魔王と勇者の闘い
魔王城の暗い廊下をカツンカツンと靴音が響く。音の主が大広間に入った時、玉座に座っていた魔王様は立ち上がった。
「よく来た。勇者よ」
そう言って広間の入り口に立っている人物、レイラに不敵な笑みを見せつけてから名乗りを上げる。
「全ての魔族を束ね、この魔界を治める第92代魔王、ギルスとはこの俺様の事よ。よく覚えておけ」
レイラは少しの間、黙ったまま魔王様を睨んでいた。そしてフッと笑うと静かに口を開く。
「……ギルスおじさんって貴方だったのね。ねぇ、あいつは今ここには居ないの?」
あいつ、というのが今魔王の広間に続く扉の裏で、隠れて見ている俺の事を指しているのはすぐに分かった。
バレているはずはないんだけれど少しだけビクッと俺は震えた。
「グレゴリーならばここには居ない。俺様とお前だけだ」
「そう」
勿論これは嘘だ。俺は魔王様の指示でここにいる。だが魔王様に絶対に勝手に出てくるなと言われてるから、見つからないように息を殺す。
正直、魔王様がどういう作戦でここにいろと俺に指示したのかは分からない。ただ、俺が居ない事にしておいた方が良いという判断をした魔王様を信じるしかなかった。
「途中で攻撃が止んだのは私をここに呼ぶ為?」
「貴様には関係無かろう……」
ほとんど正解だけれど答えようとはしない魔王様。ちなみに他の魔族は魔王様が邪魔だと言って全て退避させている。この大きな城にいるのは魔王様と俺とレイラのたった3人だけ。
「確かに関係無いわね。どうせ貴方はここで終わりなんだもの」
レイラは自身の剣をスラリと引き抜いた。
クソ、かなり正気に戻ったように見えるけどそんな事は無いのか。レイラの奴、滅茶苦茶戦う気満々だぞ。
「ほう? 随分な自信ではないか。この俺様を倒せると本気で思っているのか?」
レイラの言が気に障ったようで、魔王様がドスの効いた声で脅しかける。ところが当のレイラは臆する事なく言い放った。
「貴方こそ、私を見くびっているのでは無いかしら」
その瞬間、レイラが光速で駆ける。一瞬で玉座まで到達したレイラは剣を思い切り振り抜いた。しかし、魔王様はその不意打ちとも思える攻撃を危なげなく防ぐ。
ギャリギャリと剣を交差させながら、魔王様は不敵に笑った。
「ふはは! ぬかしおる! では戦って証明してみせよ!」
「私はッ! 魔王を倒してッ! 元の世界に戻るッ!」
魔王と勇者の戦いが始まった。
───
ハーッハッハ! 楽しくなってきたではないか! やはり戦いはこうでなくては!
グレゴリーには悪いが俺様がこの娘と戦いたいのは本音だ。あいつは忘れている。この俺様が本当に戦闘バカであるという事を!
素晴らしい太刀筋。俺様に匹敵する速さ。ああ楽しい! 久しぶりだこのような高揚感は。流石は歴代最強格。このクラスだと四天王程度ではまるで歯が立たん! いいぞいいぞ。もっと打ち込んでこい!
……しかし何かが足りんな、この娘の剣には。決定的に何かが足りておらん。
いいや、それが何かは分かっている。心だ。技術も力も伴っているがこの娘には心が足りん。本気で俺様を殺そうという意思が無い。
それ故に分かることもある。つまりこの戦いは娘にとっては本心では無いのだ。
ふふふ、まぁ本心では無いのは知っている。今までずっとあいつの目を通して見てきたのだ。それくらいは俺様でも分かる。
先程は元の世界などと口走っていたが、本当は元の世界などどうでもいいのだろう。本当に望んでいることはもっと別にあるのだ。
……もっとも、あのバカはそれに気付いてないかもしれんが。
ならば俺様が本気を出させてやろう! 否! 本気を出さざるを得なくさせてやろう! 勇者レイラよ、お前の本当の力を見せてもらおうか!
