差別化
「ねえねえちょっとちょっとカイル。俺良い事思いついちゃったんだけど」
「えっ? 思い付いたんですか? 昨日の件ですよね?」
次の日、軍の無茶な要望を解決する良い方法を思いついた俺は、早速工場まで行ってカイルに意見を求めていた。
「えーとだね。説明の前に先に聞いときたいんだけども。例の回復薬からさ、疲労回復の成分だけ上手いこと抽出できたりしない?」
「うーん、そうですねぇ……恐らく出来ると思いますよ。実際にやってみないと何とも言えないですが」
「もし無理そうならそういう材料集めて作るんでもいいんだけど」
「それなら確実に出来ますよ。材料を調べるのにちょっと掛かりますけどね」
「どれくらいの期間で出来る?」
「ええと……そうですね。ひと月は欲しいです」
「ほんとに!? そんなもんでいいの!?」
死ぬほど時間が掛かるとか言われたら落胆してたけど、1ヶ月ならかなり早い方だ。だったら今から言う俺の考えは充分実現可能だぞ。
「えーと、順を追って説明すると……店をオープンしてから今まで結構な数の回復薬が売れたでしょう?」
「ええ、そうですねぇ」
「それで店で買った多くのお客さんはね、怪我の治療には全然使ってないらしいってのを思い出したわけ」
あの回復薬のリピーターの多くが、疲れが取れるからという理由で買ってくれているのを思い出したのだ。
当然の話といえば当然だが、一般市民は冒険者や軍人と違って日常生活で回復薬を使うほどの大怪我をする事なんてまずない。だから本来の目的で使うなんて状況がほとんど無いのだ。
「てことはだけど、今の回復薬を店で売るのはやめちゃって、疲労回復薬みたいなのを代わりに出せばいいんじゃないかって思ったのよ」
どうせ怪我の治療に使わないんであれば疲労に特化した物を代わりに出せばいい。それで、既存の回復薬は軍専用にすればプレミア感が出るんじゃないかという寸法だ。
もしそれでも軍のお偉いさんが今までと同じは嫌だとか言うんなら……ガワでも変えよう。
「あぁなるほど。それなら向こうも納得してくれるかもですね」
「だろ? それに疲労に特化した回復薬なら分かりやすいし街の人ももっと買ってくれると思うんだよね」
「ええ。ですが疲労回復薬をこの工場で作るのはスペース的に難しいと思いますよ。まぁ実際のところはやってみないと分からないですけど」
うむ。確かにこのアマル2000工場は広いとはいえ、新しい生産ラインを増やせる程かというと、微妙なところがある。
「……となるとまた場所借りなきゃならないのか……まあいいや、その辺の事はこっちで何とかするからカイルは必要そうな材料をリストアップしてくれよ。採ってきてもらうか、市場で買うかするから」
「分かりました。そうとなったら思いつくやつを片っ端から挙げときますから任せてください。リストにしたらまた連絡します」
「おう、頼んだ!」
とりあえず何とかなりそうな事が分かった俺は、しばらくこの件はカイルに任せることにした。
ーーー
「へー、この店って2階はこんな感じになってるのね」
ある日の午後、俺が1号店の2階で書類をまとめていると、レイラが店にやって来た。
「あれ? お前、今日の仕事はどうしたんだよ?」
「別にサボってやしないわ。午前中に必要分獲れたから今日はもう帰って来たのよ。私がいるとイヤ?」
「いいや? ただ珍しいなと思っただけ。そういやレイラってここに来るのは初めてだったっけ?」
「そうね、2階には来た事無いわね。開店の時に1階は見たけど」
そうか、あの開店の日は忙しすぎてゆっくり建物全部を見て回る余裕も無かったのか。ならちょっくら説明しとくかね。
「結構いいとこだろ? 俺気に入っちゃってさ。最近はここで仕事してんだわ」
「そう聞いたからここに来たのよ。確かに静かね」
