスさんって大丈夫よね? 私、あの時はどうかしてたわ」
「大丈夫だよ。あの後すぐ回復薬使ったからそんなに後には引かないと思う」
実際には医者に診てもらわなければ分からないが、すぐに治療をしたのもあって再起不能というのはあり得ない。
俺とレイラはゴホンと咳払いした魔王様に再度耳を傾けた。
「続けていいか? そのグレゴリーの任務だがな。本当の目的は別にあったのだ。その勇者召喚阻止と暇つぶしの件はあくまで建前としての理由、方便にすぎなかった。いや、暇つぶしはちょっとは本音だが……」
ああ、むしろそっちは本音が混じってたんだ。まぁそうだよね。本当に暇そうだったし。
「そしてその真の計画は順調に……いや順調とは言えないか。まさかグレゴリーが惚れた女が勇者とは思わなかったからな。そこだけはちょっと想定外だ」
「ですが、俺がレイラに惚れた事は目的の範囲内だったって訳ですよね?」
「まぁそこの娘で無くとも人間ならば誰でもよかったがな。少なくとも仲の良い人間の友人くらいは出来たらいいと思っていたのだ」
そして俺は魔王様の目論見通り、人間と仲良くなった。魔王様の目的の第一段階は俺の中から人間に対する悪感情を取り除く事。そしてそれは達成された。
まぁ元々人間だった俺にそんな感情は特に無いんだけど魔王様はそれを知らないから仕方が無い。
とはいえ俺も魔界で暮らしている時は人間なんてどうでもいっかと思っていた節があった。だから少なからず俺が人間界に行く意味はあったように思う。
「そしてグレゴリーが “彼女を好きで堪らないからどうか助けてくれ” と俺様に懇願してきたとき、次のステージに移行しようと決めたのだ」
魔王様の言葉を聞いていたレイラがビックリして俺を見た。
「ばっ!? ちょっとあんた、本当にそんなこと言ったの!?」
「いや、そんな言い方はしてないけどね……」
俺の言い訳じみた発言を聞いた魔王様がニヤリと笑った。
「ほーん? そうたったかぁ? どうも忘れてしまったなぁ。正確にはどうだったか。もっと堂々としていたような気がするがなぁ。勇者レイラよ、聞きたくは無いか?」
「……私にはね。聞く権利があると思うの。正直に言いなさい。なんて言ったの?」
ぐぬぬ。なんだよ息ぴったりかよ。勇者と魔王が結託して俺の事をからかってくるんだが。
「はぁ……何だったけなぁ。レイラを愛しています、失いたくありません。とかだったかな……ねぇちょっとそこの勇者さん? 自分で聞いといて赤くならないで貰えます?」
見ればレイラは真っ赤に茹で上がっていた。そんな恥ずかしいなら聞くなっての。俺だって恥ずかしいんだから。
「ククク、いかんな。つい面白くてからかってしまった。話を戻そう。そしてその次のステージこそが俺の真の目的なのだ。グレゴリー、お前はもう気づいているな?」
「魔界と人間界の境界線をぶっ壊す、でしょう?」
「まぁ間違いでは無いがな」
そこで魔王様は真面目な顔になった。
「俺様はな。人間と魔族が共存できる世界を作りたいのだ。そしてそれが出来るのはグレゴリー、お前しかいないと思っている」
やっぱりか。俺の予想は当たっていた。
なるほどそれは国家と国家の対話だけではどうあっても成し遂げられない。何故ならそれは国境を取り除く事に他ならないから。つまりそれは一緒の国になりましょうと言っているに等しい。そんなのは両国のトップが強く望んでいないと不可能だ。
そして現状、人間界のトップはそれを全く望んでいない。
「だからこそ人間界を裏から操る、なんて事を言い出したんですね。そうすれば無理矢理、形だけでも達成可能になる」
トップさえ抑えればどうとでもなる。魔王様はそう考えたわけだ。勿論それで本当に上手くいくかどうかは分からないけれど、少なくとも前進はする。
「そうだ。そしてこの計画に協力をしてくれる者も本心からそれを望んでいなければ達成不可能だと俺様は考えたのだ」
だからこそ俺自身が直接人間界に送り込まれた。そして俺が人間とどういう関係を築いているか魔王シアターで監視し続けたのだ。
勿論暇つぶしもあったんだろうけど。
「そしてお前は俺の目論見通り、いや目論見以上に人間に心を開いた。今のお前ならば、彼女の為に人間と魔族が共存する世界を作りたいと思えるだろう?」
「なるほど……結局俺は魔王様の掌の上だったわけですか」
つまり、最初から良い感じに踊らされていたらしい。でもレイラと出会えたんだから悔しいとかはあまり感じない。むしろ良かったとさえ思う。
「このような事、他の誰にも相談する事は出来なかった。仮にも魔族を束ねる魔王がそんな事を言い出してみろ。気が狂ったと思われる」
だから俺様と貴様達は共犯だ。そんな風に魔王様は笑った。
