友達として?
同じ文章書き直すの精神的に辛い
「この子はあまりにも大きくなりすぎてしまったのです」
言われてふとシリウスさんの奥に目をやる。まん丸お目々が可愛くてチャーミングだけど、確かにムルクーのサイズはデカい。多分7、8メートルはあるんじゃないかと思う。
ただ、シリウスさんが言うには、こんなサイズになってしまったのはここ20年程のことらしかった。
「はるか昔から長い間、つい20年ほど前までずっと、今の半分くらいの大きさだったのです。ところが娘のステイシアが生まれた頃くらいから、どんどんどんどん大きくなって……」
で、こんな2倍近いサイズになってしまったらしい。シリウスさんの言葉をそのまま信じるならば、ムルクーの寿命はとんでもなく長いようだ。だから成長期が今更やってきたとかかもしれない。
「ここ2、3年でようやく成長が止まったのですが、この大きさでは隠し通す事も難しくなってきてしまいました」
今の半分の大きさだったらなんとかなったかもしれないけど、ちょっとした鯨ほどのサイズになってしまった今だと、そういう訳にもいかない。
現に、今回湖の調査をしようとなった事のきっかけが、湖でザッパーンという派手な音を俺が聞いたからだ。これがもしチャポンとかパシャンだったら、そもそも気にはならなかった可能性もある。
だからやっぱり、でかいのは問題があるんだろう。
「この子はとても利口でよく私の言う事を聞いてくれています。とはいえ、陽の出ている間ずっと潜っていなさい、とはとても言えません。ですからせめて人の気配がする時には浮かんでこないよう、言い聞かせました」
人の気配がするというのは、湖の周りに人がいる時は勿論、ボートに人が乗っている時も、漁師が漁に出ている時も含まれる。そして、ムルクーはそのシリウスさんの言いつけを忠実に守った。
だからこそ、ボートを貸し出すなんて大胆なことができたんだろうし、漁も続けられたんだろうと思う。
「今まではずっとこの方法で上手くいっておりました。ところが……あるイレギュラーが発生してしまったのです」
シリウスさんは少しだけ恨みがましそうに俺を見つめた。
……あぁ、なるほどね。そのイレギュラーが誰だか分かっちゃったかもしれないぞ? どっかの誰かさんが湖のほとりで長時間ハンモックで寝てたんだ。それでうっかり露見しちゃったんだろう。
確かにずーっとハンモックで寝てたら気配だって消えるし、ムルクーが誰もいないと思って浮き出てきちゃったのも頷ける。
寝てるだけで面倒ごとに巻き込まれるとかそいつは天才かな? なんの天才だか知らないけど。
「はぁ……どうしてそんな所でお昼寝なんてしちゃったのかしらね……」
レイラもそのイレギュラーが誰だか分かったようで、ため息をついた。
「……あのねぇ、この世に数ある趣味の中で、最も人様に迷惑が掛からない趣味が昼寝だと思うよ? それをお前、否定されちゃったら俺は他にどんな趣味を持てばいいって言うんだよ?」
もうね、他に趣味らしい趣味なんて闘棋くらいしかないから。ところが闘棋は相手がいなくちゃ成り立たないんだなぁこれが!
あーあ! 誰か俺の相手してくれる奴がいりゃあこんな事にならなかったのになぁ! ほんとに残念だ!
「いえ、勿論昼寝が悪いとは申しておりません。見つかってしまうのは時間の問題だったのです。ただ、一番初めがグレゴリー様だったというだけ。そしてこれも何かのご縁なのでしょう」
ん? ご縁? なーんか嫌な予感がするぞ。
「ですからそんなグレゴリー様にお願いがございます。どうかムルクーが今後安全に過ごせるようにお知恵を拝借させては頂けないでしょうか……!」
やっぱりだ。そんな急に言われても無理ですよ。いや、そりゃあ出来れば助けてあげたいよ? でもこっちは今初めて知った素人だ。それに部外者でもあるし、そんな簡単に良い方法なんて思いつかない。
だいたい俺は前世の知識ブーストがあったから今の立場があるだけで、それが無かったらただのその辺のモブBだから。無理なものは無理!
「お言葉ですがシリウスさん。私はあなたが思っているほど大した人間ではありませんよ。この問題はあまりにも複雑で───!っと失礼」
どうにかお断りしようと、言葉を選んでいると、手に持っていた魔王シアター改が突然震えだした。
……こんな夜遅くになって電話をかけてくる人物なんて一人しか心当たりがないぞ?