「商店街って普通うるさいだろ? だからか知らんけどここを建てた人は防音にこだわったらしくてな。全然外の音が聞こえてこないんだよ」
1階は普通に外の音も聞こえるが、2階は本当に音が遮断されていてしんとしていた。
俺は事務机から立ち上がって、そばにあった小さいソファに腰掛ける。レイラもポフッと音を立てて隣に座った。
「このソファも……ってレイラ、狭いよ。もっとそっち詰めろよ」
「貴方がそっち詰めなさいよ。ていうかこのソファ小さくない?」
「多分だけどコレ。超大きい1人用だから」
そんな微妙なサイズのソファに無理して二人で座っている状態。レイラの太ももが俺の太ももにぴったりくっついているせいでぬくもりが伝わってくる。悔しい、レイラの癖にちょっとドキドキしちゃう。
「まぁいいじゃない、こういうのも。嫌だったらもっと大きいの買いなさいよ」
「あー、そうですねー本当ですねー」
くっそ。もしや俺って男として認識されてないんじゃないか? 無害な人間だから無防備でも別に大丈夫だと思われてそう。そう思ったらなんか腹立って来たぞ。
「あのねぇ、一応俺は男なんですよ? 年頃の女の子がこんなにぴったりくっついてもし襲われでもしたらどうすんです?」
「へー、襲うの? 私を?」
「いや、襲わないけど……」
「心配せずとも、もしグレゴリーが襲って来ても普通に返り討ちに出来るわよ。私は貴方と違って現役の冒険者なのよ?」
はい、そうでした。レイラは強いんでした。ついついレイラはか弱いというイメージがあって、そんな事を言ってしまった。それもこれもあの時市場でミスターXに尾けられて震えていたレイラが頭に残っているからだ。
「じゃあ問題ないか」
「そうよ。問題無いわ」
うん? いやそうはならんよな? 問題ありまくりだよな? この状況、レイラにとっては気にならないにしてもD.Tの俺には刺激が強すぎる。そうだ、これを妹がしてると思えばなんてことは……いやいや俺の妹は絶対こんな事してこねえよ。もうどうすりゃいいのか分かんねえ。
俺が何も出来ずに固まっていると、なんとレイラはあろう事か俺の左肩にコテンと頭を預けて来た。
「!?!!??!?」
ちょいちょいちょいちょい!! どういう事!? 普通、好きでも無いやつにこんな事するか!? レイラって実は俺に気があっちゃったりするの!?
いやだが待て、早まるな。俺には経験が無いから判断がつかん! これでもし俺のこと好きなの? って聞いて違ってたら、俺はとんでもない勘違い野郎って事になる。そんな事になったら多分俺は恥ずかしさで死ぬ。
「あのーちょっとレイラさん? これはいったいどういう事でしょうか?」
「別にぃ?」
別にぃじゃねえよ。こっちはD.Tだから勘違いしそうなんだよ。
よし、今こそ前世の記憶を頼る時だ。思い出せ、前世でたくさん見て来たリア充達はどうしてた? リア充女共は男友達にこんなふうに気を許してたか?
俺がリア充偏差値30くらいの頭脳をフル回転させてこの状況の答えを得ようとしていると、レイラが突然肩を震わせ始めた。
「ぷっ……クスッ……あははははっ! ねぇ今ドキッとした? もしかしてドキッとしちゃったの?」
そのまま立ち上がってこっちを向いてケラケラ笑っているレイラを見て一瞬で冷静になる。あー、はい。これはアレですわね。からかってましたわね、この私を。
「てんめぇ……いい度胸してんじゃねえか……俺を怒らせたらどうなるか思い知らせてやろうか?」
「きゃーこわーい。逃げろー」
そんな全く怖くなさそうな言い方で、レイラはドアの向こうに駆け寄っていくと、顔だけこっちに覗かせてあっかんべーをする。
「こないだのお返し! じゃあね!」
それだけ言ってレイラはパタンとドアを閉める。そして階段をタタタと駆け降りていく音が微かに聞こえた。
「……」
俺は窓の外の景色を黙って見上げたまま思った。俺のドキドキを返してほしいなと。
魔王様「……」