「できない……できっこ無いわ、そんな事」
突然、それまで黙っていたレイラが悲痛な声で絞り出した。それに魔王様がピクリと反応する。
「……何故だ勇者レイラよ? グレゴリーでは力不足か? この男ならやってくれると───」
「違う! 違うわ! 確かにグレゴリーならきっとそんな世界を一時的には作れると思う。でもきっとすぐにバラバラになる! 続きっこ無い!」
そう叫んで目を閉じたレイラは自分の故郷、元いた世界の話を静かに始めた。
「……私の故郷はね、西と東の大きな国に挟まれた小国だったの」
話によると、レイラの世界の西と東の大国は、しょっちゅう諍いを起こしていたらしい。そしてある時、二つの大国はとうとう戦争を始めてしまったのだという。
ここまではどこにでもあるよくある話だ。
しかし困ったのはレイラの故郷の小国だ。どちらかに付かなければ生き残れない。国内は真っ二つに割れた。
「私達家族は東寄りに住んでいたけれど、西側の国に付くべきだって主張してた。でも周りのみんなは東に付くべきだって」
国の東側には東を支持する人達が多かったし、西側には西を支持する人が多かった。しかし、レイラ達一家は周囲とは逆の主張をした。それが正しいと信じてしてしまった。
そしてレイラ達一家は次第に孤立していった。
「きっと目障りだったんでしょうね。私達一家はそれまで仲良くしてたはずの隣近所の人達に難癖をつけられて家を追い出された」
そうしてレイラ達家族は家も財産も慣れ親しんだ故郷さえも追われ、国の西側に逃げていった。
しかしそこで悲劇は終わらなかった。
「今度は西側の人達がね。私たちの事スパイだって言うのよ。おかしいわよね。私達は西側の国を支持したから家を追われたのに、いざ西に行けばスパイ扱いされるんだもの」
もはやレイラ達にはどこにも居場所がなかった。失望したレイラ達は逃げるように祖国を後にした。
「それまで優しかったご近所さん達がある日突然、みんな敵になっちゃったのよ? 知り合いや友人だと思っていたはずの人達がみんな」
その急変ぶりは恐怖でしかなかったと言う。
「同じ国家、同じ人種、同じ言語を話す、それまで仲が良かったご近所さん。そんな人達ですら、考え方が違うだけで、ほんの僅かな時間で敵になってしまった。だから───」
俺も魔王様も何も言えなかった。
でも俺もほんの少しだけ最近似たような事があったから共感はできる。
サリアスさんやマゴス君とのやり取りが思い出される。みんなと同じ場所に立っていると思っていたら、自分だけが全然別の場所にいた、みたいなあの底知れぬ恐怖感。
勿論レイラほど辛い体験では無いけど、俺なりにずっと考えていた事がある。だから差し出がましいとは思ったけど、少しだけ意見させて貰う。
「……きっとレイラもそのご近所さん達もどっちも自分が正しいと思ってたんだと思う」
サリアスさんやマゴス君はきっと自分が正しいと思っているだろし、俺もまた同じようにそう思っている。
「そして……それはきっとどちらも正しいんだと思う。無責任な話だとは思うけどさ」
どちらの言い分にも理があって、そしてどちらも完全には正しくない。世の中は矛盾に満ちている。
「だけど、それをどこかで受け入れなきゃいけないんだと思うんだ。みんな違う考えがあって当たり前だから」
サリアスさんの考えも、俺の考えも。みんな違うのは当たり前。完全に一致させることなんて不可能なのだから、きっとどこかで受け入れなければならない。
「これは妥協、なんて言葉で表せるほど単純な問題じゃない。でも、じっくり話し合ってみんなでそうだねって歩み寄れるような世界に俺はしたいよ」
なんだか気づけば青臭い理想論を語ってしまっていた。でもこれは俺なりに出した結論であって、俺の正しさでしかない。だからレイラには届かないかもしれない。
レイラは少しだけ黙ったまま俺を見ていた。そしてぽつりと呟く。
「みんな貴方みたいな考えだったらいいのにね……」
レイラはふぅと大きく息を吐いた。そして俺をまっすぐ見据える。
「私も、見てみたくなったわ。あなたの作る世界を。でもね───やっぱり難しいと思う」
レイラは険しい表情でそう言った。そりゃそうだよな。当たり前だ。そんなの分かってる。
「けれど、それは私の正しさで、貴方の正しさじゃない。だからグレゴリー、証明して見せて。私の言った事が間違ってるって事を」
ああ、良かった。それでも少しは届いたみたいだ。
「やってやるよ」
正直自信は無い。それでも自分を奮い立たせる。
「俺がこの手で新しい世界を作ってやる」
俺が堂々と周囲にレイラを好きだと言えるようなそんな世界を。
ようやく前半が終了。最終回ではない。




