調査がしたくてたまらない
「お客様、少しお時間よろしいでしょうか?」
ご飯を食べ終えて部屋に戻ろうとしていると、フロント係のステイシアさんが話しかけてきた。
「ええ、いいですよ。どうしましたか?」
「実は───」
彼女が言うには冒険者ギルドを通して湖に潜む謎の生物の調査をする事にしたので、調査が終わるまでは危険であるから湖に近づかないで欲しいという事だった。
まぁ俺としては問題はない。自分から湖に何か居るかもよと言った手前、行かせろとも言えないから。
しかしながら、それをよしとしない3人組がいた。自分達で調査する気満々だった冒険者組である。
「我々はメルスクで名を馳せている冒険者です。冒険者ギルドなど通さずとも言って頂ければ我々が調査しますよ。その資格は有りますから」
一応冒険者は、緊急時対応としてその場の判断で討伐や調査を請け負っても良いということになっている。サリアスさんとしてはその方法で請け負いますよと言っているのだろう。
「そうっすよ。上級冒険者2人に中級冒険者が1人。普通に頼んだって調査にこんな人員が来る事は無いっす。我々に任せるっすよ」
「緊急時対応の時はどうするんだったかしら? 冒険者証を提示すれば良いんだったわよね?」
レイラがそう言いながら銀色の冒険者証を懐から取り出して提示する。それを見たサリアスさんとバートンもああそうかという感じで金色の冒険者証を差し出した。
「はいこれでオッケーね。後は私達に任せて貰えばしっかり調査してあげるから」
フロント係のステイシアさんはそんな流れになるとは全く思っていなかったようで、目をパチクリさせながら固まった。
「ええと……その、当ホテルといたしましてはお客様自身にそのような事をして頂くわけには……そのような事をさせたとなると私共の信用にも関わりますし……」
「いや、大丈夫よ。何かあっても別にホテルのせいにしたりしないわ。私達はただレジア湖に潜む謎の生物の正体を知りたいだけだから。二人ともそうでしょう?」
「ええそうです。まぁ水の中ですからもしかしたら何も分からないままかもしれません。その時は報酬は結構ですから」
冒険者組としては、ただ知的好奇心を満たしたいだけで、金の問題では無いのでその辺りのことはどうでも良いらしい。せっかくの休暇だってのにようやるわ。
まぁホテル側としても責任も取らなくて良いし、調べて何も分からなかったら調査費も浮くわけで、反対する理由もないから調査を頼んでくるだろう。
そう俺は思ったけどステイシアさんは困り果てたような様子で返事を渋った。
「申し訳ありません……私の一存では決めかねますので、母……オーナーのシリウスに話して参ります」
「ああ、そりゃそうだ。まぁでも調査費用は一般の冒険者に払うのと同じ金額払ってくれればそれで良いからさ。面倒かけるね」
俺が気にしないでくれオーラを出しながらそう言うとステイシアさんは頭を深々と下げて、奥の方へ走り去って行った。
「さて、じゃあ明日から早速調査開始っすね!」
「こら、またあなたはそうやって考えなしにすぐ突っ走るんだから。まずは湖の中の地形がどうなってるか調べてからですよ。確かここの書籍コーナーに調査資料があったはずです」
「へー、あそこってそんなものまで置いてあるの。それなら何か有益な情報が分かるかもしれないわね」
そうやって明日からどうするかでわいわい盛り上がる3人に俺は思いっきり釘を刺した。
「楽しそうにしてる所悪いがあと五日しか無いんだぞ。ちゃんと分かってるな? それ以上の滞在延長は絶対しないからな」
「えー、ケチねぇ。ちょっとくらい良いじゃない」
知らんな。例え、あとちょっとで分かりそうなんで延長してくれとか言いだしたとしても許さん。あくまで俺達は休暇で来てるんで滞在期間が終わったら帰るぞ。高い金も払ってるんだし、そこん所は譲るつもりは無い。
