忍び寄る気配
アーネストの攻略を終え、残るはピルグリムを説得するだけだったが、これが少しばかり面倒だった。
このピルグリムという男、重度の絵画オタクで世界中から名画を集めているのだが、ギルドマスターになればそれがもっとやり易くなると考えている節があるのだ。つまりアーネストと違ってピルグリムはギルドマスターをやる気満々であった。
ただで説得するのは難しいと考えた俺は魔王城の宝物庫で埃を被っていた人間界の名画を持ってきて、それを渡す事と引き換えにギルドマスターの座を諦めるよう迫った。
「どうですか、ピルグリムさん。それほど悪い条件ではないと思いますが」
「むむむ……しかし私はあのポストは以前から渇望していたのだ。それを諦めるとなると……」
「この絵を諦めてまでしがみつきたいポストですか? そのギルドマスターの座は」
ピルグリムは流石マニアだけあって、俺が持ってきたこの絵の事は知っていた。
ピルグリムが言うには、地球で言うところのゴッホみたいな奴が描いた絵で、人魔大戦中に人間界から魔族に持ち去られてもう二度と見る事ができない失われた絵画、という評判らしかった。
まぁこんな事でも無ければ本当に二度と陽の目を見る事は無かったんだろうから間違いじゃ無いけど。
「まさかそれが持ち去られていなかったとはな。世の中何があるかわからん」
「私も見つけた時は大変驚きましたよ。まさかこんな場所にあるなんてとね」
そんな評判が付いている絵画を、まさか魔王城の宝物庫から持ってきましたと素直に言うわけにもいかないので適当なストーリーを見繕った。
元々その絵が保管されていた街の、ある古民家を取り壊す際に地下室から偶然に発見された、そんなストーリーだ。これにピルグリムはまんまと騙された。いや、一応絵は本物だから騙されては無いのか?
「貴方は大変な審美眼をお持ちだ。そんな方にこそ、この絵は相応しい。私はそう思って持ってきたのです。ピルグリムさん、ご承諾頂けないのであればこのお話は無かった事にさせて頂きます」
まどろっこしいな。なんかこの絵は凄い価値があるんだろ? もうさっさと諦めて受け取ってくれよ。
「分かった、良いだろう。ギルドマスターの椅子に座ってもそれ以上の名画は現れんだろうしな……」
そう言うピルグリムはめちゃくちゃ悔しそうな顔をしている。大丈夫かな? 土壇場でやっぱりギルドマスターやるって言い出したりしないだろうか? もしそうなったらお前のコレクションの大半を“失われた絵画”にしてやるからな。
「良いお返事が聞けて良かった。ではもうこの絵は貴方のものです」
でもこの悔しぶり。ちょっとだけ脅しといた方がいいかな? ああでも酷い事はしないって言っちゃったしな。止めといてあげよう。
「ではお約束を違えませんようお願いします。勿論他言も無用ですよ。それでは」
ーーー
ピルグリムの説得を終えて家に戻る途中、ちびっこ冒険者のレイラにばったり出会った。
「よおレイラ! 久しぶりだな。最近元気か?」
いつものツンツンした雰囲気は何処へやら、なんとなくレイラは元気がないように見える。
「ああ、あんた……と、サリアスさん。まあボチボチね。ていうかサリアスさん、ぱったり狩りを辞めちゃってどうしちゃったの? 噂になってるわよ?」
「ええとその、私は今はグレゴリー様の護衛をさせて貰っています」
最近はバートンにばっかり依頼を受けさせてサリアスさんは俺につきっきりだ。今日も別に心配いらないと断ったのにピルグリムの家の前までついて来てくれた。
「あんたねぇ……街の中で危険があるわけでもなし、それを護衛? もうあれよ。そんなの人類にとっての損失よ」
俺も最近はちょっと過剰かなと思いはじめていたのもあって何も言い返せない。しかしサリアスさんはそんな俺を庇ってくれる。
「そんな事もないんですよレイラさん。貴方だから言いますけど例の“クレイ”の件もありますし、心配のしすぎという事も無いですから」
「まあ確かにあの件があったわね……」