というか魔王様まだ起きてるのかよ。って事は今までのやりとりも含めて全部見てたって事になるな……この電話も絶対この件に関してだ。出ないと後が面倒くさそうだ……
「えーと、すみません。ちょっと頭の上がらない恩師から連絡が来たので少し席を外させてください。その間レイラと二人でお話でもしてて頂けますか? すぐに戻りますから」
「え、えぇ分かりました……」
「え? 私がするの?」
困惑するシリウスさんと、固まってしまったレイラを残して俺は少し離れた茂みの向こうに向かった。
二人から会話が聞こえない位置にやって来たのを確認して電話に出ると、やっぱり相手は魔王様だった。魔王様は挨拶もそこそこに捲し立ててくる。
『おい見損なったぞグレゴリー。可哀想じゃないか。断らずになんとかしてやれよ。お前なら何とか出来るだろ?』
えぇ……そんな。これで評価が下がっちゃうのかよ。じゃなくて……
「いやいや何言ってるんですか。だいたいこっちは部外者ですよ? そんな外野が何か言ったって当事者が納得出来るはずないじゃないですか。いくらなんでも難しいですよ」
『ん? お前その言い方じゃ何か案があるみたいじゃないか……あるんだな? よし言ってみろ。そして実行しろ』
んぐぬ、しまった。ちょっと言い方を間違えた……いや、確かに魔王様の言う通りあるにはある。だけどなぁ……
「いや確かにありますけど……たった今思いついた穴だらけの案ですよ? こんな適当な案じゃ───」
『なんだよ水臭い。まぁとにかく言ってみろって。でないと判断がつかんじゃないか。な?』
いや、判断がつかないとか言ってるけど、結局話を聞いたら、面白そうだからやってみろよ(他人事)ってなるに決まってるんだ。俺は魔王様の性格よく分かってるから。
はぁ……でも言うだけ言ってみるのも有りか。どうせ最後に決めるのは俺じゃなくてシリウスさんだし。んで断られたら、これ以上は思いつかないやごめんね、って言えばいいんだ。
「なら時間もないですからザッとだけ説明しますよ?」
俺はたった今思いついたこの案の概要を魔王様に説明し始めた。
ーーー
「レイラ様はグレゴリー様とどのようなお知り合いでいらっしゃるのですか?」
私は固まってしまったレイラさんに助け舟を出すつもりで、そう話しかけた。
「え、あぁ私? 別にあいつに雇われてるだけよ。それ以上でもそれ以下でもないわ。なんでそんな事を?」
確かにチェックインの時にグレゴリー様以外はただの商会のメンバーという風に書かれていたが、私にはとてもそうは思えなかった。
「いえ……このような夜更けに、このような場所で夜景をお楽しみのようでしたので、てっきりお付き合いなさっているのかと……」
一瞬固まったレイラさんは、我に返ると首を横に振った。
「いいえ? 別にそういうわけじゃないわ」
ふむ、その反応からすると、グレゴリー様がレイラさんを誘ってここまで連れて来たという事になるのでしょうか?
せっかくグレゴリー様が頑張ってレイラさんを誘ったかもしれないのに、私が邪魔をしてしまったのかもしれませんね。それは随分と申し訳ない事をしてしまいました。
そんな風に心の中で申し訳なさを感じていたのですが、次の彼女の言葉でそれが誤りであると分かります。
「別に今日ここに連れて来たのだって、綺麗だから見せてあげたいなって思っただけだし。だから付き合ってるとかじゃ無いわ」
せっかく旅行に来たのに見ないで帰るなんて勿体ないじゃない、と少しだけ憤るレイラさん。
おや? と私は首を捻った。てっきりグレゴリー様がレイラさんを誘ってここまで連れて来たのだろうと思ったのに、そうではないと言うのです。
その上、こんなロマンチックで口説くには最高の場所に連れて来ておきながら、レイラさんには他意が無いとの事。そんなことが本当にあり得るのでしょうか?
