後ろ盾
「良かったのですか? あの証書を破いちゃっても」
ヘルサイスの事務所からの帰り道、サリアスさんがちょっと心配そうに聞いてきた。
カリウス会長から託された、建物を買い取りますよという証書。あの紙を破いて捨てるのは予定に無かった事なんで心配してるんだろう。
「あれね。一応会長によろしく頼まれただけで、俺自身にはあんまりその気は無かったから。むしろカリウス会長にはああいう連中には絶対金を出しちゃだめだって教えなきゃと思ってる」
カリウス会長は今までああいう手合いとは関わりが無かったと言っていたから、対処法が分からないのはしょうがないと思う。
俺は前世の記憶で、ああいう反社会的勢力には金を出しちゃダメだと知っていたから強行路線で行ったけど、その考えは異世界に来ても変わらないと思ってる。
「大丈夫なら良かったです。私としてはスカッとしたので気分が良かったですけど」
俺が紙を破いた時に、サリアスさんが後ろでしてやったぜ、みたいな雰囲気を出していたのはなんとなく分かっていたので苦笑する。
そういえば終始表情が変わらなかったゴンザレス君の方は大丈夫だったかな?
「ゴンザレス君は大丈夫だった? いきなり大変な仕事を頼んじゃって悪かったね。晩飯奢るよ」
「……ウッス」
相変わらず無口だけど今日はちょっと照れも混じっているような気がする。
「いや〜あの二人組をグイっと壁に押し付けたとこなんて歴戦のガードマンって感じだったぜ。ありゃ向こうも相当びびってたな。頼もしい限りだよ」
前にも言ったけどゴンザレス君は相当デカい。あの伝説のプロレスラー、アンドレ・ザ・ジャイアント並みにデカいので、ああいう風に力で来られると多分その辺のチンピラ程度じゃ何も出来ない。今回連れてきて正解だったな。
「いや、そんなことないス……グレゴリーさんの方がカッコよかったス……」
「あら? ゴンザレスもそう思いますか? なかなか分かってるじゃないですか。ああいう風に堂々としてると相手も手を出せないんだなって私も今回良いことを知りました」
堂々と出来たのはサリアスさんとゴンザレス君が居たからだけどね。居なかったら多分土下座してる気がする。まさに虎の威を借る狐状態だ。
「なんだなんだ二人して? そんなヨイショしても何も出ないぞ?」
「え、私には奢ってくれないのですか? ちょっと期待してたのに」
「いや、勿論全部終わったらいくらでも好きなとこに連れてってあげるよ。でもサリアスさん、まだ一仕事残ってるじゃない」
「ああそうでした! あんな連中、目をつぶっていても倒せるのでもう終わった気になっていましたよ。なんなら酔っていても倒せると思います」
酔っててもって……そりゃサリアスさんからすればその辺のゴロツキ程度、楽チンか。
「まあとにかく計画の第一段階は無事に終わったんで昼飯くらい食べに行くか」
そのままサリアスさんが行きたいというレストランに3人で向かって、オススメの料理を和気藹々と食べた。反社会的勢力の事務所から帰ってきた直後にはとても見えないだろうなとそう思いながら。
ーーー
日もとっぷりと暮れて、辺りが暗くなった頃。ヘルサイスが構えた事務所のすぐ近くで、俺達はじっとタイミングを見計らっていた。
「そろそろかな……集まってるといいんだけど」
事務所には明かりがついていて、僅かに窓から光が漏れ出ている。どれくらい人数がいるかは分からないが、恐らくかなりの人数がいるはずだ。
「じゃあサリアスさん、一泡吹かせてきて。騒ぎが起きたら近衛に突っ込んでもらうからさ。怪我しないようにね」
「ふふ、心配は無用です。彼らの驚く顔が楽しみですよ」
「ま、びっくりするだろうね」
