上手くいかない調査
「───ということでその3人で湖の調査をする事になったわけよ。そうなると漁師さんも湖には当分近づけないだろうから魚も食べられなくなると思うのよね」
パンをパクつきながら、俺がふたりに説明を終えると、カイルは呆れた調子で言い放った。
「はぁ……そりゃあ皆さんも物好きですねぇ。私なんかからすると、とても不思議に思えますよ。だってせっかくの休日ですよ?」
カイルも、もろインドア派なのでどうやら俺と同じ意見らしい。やっぱりあいつらがおかしいんだよな? そうだよな?
俺も前世で “せっかくの休日に家でゴロゴロしてるなんて勿体ない” なんて妹によく言われたもんだけどそんなん俺の勝手だろと声を大にして言いたいね。
「まぁ、あいつらにとってはそれが休暇なんでしょ。休日をどう過ごすかは個人の自由だからとやかく言わんけど」
別にああしろこうしろと言うつもりは無い。まぁ、とにかく俺の邪魔だけはせんでくれって感じだ。
「そりゃあそうですね。でも……魚料理が食べられなくなるんだったら今のうちに食べておいた方がいいのかな……?」
隣でムシャムシャ魚を食ってるゴンザレス君を見て、カイルがウーンと考え込む。
「俺は特に好きってわけでもないから食べようと思わんけど、カイルが好きなら食べればいいんじゃない?」
「そうですね。じゃあまだお腹空いてるし、ちょっと貰ってきますね」
カイルがそう言って席を離れると無口なゴンザレス君が口を開いた。
「魚、保存出来ないすかね……それなら食べられるのに」
「あーどうだろうね。魔法使いが氷魔法使えば結構持つから、そうする事もあるみたいだけど、ここじゃ多分やってないかな?」
海から離れた遠い所に運ぶ時は魔法で冷凍保存をするらしいけど、ここは湖が近いしそんな事をする必要もない。
「じゃあ明日以降獲れなくなるからといって、魔法使いを呼び寄せて氷魔法掛けてもらうかって言うと遠くて急にはここまで来れないだろうしね」
何しろメルスクからここまで来るのに丸二日掛かったからな、このホテル。遠いからこそ環境がいいんだろうけど。
「……うっす」
「まぁ、今度美味しい魚料理の店にでも連れてってあげるから元気出せって。な?」
そう言って俺はガックリしているゴンザレス君を励ました。
ーーー
「調査って言ってもどうやって調査するっすか? 調査機器なんか何にも持ってないっすよ」
「え、あなた何も考えてなかったんですか? それでよく調査しようなんて言いましたね」
「流石バートンね。そう言えば泳ぐの得意って言うなら潜ってみたら? 案外あっさり見つけられるかもしれないわよ?」
「冗談きついっすよレイラさん……それ、仮に見つけた場合、頭からパックリいかれるかもしれないじゃないっすか……」
私達冒険者組は広大なレジア湖を前にしながら腕を組んで考え込んでいた。
ホテルの資料コーナーの調査資料によると、湖の北半分の深度がかなり深く、何か大きい生物がいるならばそこだろうという所までは分かったのですが、ここからが進展がありません。
こういう時、グレゴリー様ならどうするでしょうか? 本当は意見を聞きたいところですが、邪魔をするなとおっしゃられていたので今回は自分たちで考えなければいけません。
「とにかく北側に観測ポイントを作りましょう。話はそれからです」
ホテルは南側にあるので、湖を大きく迂回して北側に回る。南側に比べると北はほとんど手付かずで、木々が鬱蒼と生い茂っていた。
「この辺りはいいロケーションですね。ここらの枝を払えば湖の端から端まで見渡せますよ」
「うーん、確かにいい景色ね! 見てよ、ここからならあの山脈が水面に映って見えるわ! あいつも見にくれば良かったのに!」
レイラさんが興奮しながら水面を指差します。確かに彼女の言う通り、水面が風で波立っていないとまるで鏡のように山脈が反射して映って見えます。
興奮した様子のレイラさんがふと、我に返ったように考え込み始めた。
