いきなり消えちゃった村
護衛には誰に来てもらうのがいいか、魔王軍四天王の1人であるサリアスさんに相談したら、なんとサリアスさん、自分が行くとか言い出した。
「サリアスさんが来ちゃうの? それは不味いんじゃない?」
「私が御一緒したら迷惑でしょうか? きっとお役に立ちますよ?」
「そりゃ役には立ちまくりだろうけどさ……」
確かにサリアスさんは竜人族で頭も良いし、変身の秘術も使えるので今回の護衛としてはぴったりだ。しかし、最強格の四天王がほいほい出歩くのはどうなんだろうか?
「サリアスさんは最高戦力の1人なんだから自覚を持ってよ。まあ一応大丈夫かどうか魔王様に聞いてみるけど」
「お願いします。恐らく魔王様なら快諾してくれると思いますよ?」
「えぇ? そうかねぇ……」
早速、魔王様にサリアスさんを連れて行っても良いかと聞きに行ったら、四天王全員連れて行ってもいいよとか言われた。
いやいや、そしたら誰が魔王様を守るんですかと聞き返すと、曰く、俺様を殺せるような奴が来たら四天王が100人いようが200人いようが一緒だとのこと。なんだそりゃ?
「ね? 言った通りでしょう? グレゴリー様はあまり魔王様の本気は見たことがないかもしれませんが、あの方が本気になれば私が100人いても勝てませんから」
「え、そんなに? いや魔王様が強いってのは分かってるんだけどさ……」
正直に言うと、魔王様を戦力にカウントしたことって無いから実際どれくらい強いのかよく分からないのよね。スカウターとかあれば分かるんだろうけどさ。
しかし武家出身のお嬢様であるサリアスさんでも全く歯が立たないとはねぇ。サリアスさんって確か竜人族最強だった気がするんだけどなぁ……
とはいえ、そんなのは例外なんでサリアスさんなら安心して護衛を任せられる。
「サリアスさんが来てくれるなら護衛としてはもう充分だね。あとは人間界の、特に生活面に詳しい者がいると助かるんだけど心当たりとか有る?」
俺が聞くと、うーん、と可愛く首を傾げたサリアスさんが1人の男の名前を挙げた。
「諜報部にマゴスというオーガ族の男がいます。彼は人間界での情報収集が主な任務なので確かそういった事に詳しかったはずですよ?」
「ふーん。じゃあそのマゴス君に会ってみようかね」
少ししてサリアスさんに連れてこられたマゴス君は、それはもう可哀想になるくらい緊張していた。
そりゃいきなり四天王に呼びだされて参謀長である俺の下に連れてこられたんだ。当然ビビるわな。俺でもビビる。
「今日マゴス君に来てもらったのはね。マゴス君が人間界での活動に詳しいというから話を聞こうと思って呼んだんだよ」
「は、はい!」
「それでこれはまだ極秘なんだけど、実は魔王様の発案で人間界を裏から操って勇者召喚をやめさせようという話が出たのね」
その結果、俺自身が人間界に行って工作活動しなければならなくなったという話を伝える。退屈云々という話だけは魔王様の威厳を保つために省いた。
「なるほど、そういうお話でしたか。何か自分がミスをしたかと思って焦りましたよ」
マゴス君は呼ばれた理由が分かって安心すると、人間界での自分の活動方法について語り出した。
「まず僕は基本的にはデリウス国の冒険者ギルドで冒険者として活動しています。そこで勇者や、各国の動きに関する情報を集めるのが主な仕事内容なんです」
「へー、なるほど冒険者としてか」
俺自身は今まで上がってきた報告書から作戦を立てるのが仕事だったので、末端がどういう方法で情報を集めているのかまでは知らなかった。
しかしなるほど。まさか魔族にとっては天敵の冒険者に自らなるとは。随分と思い切った事をしたもんだ。灯台下暗しってやつで案外良いのかもな。
「それなら俺達もその方向で行こうかな……デリウスの拠点はどのくらいの大きさだったっけ?」
「2人がやっと入るくらいの小さな家を借りています。ですからグレゴリー様が人間界に行くならば別で拠点を作った方がいいかと思います」
確かにそんな小さい家に何人も出入りしたら怪しまれる。諜報部の活動を邪魔するわけにもいかないし、もう一つ拠点が必要になりそうだ。
そう言えばデリウス国の貨幣なら宝物庫にいくらか放り込んであったはずだ。これでだいたい方針は決まったな。そのお金で家を買えばいいんだ。
