罠
「……やられたな」
「ええ、まさか全部罠だったとは……」
あの家から持ち帰ってきた唯一のアイテムである俺への手紙。完全に出し抜かれた形になったが、内容も馬鹿にしていた。
「なーにが “ここにたどり着けた事をお祝い致します” だ。ふざけやがって……」
どうも簡単すぎるとは思っていた。紳士服にハットだなんて、そんな分かりやすい格好でうろつけば馬鹿でもそこにたどり着く。これは誘導だ。どこの誰だか知らないが、俺達があそこに侵入することまで全て織り込み済みだったに違いない。
「ポーションの営業も、所属している製薬会社も全部全部嘘だったわけですか。私達を釣り出すための……」
「そういう事だな。いったいどんな奴だよ……」
相手に心当たりなんてない。しかし、恐らく俺達のことをよく思っていない連中の仕業だとは思う。例えば商店街から追い出したヘルサイスだとか、ギルドマスターの地位から引き摺り下ろしたサージェス一派の残党とか。あとは本当にポーション製造の大手会社が目障りに思ったとか?
ただ、どれを仮定したとしてもやり方が回りくどすぎてピンとはこない。
少なくともここまで用意周到に計画を立てて実行するのには個人の力だけで無く、組織の力が必要な筈だ。だから、何らかの大きな団体であるとは思うのだ。
「それで……本当に行くんですか? 指定された場所に」
「私は反対です! 危険すぎます!」
マゴス君の言葉を遮るように、サリアスさんが叫ぶ。
「サリアスさんの気持ちも分かるけど俺は行くよ。どうも “お話がしたい” らしいからな。期待に応えてやらなきゃ失礼ってもんだ」
手紙の続きにはこうも書かれていた。“今度場所を指定するのでぜひそこにきて欲しい。お話ししたい事がある” と。
俺はさっきも言った通り、行くつもりだ。相手がどこまで俺たちの事を調べているのか知る必要がある。細心の注意を払っているし、相手が “話をしたい” とわざわざ言って来ていることからも、流石に魔族だとはバレていないと思う。でも何かを隠している事には気づいているかもしれないので、そこら辺を “お話しして” しっかり確かめたい。
「どうしても行くと言うのですね……?」
「サリアスさんもついて来てくれる? 何があるかわからないから」
俺が言うと、サリアスさんはパッと顔を輝かせた。
「はいっお供いたします! あっいや、行かないに越したことはありませんが……」
最近、ステイシアに秘書ポジションを奪われる格好になったサリアスさんは、あんまりそれを面白く思ってなさそうだった。だから久々に付いていけると分かって嬉しいらしい。
「サリアスさん。いつも助かってるよ。ありがとう」
だから日頃の感謝も込めて、お礼を伝えたらサリアスさんは頬を赤らめた。
「あの、こんな場で急に口説かれても私困ってしまいます……」
「いや、口説いてない口説いてない」
何をどうしたら口説かれてると思うねん。まぁこれはあれだ。サリアスさんなりの照れ隠しだなと思った俺は、適当に流して今後の事を決める。
「とにかく、いつ相手がその場所を指定してくるか分からないからサリアスさんは常に俺と一緒に行動してもらう。他の連中は一旦諜報活動は中断で。常に誰かに見られてると思って行動して欲しい」
みんなが返事をしたのを確認して締めようと思ったら、バートンが、恐る恐る聞いてきた。
「あの〜、俺っちはどうしたらいいっすかね? レイラさんと狩りに行ってるの、中断した方がいいっすか?」
「あー、そうだなぁ……」
サリアスさんとバートンはレイラと共に魔物を狩ってくるのが主な仕事だ。サリアスさんはそこを一旦離脱してもらうが、バートンの場合はそのままでもいいような気がする。
……変にレイラに心配を掛けるのもあれだし、バートンにはいつも通りそのままの仕事を続けてもらおう。
しかしレイラか……この作戦が無事に終わったら全部打ち明けようかと思っていたけど、どうやらそれはしばらくお預けらしい。
「レイラに怪しまれてもアレだから、バートンはいつも通りにしててくれ。お前だけ今回の件には関わらなくていい事にするからあんまりそわそわすんなよ?」
「うっす、了解っす!」
「お前は返事だけはいっちょまえだな」
多分レイラに勘付かれたのはお前が原因だからな? しっかりしてくれよほんと。
会議を終えて数時間後。店の二階で一人きりになったところで魔王様から電話がかかってきた。
『なぁおい、これからどうするんだ?』
「どうするんだと言われましても……」
さっきの会議は聞いてなかったんだろうか? とにかく相手の出方次第だ。それまでは厳重警戒で過ごすしかない。相手の諜報力が未知数な以上、下手に動いてボロを出しても嫌なので、今はなるべく動かない方がいい。
「さっきも言った通りですよ。もしかして会議の時は聞いてませんでした?」
『いや聞いてた。そうじゃなくて魔族だって実はバレてて、脅された時はどうするんだって話だ』
ああ、そっちか。そんなの選択肢は二つしかない。
「魔界に逃げ帰るか、口封じするかの二択です。前者は最悪の場合ですね」
もし止められずに世間様に広く知られちゃったらしょうがない。全てをかなぐり捨てて魔界に逃げ帰るしかない。生きて帰れるだけ儲けもんだ。
「もしもそんな事になっちゃったならどうしようもないですよ……」
そう答えたら、こっちに来てから出会った人々や、起こった事柄が次々と思い出される。
この商店街の人達や軍の関係者、ギルドの面々。レジア湖のシリウスさんと娘のステイシア。もしも魔界に戻らなければならなくなったらシリウスさんとした、タマちゃんを観光資源化するのを助ける、という約束は果たせなくなるな……トールだってもう二度と会う事は出来ないだろう。それにレイラ───彼女だってそうだ。
何も事情を知らないレイラを魔界に連れていくことなんて当然できないし、それは彼女も望まないと思う。だからもしも世間に知れ渡ったらそこで永遠のお別れだ。
きっとレイラは裏切られたと思うんだろうな……今までずっと嘘をつかれていたんだ、って……なんか想像したら胃が痛くなってきたぞ。
『いいのか……? お前はそれで』
「……いいや、全然良く無いです。絶対にそんな事にならないようにしますよ。なんとしてでもね」
『おう……急にやる気になったな。まぁ本当にダメになるまではお前の自由にしていいぞ。だから気楽にな。それだけだ』
「はい、なんとかやってみます」
その後、数日経って、例の手紙の主がもう一通手紙を送りつけてきた。そいつが予告していた通り、中身はとある場所で会いましょうという内容だった。