正直あの集落壊滅事件のクレイよりも、召喚されたかもしれない勇者の方がよっぽど恐ろしいが、そんな事は教えられないのでこんな言い方をしたんだろう。
するとそれまではふんふんと聞いていたレイラが、突然何かを考え込み始めた。
「そう言えば……いや、あれは流石に違うわよね……?」
「え、なんだよ。めちゃくちゃ気になる言い方するじゃん」
「え? いや、多分関係無いとは思うんだけど、こないだ街中で尾けられてた事があったのよ。気づいて反応したらすぐに居なくなったんだけど」
俺はサリアスさんと顔を見合わせた。それって普通に危なくないか? だって見た目こんなちっこい子供を尾行するなんて、クレイとかは関係無く完全に事案だ。
「お前大丈夫だったのか!? それ誰かに相談したかよ!?」
「いやいや、わざわざそんな事しないわよ……別に1、2回あっただけでそれ以来何も無いしね」
うーむ。関係無いとは思うがレイラに何かあったら寝覚が悪い。それにもし関係無かったとしても女の子が尾行されてたなんて普通に心配だ。うちから誰か護衛につけるか? いやしかし人員が……
「……なあお前、家は何処だっけ? 家族は?」
「心配してくれてるの? 優しいのね。でも大丈夫よ。ギルドの近くの宿だから他に人も居るし、そもそも私は冒険者よ? もし変なのが来ても返り討ちにしてやるわ」
宿って事は多分一人暮らしだ。うーむますます心配だぞ。バートンに依頼を受けさせるのを止めてレイラの護衛に……あ、いやもっといい方法があるじゃ無いか。
「そうだレイラ。お前、パーティを組む気は無いか? ソロだと何かと辛いだろ?」
バートンをそのままレイラと一緒に組ませちゃえばいいんだ。バートンは一応上級冒険者になれたくらいの実力はあるし、全く問題ない。
いや、嘘だわ。あのバートンなんかと組ませるのってめっちゃ問題な気がしてきた。あいつ、強いは強いけどオツムはあんまりよろしくないからな。まぁ一応聞いてみるけど。
「バートンって奴なんだけどな? 腕はまあまああるんで……」
「え、あなたバートンさんとも知り合いなの!? それにその口振りじゃあなたの方が偉いみたいだし、バートンさんと言い、サリアスさんと言い、あなたいったい何者?」
はい、魔王軍の参謀本部長です。うむむ……確かにこのままじゃまずいな。人間界での俺の立場を明確にしておく必要がある。なんか今の関係で違和感がない立場って無いかな……
「えーと、今度できる商会の会長かな? で、みんな俺の元で働いてる?」
「なんでちょっと疑問形なのよ……つまりあなたはお店の店長さんで、みんなは従業員みたいなもの?」
「そうそう、それでその従業員のバートンと組むか?」
「んー、ありがたいけど遠慮しとく。最近、ちょっと採取系ばっかりやってるから迷惑になると思うし」
ありゃ? 断られちゃった。いい話だと思うんだけどな。しかし採取系?
「なんだってそんなお小遣い稼ぎみたいな事ばっかりやってるんだよ。お前中級冒険者だったよな?」
中級冒険者は普通に魔物は狩れるくらいの実力はある。だからほとんど採取なんてやる必要はないはずだ。
「あー……ええと、私、あの時のサリアスさん見て自信なくしちゃったのよ。それでもういいかなって。もう戦い続けるのが正しいかどうかも分からないし」
またまた俺はサリアスさんと顔を見合わせる。もしかしてアレか? あのサリアスさんが盗賊を15人くらい斬り殺したやつ。あれがトラウマになっちゃったのか? それだと申し訳なさすぎる。
「あー、冒険者辞めてうちで働くか? お前なら仕事は問題なく出来るだろうし」
俺が頭を掻きながらそう申し出ると、レイラはクスッと笑った。
「ふふ、働くって言っても商会ってまだ無いんでしょ?」
「そうなんだけどもうすぐ出来るからさ。人を雇うつもりだから考えといてくれよ」
変なの雇うより人となりが分かっている人間の方がこっちにとっても良いしな。
「そうね……それも面白いかもしれないわね。ありがとう考えとく」
そう言うとレイラは手のひらをひらひらさせながら去っていった。