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魔王の部下も楽じゃねえ!  作者: 普通のオイル
第五部 社員旅行
32/102

レジア湖畔にて

 

「いや〜、いいとこじゃないの」


 俺達はレジア湖という大きな湖のほとりにある、高級リゾート地に来ていた。


「結果的に皆さんがここを選んでくれて私も嬉しいですよ」


 どこに行くか決める会議で、初めはみんな思い思いの案を持ってきていた。しかし、このレジア湖に来る事を提案したサリアスさんのプレゼンがかなり良くて、結局みんなここにしようと心変わりしたのだ。


「だって綺麗だもんなぁ。それに上手い飯もあるし涼しくて過ごしやすいし。ほんとここにして正解だったよ」


 澄み切った青い湖に万年雪をたたえた緑の山々、そんな自然の色とは対象的に、赤いレンガで造られたホテル。まるでアルプスの少女ハイジの世界にでも入り込んだのかというような印象を受ける。


 料理も最高で、湖で獲れる魚や、森で採ってきた天然素材をふんだんに使った一級品は地球で食べるようなものと比べても遜色ない。


 滞在期間は1週間。その間は世の中の煩わしいことなんか忘れてゆっくり羽を伸ばすんだ。誰がなんと言おうと面倒事には首を突っ込まんぞ。最近はなんだか訳の分からない面倒事に巻き込まれてうんざりしてたからな。


 俺がそんな近寄るなオーラを出していたからか、みんなも変に構ったりはせず、ほったらかしてくれたので割と思い通りのんびり過ごせた。


「あぁ、こういう何もしない時間って大切だよなぁ〜」


 滞在二日目の昼下がり、湖のほとりでハンモックに寝そべりながら静かにゆらゆら揺れていると、突然湖から何か大きなものが飛び跳ねるような音が聞こえてきた。


「うおっ! なんだ!?」


 俺は慌てて飛び起きて音のした方に目を向ける。すると、確かに何かが飛び跳ねたのか、水面に大きな波紋が広がっていた。どうもかなり大きい生物だったみたいで、水面はかなり大きく波立っている。下手すると鯨くらいの大きさはあったんじゃないか?


 俺ははてと首を捻った。このホテルのオーナーであるシリウスさんに確認した時には、湖には安全を脅かすような大きな生物は生息していないと言っていたからだ。


 このホテルは湖を散策する為のボートを貸し出しているくらいなのでそれは本当なんだろう。今までにこの湖で行方不明者が出たなんて話も全く聞いたことがない。


 とすると、なんかホテル側が知らないうちに変な魔物でも住み着いちゃったとかだろうか? 一応ホテルの方にも教えてあげたほうがいいかな? 俺は頭を掻きながら周りを見渡した。


「誰か今の見てた奴いないのか?」


 だが残念なことに、こんな場所に無意味に寝っ転がっているのは俺くらいのもので、目撃者は俺以外にはいないらしかった。


「みんなホテルの方にいんのか。あぁクソ、いったい何だったんだろうなぁ」


 興を削がれた俺は、腑に落ちないまま湖のほとりを離れてホテルの方へと戻っていった。



 ーーー



「なんかさ、デッカい生物がいるっぽいんだよなぁ、この湖」


「はぁ? レジア湖に?」


 ホテルに戻った俺は一番最初に目が合ったレイラにさっきの話を聞かせた。


「だいぶデカいみたいだったぞ? いや直接は見てないんだけど、こう音がね? ぽちゃんとかチャポンとかそんな可愛いもんじゃ無かったんだわ。バッシャーン! とか、ザッパーン! とかそんな感じ」


 寝ていた俺がびびって飛び起きるくらいだと言ったらレイラは眉を顰めた。


「そんな擬音で言われたって分からないわよ……あなた話盛ってない? ハクレンとかじゃないの? 知らないけど」


「あん? なんだよハクレンって」


「馬鹿ねぇ。昨日の晩ご飯に出てたじゃないの。魚の名前よ。なんかアレ、跳ねるらしいわよ」


 ああ、あの美味い魚か! いやでもいくら大きいって言っても魚があんな大きい波紋を発生させるとは思えないんだよな……やっぱ魔物とかじゃないのか?