「でも……どうしてこっち側にホテルを建てなかったのかしら? ここからなら山も湖もとってもよく見えるのに」
そう言われてみれば、確かにあのホテルの部屋からは、南にある山脈側しか見えません。折角の湖は北側になってしまうせいで部屋から一切見えないのです。
「あー、そういや何でっすかね? 日当たりの問題とかっすかね?」
「何言ってんのよ……ここに建てて湖側に窓つけたらホテルと同じ南向きになるじゃないの……ちょっとは頭使いなさいよ」
「あ、そうっすね」
ふむ、レイラさんの言う通りですね。どうせこの辺り一帯は初めは人の手が入っていなかったのだから、どこに建ててもかかるコストは同じはず。そう考えるとすごく不思議な立地ですね、あのホテルは。
「うーん、地盤の問題とかなのかしらね? ま、考えてもしょうがないか」
「そうっすよ! 今の問題はどうやって謎の生物の調査をするかって事っす!」
何も考えてなさそうなバートンがニコニコ笑いながら話します。もちろん私は考えていますよ? というかレイラさんも考えていると思います。
「レイラさんはどういう方法がいいと思いますか?」
「私? 私は取り敢えずバートンの見た生き物が本当にいるのかどうかの確認も兼ねて、餌を投げ入れてみようと思ってるわ」
彼女が言うには細い紐に肉の塊を括り付けて、湖に投げ込んでみようという事らしいです。つまり、釣りみたいな事をしてやろうという事なんでしょう。確かにやってみる価値はありそうですね。
「ちゃんと紐はここに用意してきたわ。餌は現地調達だけど」
そう言って、レイラさんは細い紐を差し出してきました。良いですね。バートンなんかよりもよっぽど頼りになります。では次は私の案を発表しましょう。
「私はですね。この板を使って映像を保存しようかと思っています」
私は魔王シアター改と呼ばれるあの板をレイラさんに見せた。
この板は魔王様の目と耳に景色と音を届ける機能も付いているはずです。だから魔王様にお願いして魔王城の方で景色を保存する機械に繋いで貰えば後から見返す事も出来るでしょう。
もちろんレイラさんには魔王様が関係していることは伏せて話します。
「へー、その板ってそんな事も出来るのね。その、作った人は凄いわね? “ギルスおじさん” だったかしら?」
「ええ、とっても凄いお金持ちなんですよ? 頼めるかどうかちょっと連絡してみますね?」
私は深呼吸して魔王シアター改の窪みを押し込んだ。
『ああ、なんだ珍しいな。サリアスから掛けてくるなんて。いったいどうした?』
「もしもし、ギルスおじさまですか? 実はお願いしたいことがあるのですが」
『……ちょっともう一回呼んでくれない?』
「はい? ギルスおじさま?」
後で分かったことですが、この時魔王様は私におじさまと呼ばれてちょっと嬉しそうにしていたそうです。いったいどうしてでしょうね?
ーーー
「じゃあサリアスさん、思いっきりやっちゃっていいわ」
「ええ、では投げますね」
全ての準備を終えた私は、餌を括り付けた紐を力一杯ポーンと湖に投げ入れた。
今、私たちがやっているのは、バートンに獲ってこさせたその辺にいた兎を解体して紐に括り付け、投げ縄の要領で湖に放り込む、という作業です。
釣り針はついていないので釣り上げることは出来ませんが、バートンが見たという謎の生物が、肉食なのかどうかくらいはこれで分かるでしょう。
「ま、暫くは待つ感じになるのかしらね。それでその板切れは本当に景色の保存が出来てるわけ?」
レイラさんが私の持っている魔王シアター改を不思議そうに見て聞いてきます。
「ええ、恐らく出来ているはずです。私の見ている景色と耳に入ってくる音が保存される形になりますけどね」
「へー、じゃあサリアスさんはずっと湖を見てなきゃいけないのね。大変じゃない」
……よく考えたらそういう事になりますね。もしかして私ったらかなりの貧乏くじを引いちゃったかもしれません。というかグレゴリー様はこれを毎日やっているんですよね?