まさかヘルサイスの奴らも、昼に話し合いに来た連中がその日の夜に襲撃をかけてくると思わないだろう。下手すると今頃俺達をどんな目に合わせるか、相談しあっているかもしれない。
「では行ってきますね♪」
まるでその辺に買い物に出かけるかのような軽快さでサリアスさんは事務所に向かう。
その後しばらく待っていると、建物の中から怒声が響き渡り、何か割れるような物音が聞こえ始めた。俺は向こうの建物の角にいるアナン連隊長に目で合図をした。
「突入だ! ヘルサイスの拠点を制圧しろ!」
アナン連隊長の命令を受けた十数名の衛兵は、建物の中に突入を開始した。
ーーー
「やっぱり大した事は無かったですね」
私は事務所の床に転がって気絶しているヘルサイスのメンバーを見ながらため息をついた。
グレゴリー様はかなり心配していたようですけど、正直言ってお話にならないくらい程度が低い連中でした。所詮はチンピラという事なんでしょう。これならあのクレイの手下の方がよほど強かったですね。
そんな物思いに耽っていると、予定通り衛兵が突入してくる。
「衛兵だ! 市民の通報により全員拘束……ってなんだ。みーんな一人で片付けちまったのか」
名も知らぬ衛兵が部屋の中で伸びている男達を見て呆れたように言い放った。
「誰も殺してませんよ?」
「見れば分かる。こりゃあこっちも仕事が楽でいい。よし! 全員捕縛しろ!」
ちょっと緊張気味に入ってきた他の衛兵達は、肩透かしを喰らったような顔をして、ヘルサイスのメンバーを縛り上げ始めた。
一応当初の筋書きとしては、反社会勢力同士の抗争が起きたところを市民の通報により近衛が制圧して、全員を捕まえるという事になっていたのです。
けれどあまりにも弱くて全部私一人で倒してしまいました。どうせ私がやらずとも衛兵がやっていたでしょうから大した差は無いと思いますけど。
「サリアスさん、大丈夫だった?」
衛兵の作業の邪魔にならないように部屋の外で待っていると、グレゴリー様が片手を上げてやって来た。
「実は危ないところでした……」
「えっ!?」
「嘘です。本当は余裕でした」
私だってたまには冗談を言いたくなる時もあります。本音はグレゴリー様に構ってもらいたいだけなんですけどね。
「ああドキッとした……サリアスさんに何かあったら俺じゃ助けに行けんしなぁ」
胸を撫で下ろすグレゴリー様を見てちょっとだけ反省する。
「本当にまずい事態なんて……」
勇者が現れた時くらいのものです。そう言おうとしましたが、まだ近くに衛兵がいるので実際に口には出しません。
「ま、とりあえず帰ろうか。後は衛兵に任せればいいし」
「そうですね。もう夜も遅いですから」
帰る途中、気になった私はふとグレゴリー様に聞いた。
「本当に近衛は必要だったんでしょうか? こう言ってはなんですけど私一人でも充分対処できたと思いますが」
実際、私が全部無傷で片付けているので、そんなに間違ったことを言っているとも思わない。
「確かに倒すだけならサリアスさん一人で充分なのは分かってたよ。でもそれじゃ大元の組織から狙われちゃうからさ。近衛が介入したって事実が必要なんだよ」
グレゴリー様は、そう言って私に丁寧に説明してくれた。
「つまり今回はね。グレゴリー商会の後ろには近衛がついてますよっていうメッセージをヘルサイスに送ったってわけ」
グレゴリー様曰く、後ろが公的組織だと反社会勢力はかなり手を出しづらくなるそうなのです。
私はこういう事は経験が無いので、なるほどそういうものかと納得するしかないのですが、グレゴリー様はいったいどこでそういう知識を得るのでしょうか? とても不思議です。
「ま、これで奴らもあの建物は手放すでしょ」
2週間後、グレゴリー様の言った通り、ヘルサイスは本当にあっさりと事務所を売り払い、二度とこの商店街で姿を見せる事は無かった。