「うーん、なんかこう……そういう移動してくる水棲の魔物とか居たりしないの?」


 俺がそう言うとレイラはますます訝しげな表情を強めた。


「なんだか物騒な話になってきたわね……でも無いと思うわ。レジア湖って大河川に繋がってるわけでもないし、高い山に囲まれてるから移動してくるとかはちょっと難しいと思うのよね」


「はあん、そう。ま、現役冒険者のお前が言うならそうなんだろうな?」


「その顔、全然信用してないわね……まぁ確かに水棲生物はそんなに詳しい訳じゃないからもしかしたらいるかも知れないわ。サリアスさんが魔物に詳しいから聞いてみたらいいんじゃない? 何か知ってるかもしれないわよ?」


「そんじゃ一応聞いてみるかね?」


 サリアスさんは魔物マニア(戦って倒したいだけとも言う)なので確かに詳しいかもしれない。俺はホテルのどこかにいるであろうサリアスさんを探すついでに、ホテル内を散策し始めた。


 そんなこんなでホテル内をブラブラしていると、カブトムシみたいな甲虫をツンツンして遊んでいるバートンを見つけた。ついでだからコイツにも聞いてみるか。


「おうバートン。何やってんだ?」


「ああグレゴリー様じゃないっすか。どうしたんすか? 流石にハンモックに一人で寝てるのも飽きちゃったんすか?」


「そんな事ねえよ、そういうんじゃなくてな。実は───」


 俺は湖での出来事をバートンに話して聞かせた。


「なんすかソレ! めっちゃ気になるんすけど!?」


 バートンは俺の話を聞き終えると、その話題に予想以上に食いついてきた。どうやらバートンの内なる少年の心に火を付けてしまったらしい。


「え、なに? お前そういうの好きなの?」


「あったりまえじゃないっすか!? こんなワクワクする事をそんな冷めた感じで淡々と話してるグレゴリー様のほうが異常っすよ!」


「お前ってほんといちいち失礼な奴だよな!」


 冷めた男で悪かったな。こちとらそんな少年の心なんてとうの昔に失ったわ!


「こうなったらあれっすね。謎を解明するまでは街に帰れないっすよ……大変な事になって来ちゃったっすねぇ……」


「いや、大変なのはお前の頭だよ。五日後には普通に帰るからな」


 神妙な顔をして何か大事件でも起こったかのようなトーンで言うバートンにツッコミを入れる。


「俄然やる気が出て来たっす! ちょっと色々調査して来るっすよ!」


 バートンは俺のツッコミをものともせずにピューとどこかに走り去っていってしまった。


 ……あれだ。もしあいつが日本人なら川口浩探検隊とかにハマってたね、絶対。


「あんまホテルの人に迷惑は掛けんなよ〜」


 とっくに何処かへ行ってしまったバートンに向かって俺は一人静かにそう告げたのだった。



 ーーー



 なんとなくホテルの外観を見たり近所を散歩しながらサリアスさんを探していると、夕方近くになってしまった。


 半日近くかけてようやく見つけることができたサリアスさんは、ホテルの書籍コーナーで何かの本を読んでいた。


「ああ、いたいた。サリアスさん、ここで本読んでたのか」


「あらグレゴリー様、ハンモックはもう飽きてしまわれたのですか?」


「飽きてない飽きてない。いやちょっとサリアスさんに聞いてみたいことがあってさ。例えばだけど、この湖に水棲の魔物が居るとしたらどんなのが居ると思う?」


「魔物ですか? どうしてまたそのような事を?」


「いや、実はね───」


 俺は昼頃に湖で聞いた水を跳ねる音と、水面に広がっていた大きな波紋の話をした。


「で、レイラにその話をしたら魔物はサリアスさんが詳しいって言うからさ。聞こうかと思って探してたんだよね」


「なるほどそんな事が……でしたらグレゴリー様はちょうど良いところにいらっしゃいましたね? 今私が読んでいた本がまさにそういう内容でしたから」


 ほらコレですよ、と言ってサリアスさんに見せられた本の表紙には、“レジア湖に住む生物” と書かれている。


「へ〜、こんなの置いてあるんだ」


 本を受け取ってパラパラめくると、なんだかよく分からない魚やら水棲昆虫やら色々な絵が目に映る。その中にはレイラが言っていたハクレンも載っていた。


「あぁ、レイラにその話した時、このハクレンって奴じゃないかって言われたんだよね。へー、デカいのは超デカくなるんだな」


 本によると大きいものでは1メートルを超える大きさになるらしい。やっぱりあの音はこいつだったのかな? そう俺が無理やり納得しようかと思っていたら、サリアスさんが本の説明欄を指差して反論してくる。