「よし。じゃあマゴス君、君は今日から俺の直属の部下という事にしておくから。諜報部の部長には言っておく。もう明日には出発するからちゃんと準備しといてね」
え、明日ですか? とかマゴス君が言っているが、どうせ人間界で必要な物を揃える以上、あまりこちらで準備をする物はない。だったら早い方がいいだろう。急で悪いとは思うけどね。
そんなわけで当面はサリアスさんとマゴス君と俺の3人で工作活動をする事になった。
ーーー
「で、はるばる人間界にやって来たわけだけど。ここはどうしてこんな事になっちゃってるの?」
次の日、人間界に足を踏み入れた俺達3人を待ち受けていたのは、焼かれて強奪され、廃墟と化した元集落だった。本当はここが魔界に一番近い人間の村のはずだったのにこの有り様である。
「マゴス君、確かここは先月時点だといつも通りだったんだよね?」
「は、はいっ! 確かに存在してたんです!」
ここに集落があるから寄って行こうと提案したのはマゴス君だったのでかなり焦ってるみたいだ。別に怒っているわけでもないし、減給とかもしないからそんなにビビらないで欲しいなぁ。
「という事はこの村はこの一月以内に消え去ったわけか。ふーむ……とりあえず調べてみよう。サリアスさんお願い」
「ええ、お任せを」
安全のためにサリアスさんに先頭に立ってもらって、集落で一番大きな家に入ってみる。勿論中に人はいないが酷く荒らされた跡があった。パッと見回してみたところ、そこまで時間は経ってないみたいだ。
「ここ最近起こったように見えます。人間の盗賊か何かの仕業でしょうか? それとも魔界の誰かによるもの?」
「それはないと思うけど、魔族が手を出したんなら不味いね」
魔王様は人間界への無用な刺激を避ける為に、あるルールを定めていた。それは、魔族側から人間に手出しをしてはならず、攻撃して良いのは反撃するときだけというものだ。
だけど、どう見てもこの凄惨な現場は反撃によるものじゃないぞ? そうなると、もし魔族の仕業だったなら、そのルールを破った者がいる事になる。
「あー、魔王様、聞こえていたら至急、魔族で手を出した者がいないかだけ確認していただけるとありがたいんですが」
受信板を握りしめて俺の目と耳にリンクしているであろう魔王様にお願いしてみる。ちゃんと聞こえてるかな? 魔王様の方からこっちに情報を送る事は出来ないのがなんとももどかしい。今度通信装置でも送ってもらうか。
「あ! グレゴリー様、これ見て下さいよ」
マゴス君が家屋の柱を見つめながら何か興奮している。
「この焦げ方は明らかに火炎魔法によって出来たものですよ。やはりこれは人間の仕業に違いありません」
言われて近づいてみると確かに柱には特徴的な黒い焼け焦げがあった。なんだ、それなら簡単だ。
「魔法ね……じゃあ人間の仕業だな」
例外はあるけれど、魔族はほとんどが魔法を使う事ができない。だからその傷があるという事は、人間がこの惨状を作り出したと見て間違いない。
ちなみに変身の秘術は魔法じゃないからね? 勘違いしないように。
その人間の仕業らしいという事実に安心したサリアスさんが、自身の槍を握りながら静かに呟く。
「……魔王様の定めた掟を破る者が出たのではないようで安心です。もしそうならば粛清をしなくてはならないところでした」
サリアスさんがなんだか物騒な事を言っているけど、これは別にサリアスさんが魔王様を崇拝していて個人的に怒っているとかそういう話じゃない。
魔界では魔王様の出した掟には絶対服従だから、違反者には何らかの形で罰を与えなきゃならないのだ。
「もうちょっと何か分かれば良かったけどこれ以上は何も分からなさそうか……」
別に足跡が残っているわけでもなく、人間の仕業だろうという事以外は何も分からない。
というか人間界の事だし人間の仕業だったら正直どうでも良いような気がして来た。だって今は俺は魔族だし、他人事だし。
「ま、大きい街に行ったらここで何が起きたか分かると思うよ。だから早くメルスクまで行っちゃおう」
俺達は仕方無く、荒れ果てた村を後にして目的地であるメルスクの街へと向かった。
魔王様「サリアスってちょっと怖いとこあるよね」