よくあんなに自然体でいられるなと思います。私なんか変に意識しちゃって挙動不審になってしまいそうですが。
そんな風にボンヤリと、とりとめもない事を考えていると、手に持った紐に微かな反応を感じた。ちょんちょんと、何か探るように突っついているかのような感触。
「あ、なにか今……」
私がそう声に出した瞬間、今度は強い力で一気に紐を引っ張られます。隣で見ていた2人も糸の張りでそれは分かったようです。
「来たわね!」
「あぁ! 釣り針があれば釣れたっすのにね!」
私は負けじと引っ張り返しますが、強い引きはほんの一瞬だけで、その後はフッと引っ張る力が消えてしまいました。
「どうやら逃げたみたいです。取り敢えず引き揚げますね」
「そうっすね。さて、餌はどうなってる事やら」
紐を手繰り寄せて引き揚げた餌には、何かが噛み付いたような痕がついていました。しっかり括っていたので、簡単に外れないと分かって諦めたのかもしれません。
「うーん、せっかく歯形がついたのに餌が小さすぎてよく分かんないわね。でも外れないと分かったら諦めるくらいの知能はあるようね」
「少なくとも魚の類ではないのは確実ですね」
「やっぱりなんか居るんすよ! この湖」
「どうします? もう一回やってみます?」
私が再挑戦するかどうか確認すると、レイラさんはうーんと考え込むように唸ります。
「頭が良いみたいだから、二度目は警戒されて食いついてはこないと思うけど、一応やってみましょうか。と、いうことでバートン、あなたちょっともう一回獲物獲ってきてよ」
「ええ!? また俺っちが行くんすか!?」
「そうよ。だってあなただけ何にも案考えてなかったんだから。それくらいはやらないと。言い出しっぺなんだし」
「そうですよバートン。今度は歯形が分かるくらい大きいのを獲ってきてください」
私達に正論をぶつけられたバートンは、もう一度獲物を探しに、森の深い方へと渋々向かっていった。
しかし結局、バートンは満足出来るくらいの大きさの獲物を獲ってくることは出来ず、その日はそのまま解散となった。
ーーー
「いやぁ、あそこに打っちゃったのはちょっと不味かったでしょう。いくら有利だからって言っても、もうちょっと考えないと」
「ん〜、自陣が堅かったからあれでいけるかと思ったんですけどね〜。確かにぬるかったですね、あの手は」
「まぁ勝てると思って気を抜いたらダメって事だな。次は頑張りたまえよカイル君」
俺はポンとカイルの背中を叩いてレストランの席に座った。
いや〜しかし今日は充実した一日だった。丸一日闘棋の観戦してたけど、時間を忘れるくらい見応えがあったな。それとゴンザレス君が強くて結構カイルが苦戦してたのが意外だったかな。
俺達3人でムシャムシャ晩ご飯を食べながらさっきまでの勝負についてあーだこーだ言いあっていると、ふと視線を感じた。
いや、俺は別にそういう戦闘のプロとかでは無いので視線を感じたのは本当にたまたまなんだけど、どうやらその視線はこのホテルのオーナーであるシリウスさんからのようだった。
意外だったのはその目だ。目って結構感情が出ると俺は思ってるんだけど、シリウスさんも例に漏れず、感情が出ていた。なんだか不安でいっぱいという感じ。
あれだ。多分湖の生物の件だろう。しかしそんなに湖の件が心配なんだろうか? 俺は少し引っかかりを覚えながらも、シリウスさんをちょいちょいと手招きした。
「はい、何か御用でしょうか? グレゴリー様」
「いや、用っていう用は無いんですけど、シリウスさんが何か言いたげな目をしてたもんで」
「あら、私ったらそのような目をしておりましたか? これは失礼を……」
「大方予想はついてるんですけどね。湖の件でしょう?」
俺が先に言い当てると、シリウスさんはちょっと困った表情で小さく申し訳なさそうに頷いた。
「お恥ずかしながら仰る通りです。本日の調査で何か判明しなかったのだろうかとずっと気を揉んでおりました」
そう言えば、実際の所あいつらどうだったんだろうな? 何も言ってこないから何も分からなかったんだろうと勝手に思ってたけど。ちょうどいいや、聞いてみよう。