私は訳が分からなくなって、ついこんな事を聞いてしまう。
「あの、レイラ様はグレゴリー様の事がお好きという訳ではないのですか……?」
彼女はそんな質問が飛んでくるとは思っていなかったようで、目を見開いて飛び上がった。
「うぇっ!? なんでそんな話に! べ、別にあいつの事嫌いな訳じゃないわよ? けど……って言うかコレって答えないといけない感じなの!?」
「いいえ? 別にお答えにならなくても結構でございますよ」
この反応。私ピンと来ましたよ。恐らくレイラさんはグレゴリー様がお好きですね。そうでなかったとしても、かなり良く思っているのは間違い無い。
少し私の好奇心に火が付いてしまいました。ちょっと確認してみなければ。
「……レイラ様。ちょっとお尋ねしますが、もしもグレゴリー様が何か大きな困難に遭遇していたとしたら、貴女は如何なさいますか?」
「え? そ、そうねぇ。多分何か手伝ってあげると思うわ。あいつが困るなんて私じゃとても力になれないと思うけど、それでも話くらいは聞いてあげたい……かな」
そこまで素直に言ってからハッと我に返ったレイラさんは、勿論友達としてよ! と慌てて付け加える。まるで恋心を知られたくない乙女のように。
「ええ、分かっていますよ? では、例えばレイラ様に何か嬉しい事や楽しい事があった時、それをグレゴリー様に教えて差し上げたいと思う事は有りますか?」
「えーと……まぁ、あると思うわ。今日連れて来ようと思ったのがそんな感じだし……いや、友達としてだからね?」
友達として、そう再度強調するレイラさん。でも、そんなに否定すると返って怪しいですよ?
「それでは次の質問です。とある女性がグレゴリー様と街中の喫茶店で楽しそうにお茶をしていました。レイラ様は───」
「そんな人いる訳無いわ! だってあいつ、女っ気全く無いのよ? いつも難しいこと考えて、悪巧みばっかりしてるんだから」
私の言葉を遮って全否定してくるレイラさん。グレゴリー様に、そのような相手がいるという架空の話すら許せないのでしょうか?
もう答えは出ていますが、素直になれない彼女にちょっぴり意地悪したくて、先を続けます。
「───仮に、の話ですよレイラ様。もしもそのような方がグレゴリー様に現れたとしたら?」
「別に? 全く気にならないわ! あいつが誰とどうなろうが私の知った事じゃ無いし」
どうだ、言ってやったぞという雰囲気を醸し出しているレイラさん。
私が恋心を探ろうとしているのに気がついて、そんな答えをあえて彼女は言ったのでしょうが、それでは “私は意識しています” と言っているに等しい。
「本当に気になりませんか?」
「ええ、それはもう全く!」
「お友達なのに?」
「? 友達だから気にならないんじゃない」
いいえ違いますよレイラさん。私は彼女に近づいて、耳元でそっと囁いた。
「本当にお友達なら、上手くいくように応援してあげるのではございませんか?」
その一言で、彼女は自分の犯したミスに気づいたようで、顔を真っ赤にした。
友達の立場に立って考えるのは難しいですよね? だって本当の貴女はそう思ってはいないのだから。
私はあえて、その事には言及せずに、最後の質問を行った。
「では最後です。もしも……もしもレイラ様がこれからグレゴリー様に二度と会えない、というような事になったとしたら、貴女はどう思いますか?」
真っ赤になっていたレイラさんは目を見開いて息を呑むと、今度は目を閉じて息を吐き出しながら、静かに答えた。
「……それはその時になってみないと分からないと思うわ。でも……きっと、ずっとずっと忘れられないんでしょうね。それこそお婆ちゃんになってもずっと」
「……お好きなのでしょう? グレゴリー様の事が」
「言いたく、ないわ……」
それは恋する乙女の最後の抵抗だった。
そうであれば。私にも協力出来ることがある。そして、レイラさんを味方につけて、彼女の口からもグレゴリー様にお願いして貰ったら、もしかするとグレゴリー様も心変わりしてくれるかもしれない。
「幸いな事に、私は意中の殿方を振り向かせる多くの方法を存じております。ご興味はございませんか?」
だから私はそんな打算ありありな言葉を彼女に投げかける。しかし、レイラさんはそれには興味を示さず、少しスッキリした表情で礼を言って来た。
「───私ね、そういう事は今まであんまり考えないようにしてきたの。でも……貴女のお陰でようやく決心がついたわ。ありがとうシリウスさん」
その言葉に少し疑問を覚えながらも、何か力になれたのなら良かったと納得する。
ただ、やはり少し強引すぎました。レイラさんを味方につけるのは厳しいようですねとそう思っていると、彼女は茂みの向こうに目をやった。
「あとね、心配しなくても大丈夫よシリウスさん。私から言わなくたって、あいつは最後には何だかんだで助けてくれるわ。いっつもそうなんだから」
振り返って微笑む彼女は、まるで夫に長年寄り添ってきた妻のように私には見えた。