そんなこんなでワーワー言い合っていたら、ステイシアさんがこのホテルのオーナーであるシリウスさんを連れてきた。
「大変長らくお待たせ致しました。早速ですが、お客様に湖の調査をして頂けると伺いましたが本当によろしいのですか?」
シリウスさんは俺の反応を伺うように見つめて言ったが、残念ながら交渉相手を間違えている。
「ああ、失礼。やりたいって言ってるのは俺ではなく、こっちの3人なんで、交渉はそっちとやってください」
俺が冒険者組、特にサリアスさんに目を向けてそう言うとサリアスさんは任されたと思ったか一歩前に進み出た。
「私達としては報酬の件は後で決めてもらっても構いませんよ? 調査が上手く行く保証もありませんから」
「いえ、その事なのですが……お客様は水中を調べる装備などはお持ちでは無いご様子。準備が万全では無いのにお任せするのは流石に申し訳ないと言いますか……」
確かに理屈的にはそうだけど、ホテル側に損は無いんだし、てっきり頼んでくるかと思ったのに。随分嫌がるね。
「ですので当ホテルと致しましてはレジア湖に近づけないお詫びに……と言ってはなんですが、代わりに最高級のサービスを提供する準備が御座います」
へー、そんな事までしてくれるのか。と、俺なんかはそう思ったのだが、納得しないのは3人である。まぁ完全にやる気だったのに出鼻を挫かれたらなんとしてでもやってやるという気になっちゃうのも無理はない。
「いえ、我々としてはどんな高級なサービスよりも未知の生物を知ることが出来る方が有意義なのです。ですのでお気遣い結構です」
魔物マニアのサリアスさんがそう言うと冒険心溢れるバートンもそうっすよ! と続く。レイラだけは最高級のサービスというのにも心惹かれるようで、二人の反応に少しだけ戸惑っていた。
多分、レイラの反応が普通であって、他二人がおかしいだけだと思う。そして、そう思うのは俺だけではなくシリウスさんも同じだったようで、驚きの表情を隠せずにいた。
「さ、左様ですか。そうまで仰られるならばどうぞ調査してください。私共といたしましても調査して頂けるのであれば助かりますから。一応サービスの方も準備はさせていただきますので……」
「分かりました。でもそれほど期待はしないでくださいね。期間も五日しか無いですし」
「はい、分かりました。どうかよろしくお願いいたします」
という事で、サリアスさん達冒険者組はレジア湖の調査に乗り出す事になった。レイラなんか、その上サービスも受けられると分かって大満足のようだ。
俺はシリウスさんが最後に頭を下げる間際に見せた苦々しい表情の方が気になって、その日眠りにつくまでその事がどうにも頭から離れなかった。
ーーー
うーむ、どうにもおかしい気がする。いや、何がってあのオーナーのシリウスさんの事なんだけどさ。
今日目が覚めてから改めて思い返してみると、最後に見たあの表情、凄く焦ってる感じだったんだよなぁ。何かそんなに困る事でもあるんだろうか?
「もしや何か隠してるとか……?」
なんとなくそんな独り言を呟いてみるけどその言葉は壁の向こうに吸い込まれて消える。
ちょっくら考えてみるか? でも現状の情報から推測できることなんてあまり無い。
例えばシリウスさんは湖の中に何かが潜んでいるのを本当は知っているのに、黙っている説はどうだろうか? それならまぁ少しは納得がいくか。
もしもそんな事実が広まったら、このホテルのイメージが崩れかねないから黙っている事は充分意味がある。でもそれってもし宿泊客が湖で死亡するような事件が起こったら、魔物が居た、なんていう程度では済まされないくらいのイメージダウンになっちゃう気がするぞ?