「ハクレンですか? 確かにこの魚は繁殖期に水面を跳ねるようですけど集団で跳ねるみたいですよ? なので1匹が一回だけ跳ねるのは違うのではないでしょうか」


 本当だ。確かにそんなような事が書いてある。なんだよ、レイラの奴も適当だな。


「そうなると……他に大きいのはいなさそうだし、やっぱり魔物の類かね? なんかこの湖に移動して来そうな魔物に心当たりとかある?」


「そうですねぇ……うーん。移動してくるかはともかく、水棲の魔物ならばスピノシスなんかは有名ですかね〜」


 ほうほう、スピノシスね? 


「そいつはワニの仲間で青い鱗が特徴なんです。かなり大きい上に凶暴なんですよ。ただやはり、移動してくるかどうかまではちょっと……」


 すみません、と謝ってくるサリアスさんを手で制す。


「いやいや、参考になったよ。ありがとう」


 なるほどね。もしかしたらそういう生き物がいる可能性もあるかもしれないのか。


 まぁスピノシス? とやらがいるかもしれないなら、オーナーのシリウスさんに一応教えてあげたほうが良いかもな。少なくともそんな魔物がいるならボートに乗る気にはなれないし。


 俺はサリアスさんに礼を言ってホテルのフロントに向かった。


「あの……フロントのお姉さん、ちょっといいかな?」


「はいグレゴリー様。何か御用でしょうか?」


 ほぉ、名前を覚えているとは感心だ。確かこの女性はオーナーのシリウスさんの娘さんだった気がする。


「いやあの……今から変な事言うけどね? 今日のお昼頃に湖のほとりでお昼寝してたんだけど、その時なんていうか……大きい生物が水面を跳ねたみたいでさ。この湖にはそういうデッカい生き物はいないって聞いてたから一応伝えたほうが良いかなーなんて」


 俺が頭を掻きながらそれとなく伝えると、フロントの女性はそれは大変だという表情で、すぐにオーナーに伝えると言ってくれた。


「ああそう? ありがとうね。まぁ実際に見たわけじゃないから何とも言えないんだけど……」


 まあこれで少なくとも湖でのボート貸し出しはやめるだろう。そう安心して部屋に戻ろうとすると、バートンがすごく驚いたような表情をして、ホテルの外から帰ってきた。


「た、た、た、大変っすよ!? グレゴリー様!」


「なんだなんだ騒がしいぞ」


 他の人は居ないけどフロントの人が居るんだからあんまりはしゃがないで欲しい。


「そんな事言ってる場合じゃないっすよ! 俺、見ちゃったすっよ!」


 お! もしや謎の生物の正体が割れたのか!? というか……


「お前もしかしてあれからずっと湖にいたのか?」


 あれから半日近く経ってるんだぞ? いくらそういうのが好きだからってよくずっと見てられるもんだわ。


「そうっすけど……いや、そんな俺っちの事はどうでもいいんすよ! 真っ白な大きい見た事ない生物がザバーーーッ! って!」


 おお! 見れたのか! でも白? サリアスさんが言っていたスピなんちゃらは青い鱗が特徴だったはず。


「白かったのか? 青い鱗でワニみたいなのじゃなくって?」


「青い鱗でワニ? もしかしてスピノシスの事っすか? 全然そんなんじゃないっすよ! 白くて大きい生き物っす! 間違いないっす!」


「あ、そう。白で大きい奴なのね?」


 うーむ、また振り出しに戻ったぞ。


 サリアスさんが言っていたスピノシスでないとすると、一体こいつは何を見たんだろうか? 疑問に思いながら、ワーワー言っているバートンをうるさいから静かにしろと黙らせて何とか部屋に向かわせる。


 そんな俺とバートンのやりとりを、何か思いつめたようにフロント係の女性は見つめていた。


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