俺様は一度大きく娘を突き放して距離をとった。
「グレゴリーの事だがな……」
俺様が奴の話題を出すと、攻撃を続けようとしていた娘はピタリと動きを止めた。
「処刑する事にした」
まぁ当然嘘なんだが。
「……何故?」
娘が見るからに狼狽えているのが分かる。そして扉の裏に隠れているグレゴリーもそれは同じだろう。なにせ言ってないからな。驚いて飛び出てこなかったのだけは褒めてやろう。
「奴はお前を止めることが出来なかった。その責任を取らせる。それだけの事だ」
これでグレゴリーは俺が嘘を言っていると理解できただろう。だが娘の方はどうであろうか? 俺様の元まですんなり来れてしまったからなぁ。本当に処刑されるかもと考えているだろうよ。
さぁどうする、勇者レイラよ。このままではグレゴリーが処刑されるぞ。
「お前を殺す!」
ブワッと勇者の力が増幅するのを感じる。ああゾクゾクする! この感じ。純粋な殺意。今までの勇者でもここまでの怒りを俺様にぶつけた奴は居なかった。それでこそだ勇者よ! もっと怒れ! 己の愛する男のために!
だが甘いな。魔法を混ぜていても剣術には見覚えがある。貴様が習ったのはサリアスか、バートンか。いずれにせよ元を正せば俺様の剣だ。その剣では俺様は倒せぬ。
本当に殺したい相手が絶対に殺せないと悟った時、貴様はどうする。
ほう。まだ立ち上がるか。どこまで戦う? いつまで戦う? 無駄と知りながらそれでも戦うか。もう動きも鈍ってきて、剣を振るのもやっとだろうに。
だが……いい目をしている。初めの濁った目とは大違いだ。その目に免じてそろそろ許してやろう。俺様も充分楽しんだ。
だから勇者に最後の試練を与えよう。この試練を俺様が予想した通りに乗り越えたなら、この先どんな困難にぶつかったとしても乗り越えられるだろう。
はぁはぁ息を切らして立っているのがやっとの娘に俺様は提案をした。
「恐ろしいか? 望みが絶対に叶わぬという現実が」
「……」
「そんな貴様が唯一取れる方法を提示してやろう」
娘は黙ったまま息を呑んだ。
「───ここで自ら死んで見せろ。そうすれば奴を処刑せずに居てやる」
それまで絶望に染まっていた娘の眼が希望に変わった。そしてしばし逡巡し、葛藤した後、ゆっくりと口を開く。そして震えた様子で訊ねてきた。
「……それは本当?」
「ああ、魔王の名において保証しよう」
「なら───信じるわ」
そう呟いて、娘は逆手に持った剣を自らの首に突き刺した。
───
「やめろレイラッ!!」
気づけば俺は、隠れていた扉をバンッと開け放って叫び声をあげていた。
レイラを見ると、今まさに剣がレイラの喉元に突き刺さろうとしていた。それを瞬間移動した魔王様が寸前で止めているのが目に映る。
……あぁ良かった。とにかくレイラが無事と分かってホッとする。全く……そういう怖いのは本当にやめて欲しい。お陰で魔王様の言いつけを破って咄嗟に飛び出ちまった。
しかし、本当に訳が分からないのはレイラの方だと思う。というか二重に分からないだろう。今まさに死のうとしていたら、死ねと言われた張本人に止められて、居ないと思っていた俺が出てきたんだから。
なんだか分かっていないレイラに魔王様が大声で告げる。
「その心意気やよし! 他人のために躊躇する事なく、自らの命を捧げる事が出来る者はそう居ない! 勇者レイラよ、貴様の愛、しかと理解した!」
あー……そういうね。見てくれこの魔王様の顔を。ほれ、お膳立てはしてやったぞ、みたいにニヤニヤしてやがる。いつからレイラが正気に戻ってるって気づいてたんだよ。
魔王様に背中を押され、カランと剣を取り落としたレイラが、口をパクパクさせながら俺と魔王様を交互に見ている。今の魔王様の言葉で、レイラも自分が担がれてた事には気づいたらしい。
「えーと。その、もう正気に戻ってるよな? 大丈夫だよな?」
「ええお陰様でね……!」
あ、大丈夫みたいだけど、別の意味で大丈夫じゃない奴だこれは。
「処刑っていうのは嘘だったのね!? 二人して騙したわけね!?」
違うんだ。俺も騙されてたんだ。全てはそこの魔王様が一人でやった事なんだ。
「えーっと……言い訳をすると俺も騙されていたので……文句はあちらに……」
「それで? 言いたい事はそれだけ!?」
「はい、いやその、すいません……」
くっそう! すぐそこで声押し殺して笑ってる俺の上司が憎たらしいったらありゃしない! 男ならガッと行け、みたいに煽ってくるし! あーこうなりゃヤケだ!