「いや、実は私も何も聞いていないので分からないんですよ。あそこのテーブルに座っている3人組に……あれ? レイラしかいないな」
ちょっと離れた席に座っている冒険者組に目を向けると、さっきまで3人揃っていたテーブルには今はレイラしか座っていなかった。
「レイラでいいか。すみませんがあの彼女を───あ、やっぱりいいや。我々が行きましょう」
「えっ! いや、グレゴリー様にそのような……」
「いいからいいから。ああ、カイル。また後で部屋行くと思うから鳴らしたら開けてね」
「はーい、分かりました」
そう伝言を残した俺は、さっさと席を立ってレイラがいるテーブルまで向かう。
「おう、ここ空いてる?」
「うわ! びっくりした! なんだグレゴリーか……空いてるわよ。2人は先に部屋に戻ったから」
なんだとはなんだと言いたいところだが、そんな事より調査結果を聞くのが先だな。俺は席に座るとシリウスさんにも座るように促した。
「いえ、そんな、私は結構でございます」
「いや1人だけ立ってるっていうのはこっちとしてもやり辛いですから。それにあなたのような美人を立たせたままだなんて私に常識が無いと思われます」
俺たち以外にも客はいるのだ。座ってもらわないと目立っちゃって困る。執事みたいな感じの男だったら別にいいと思うんだけどね。
俺の説得が功を奏したか、シリウスさんは空いている席に割と素直に座った。
「で? 何の用なのよ?」
「いや、アレだよ。湖の件は何か進展があったのか聞きに来ただけだよ。シリウスさんが少し聞きたそうにしてたからな」
俺が事情を説明すると、何故かムスッとしたような表情のレイラは、今日あった出来事を説明し始めた。
「───とまあ、そんな感じで結局ほとんど分からなかったわ。明日はもっと大きい獲物を投げ込んでみようかと思ってるけど」
それを聞いたシリウスさんは、険しい表情で頷いている。
「じゃあ、結局姿は見えないけど何かが居たって認識でいいわけ?」
俺が確認も兼ねてそう聞くと、まぁそういう事になるわねとレイラは溜息をついた。
可哀想なのはオーナーのシリウスさんだ。観光資源であるレジア湖に、何か得体の知れない生き物が潜んでいるのが確定したのだから。
「心中お察ししますよ、シリウスさん」
黙り込むシリウスさんにそう声をかけると、大丈夫ですと返事をする。あんまり大丈夫じゃなさそう。
俺が心配そうに覗き込むと、何故かレイラは余計ムスッとした表情でむこうを向いた。
「では私はこれで失礼させていただきます……」
レイラに気を取られてぐずぐずしている間に、シリウスさんは立ち上がってササっと奥に引っ込んでしまった。声をかける暇もない。
「あらら、行っちゃったよ」
「……ふーん、そんなにあの人が心配なのね。まるで口説いてるみたいだったわ」
「はぁ? どこが?」
何を訳のわからんことを言ってるんだこのおたんこなすは。向こうは人妻だぞ。いや、独り身だったら狙ったかといえばそんな事もない。だいたい年齢差がありすぎる。それに別にタイプでも無いし、向こうだってそんな事は考えてもみないはずだ。
そんなことをグルグルと頭の中で考えていると、なぜかは分からないけれど、俺は無性に腹が立ってきた。そのせいか、次に俺が発した言葉は思ったよりもぶっきらぼうになってしまった。
「あのさ。あり得ないから」
思ったよりも冷たい言い方になってしまって、俺自身がビックリしていると、その言葉をぶつけられたレイラも同じだったようで、目をパチクリさせる。
「何よ……そんなに怒らなくてもいいじゃない。冗談なんだから」
「すまん。なんか思ったより言い方がキツくなった」
怒ってるわけじゃないと俺は素直に謝る。聞いているのかいないのか、レイラは目を逸らしたまま立ち上がった。
「ごめん、その……部屋に戻るわ」
「おう……」
あれ? これって俺が悪いのか? ここまでのやりとりに俺の落ち度あった? そんな事を悶々と考えていたせいで、レイラが軽やかな足取りで戻っていることに、俺は全く気づかなかった。