だからさっさと専門家にでも頼んで処理した方がよっぽど得なような気はするんだよなぁ。それに昨日、シリウスさんと話したときの事を思い返すと、魔物が居た事自体を否定するような感じでは無かったんだよな。だからその説はちょっと弱いか。
じゃあなんか他にあるかね? 実は湖に何か人に言えないような財宝を隠していて調査されたら見つかっちゃうとか? うん、突拍子も無いな。だいたいそんなんだったらさっさと移動させろよって話だしな。
はい、情報が無いんでこれ以上は分かりません。情報が足りてない状況でこんな事考えた所でいつまで経っても答えは出てこないんで考えるの止めた。
すぐ陰謀論ぶちかましたくなるのは職業病みたいなもんだ。考え事してたらお腹すいたな。
「ふわぁ……今日の朝ごはん何だろな」
下らん事は忘れて美味しい朝ご飯でも食べに行きますかね。俺はあくびをしながら着替え終えるとレストランに向かった。
向かう途中でゴンザレス君とカイルという珍しい組み合わせにばったり出会った。
「あ、グレゴリー様おはようございます」
「……どもっす」
「ん、おはようさん。ていうか珍しいペアだな。君らって面識あったっけか?」
「いや、実は話すのは人間界が初めてなんですけどお互い共通の趣味があるって分かってからすっかり意気投合しちゃって」
「共通の趣味?」
身長2メートル近い大男と研究者肌の痩せた眼鏡の男が並んでるだけでも相当違和感があるくらいだ。そんな似つかわしくない二人の共通点ってなんだろうかと考えてみるけど思いつかない。
「うーん、想像つかないな」
「いや、グレゴリー様もお遊びになるやつですよ。ボードゲームです」
「ああ! もしかして闘棋?」
「そうですそうです!」
闘棋ってのはまぁアレだ。地球で言うところの将棋とかチェスみたいなやつの事だ。
「僕らそこまで上手いわけじゃないんですけど、ちょうどレベルが同じくらいだったんで白熱しちゃって。昨日なんて気付いたらだいぶ遅くまでやっちゃってましたから。お陰で寝不足ですよ」
「……っす」
そう言われてから気付いたけど二人共だいぶ眠そうだ。ていうか二人だけでそんな面白いことしてたのか。
「なんだよ。俺も呼んでくれりゃあいいのに。俺が闘棋好きなの知ってるでしょ?」
前世では将棋大好き人間だったので、当然こっちでも似たような闘棋にはハマった。というかそういう前世の知識もプラスされてか負けなしと言っていいくらい強かった。
お陰で誰もやりたがらなくなったのでやりすぎはダメって事を学んだけどな!
「いやいや! グレゴリー様相手じゃ僕らは全く歯が立ちませんよ! そんなの面白くないでしょう?」
「え? そんな事ないって。2人が闘ってるの見てるだけでも面白いからさぁ。また後でやるんでしょ? 呼んでよ。アドバイスくらいならするよ?」
あんまりグイグイ行くとめんどくさい上司になっちゃうからこれでちょっと……みたいな反応されたらやめよう。俺は理解ある上司でいたいのだ。
「見てるだけでも良いんだったら……良いよね?」
カイルが隣のゴンザレス君に確認を取る。ゴンザレス君も異論は無いのかコクリと頷いた。
「お! ありがとうな。闘ってる時は口も出さんし、俺は居ないものとして扱ってくれて構わないから」
感想戦はバリバリ参加するけどな。ダメ出しもしちゃうかもしれない。
ああ、こんな事ばっかしてるからみんな俺と闘ってくれなくなるんだろうなぁ……でも久々に楽しめそうだ。魔王軍はインドア派が少ないからこういう存在は貴重だ。
俺は反対に超アウトドア派の冒険者3人組をふと思い浮かべた。よく調査なんか自分からやろうとするよなと本当に思う。
「ま、俺にとっちゃ湖の調査なんかよりはこっちの方がよっぽど面白いわ……」
そんな俺のぼやきとも言えない独り言を耳ざといカイルは聞き逃さなかった。
「ん? 湖の調査って何かあったんですか?」
「あぁ聞きたい? まぁちょっと長くなるから飯食べながら話そうか」
レストランに近づくと何やら良い匂いがしてくる。朝食はこういうホテルにありがちなビュッフェスタイルだった。まぁこの世界にビュッフェがあるか知らんけど、要は好きな物をセルフサービスで取ってくる形式のやつね。
俺は適当に普通に朝食べるような物を取ってきていたけど、ゴンザレス君は魚をたくさん取ってきていた。
「朝からそんなに魚食べるの? よく食べられるね」
「っす……好きっす」
そうかゴンザレス君は魚が好きなのか。そういえばこの魚もレジア湖で獲れたやつなんだろうか? そうすると明日あたりからこれも食べられなくなっちゃうかもしれないのか。何しろ漁師さんだって湖には近づけないだろうからね。
「……もしかしたら、明日か明後日くらいからは魚料理が出てこなくなるかもしれないから今のうちにたくさん食べとくんだよ」
「え? それってどういう事ですか?」
「ああ、それはさっきの話にも関係するんだけどね……」
俺は、昨日からの一連の出来事について2人に話して聞かせた。