「レイラ! 俺もお前の事好きだ! 信じてくんないかもしんないけど!」
「そうね! 信じられないわ。私はね、貴方の為なら死ねるわ!」
つ、強い。実際にさっき証明した分、レイラの想いの方がより強いのは明らかだし。俺は何も証明できるものが無い。
そんな不利な状況の俺を見て、魔王様が援護してくる。
「そいつはな。勇者をどうやって助けようかしか考えてなかったぞ。本来であれば俺様の安全の確保を最優先にしなければならないのにも関わらずだ」
そう言えばグレゴリーが参謀長になってからここまで来れた勇者は初だな。そう付け加える魔王様。冷静に考えたら最高にアホなことしてるな俺。
それを聞いたレイラは満更でもなさそうな顔をしている。
「ふ、ふーん? でもまだ足りないわね。もっと証明してもらわないと」
「あっそう。じゃあ証明してやるよ」
俺はレイラの手を引いて抱き寄せると唇を奪った。急な事にびっくりして固まるレイラを強く抱きしめる。やがてレイラもそっと俺の背に手を回した。
少しの間キスし続けて、やがてゆっくり離れる。
「どう? これで少しは信じてくれた?」
魔王様の目の前で勇者に口づけする魔王軍参謀。そんな奴は世界広しと言えど俺だけだろう。
「ずるいわ……」
「俺はレイラの為なら何だってする。だから……俺と一緒になってほしい」
「っ……」
レイラが俺から目を逸らして言葉に詰まる。
やはりそうか。レイラが悩んで、恐れているのはここだ。あの時俺を見て絶望に染まったのも、暴走してこんなところに来てしまったのも原因は全てこの一点にある。
「それは……俺が魔族だから?」
こくんと頷くレイラ。
「……きっと誰にも祝福されない。誰にも理解してもらえない。違う種族が付き合ったり、ましてや結婚したりなんかすればこの世界に居場所は無くなる。私はそれがどうしても怖い……」
俺の立場を利用してレイラを魔界に連れてきても肩身の狭い思いをするのは間違い無い。もしかすると、俺もろとも魔界から追い出される可能性もある。
では逆に人間界で生活するのはどうか。俺が魔族である事を隠せば一応は生活出来る。でも、それは常に恐怖に怯えるような生活を送る事になるのだ。いつバレるか。いつ生活を追われるか。そんな生活を一生送るのはレイラも俺も耐えられない。
勿論、今人間界にいる連中の協力があればバレずに生活することだって可能かもしれない。だが……そもそも魔族の側にも理解者はいないのだ。
例え、俺とレイラが付き合って結婚したとして、いったい誰が賛成して協力してくれると言うのか。あの人間界にいた奴らですら、レイラを助けようとはしなかったんだ。
つまり、誰の協力も得られない状態で二人きりで人間界で生活する事になる。それは……俺の弱さ的にも難しい。
「分かるよ。そんなのは無理だ、不可能だっていう気持ちは」
俺は大きく息を吸った。
「だけどね。俺はそんな俺達の邪魔をする世界を────」
レイラの手を握って目をじっと見つめる。
「───ぶっ壊そうと思ってる」
レイラは俺の言葉の意味が分からなかったようで、ポカンとして聞き返してきた。
「それは……どういう意味なの?」
俺はそのレイラの疑問に答えずに魔王様に顔だけ向けた。
「その疑問の前に、そろそろ答え合わせといきましょうか魔王様。俺を人間界に送り込んだ本当の目的は何なのかという」
俺の憎たらしい上司は腕を組んでニヤリと笑った。




