困っているなら助けますとも。ただし、協力してくれるならね。
「こんにちは! アーネストさんは居りますでしょうか!」
ドアをコンコン叩きながら家主の名を叫ぶ。やがてドタドタと近づいてくる音がしてドアが開いた。
「なんだね君は。何か用かね?」
「ええ私はグレゴリーと申します。最近ここに越してきた者ですが、あなたがアーネストさんでお間違い無いか?」
「その通り。確かに私がアーネストだ。それで用件はなんだね?」
トールの恩師だとか言ってたから結構なお爺さんかと思ってたけど見た目はそうでも無い。普通の中年のおじさんだ。
「私の友人である冒険者ギルドのサブマスター、トールから言われて来ました。アーネストさんの悩みをどうか解決してあげて欲しいと。最近何かお悩みの事ございませんか?」
実はめっちゃ調べて来てるし、最近アーネストさんがある事で悩んでいることも知っているけど、別に無いよとか言われたらどうしよう。そこはあんま考えてなかったぞ。
「なるほどトールから聞いて来たのか。ああ、確かに悩み事はあるよ。主に娘の病気のことでな」
来た来た、待ってましたよ。杞憂だったな。
「ええ、ええ実は承知しておりました。我々、元々行商人のような事をしておりまして。医薬品も多数扱っております。それで何かお力になれるのでは無いかと思って、効きそうな物をいくつか持参した次第です」
いくつか持って来たってのは嘘である。病気の詳細は分かってるんで、それに効く薬だけを持って来ている。後は診察してそれっぽいこと言って娘さんに薬を使えばそれで終わりだ。
「それはありがたい。是非娘の容体を見てやってくれ」
アーネストさんについていくと家の二階で娘さんは苦しそうに横になっていた。時折咳もしていて、息をする度にヒューヒューと掠れたような音がしている。情報通り、どう見ても喘息だ。
「昔からこうだったんだが最近もっと酷くなってな。もう見てられないんだ。なんとかならないか?」
「これは……」
めっちゃプロっぽい感じで診察をしながら、ふむふむなるほどと猿芝居をする。で、ようやく納得いったという表情で俺はアーネストさんに告げた。
「これは酷い喘息ですね。ですが我々、ちょうど良いものを持って来ております。そいつを使いましょう」
「おお、ありがたい」
俺は鞄からデッカい箱状の装置を取り出した。本当は日本でも使ってるようなプシュってやるタイプの持ち運べるような小さな物が良かったんだけど、そんな技術力はこの世界に無いのでこんな大型になってしまった。
「この装置は、使うと薬が霧状に噴射されます。その霧を吸う事で患部に直接届くという代物です」
装置を起動して娘さんを起こす。そしてなんだか分かっていない娘さんに吸口から吸わせると、だんだん辛く無くなって来たのか咳も治ってきた。
「凄く楽になったわ。どなたか存じ上げないけどありがとう」
「おお! セシア! もう良くなったのか!」
勿論完治はしていない。用意したのは一時的にしか効かない薬なんで、対処療法的なものだ。治った治ったと小躍りするアーネストにその事について釘を刺す。
完治したわけではないと分かったアーネストは気落ちしたが、それでも久々に辛くなさそうな娘の姿を見て、嬉しさのあまり涙ぐんでいた。
「その、こんな事を言うのはアレだが完全に治すことは出来ないのだろうか?」
「あると言えばまぁ、ありますが……」
「本当か! どうか教えてくれ! お礼は何でもする!」
おお、乗ってきたか。娘思いの人みたいだからそうなるのも納得だわ。何でもするって言った事、忘れないでくれよ?
「水と空気がもっと綺麗な山頂で療養する事です。自然治癒に任せるしかないのですよ。その病気は」
「そうか……山か」
なんなら移住するとか言い出さないかな。そうすりゃマスターを辞退して欲しいって説得する必要すら無くなるんだけど。
「山というのは具体的にはどこが良いのだろうか?」
お! 本当に検討するのか? でも残念ながらどの山がいいかとかはよく分からないんだよな。軽井沢とか空気が綺麗でいいと思うよ、うん。
「申し訳ない。私ではそれは分かりかねます」
「お父様、まずは今日のお礼を先に……」
「おおそうだったな。失礼失礼、私にできる事なら何でもするよ」
「そうですね……ではもしも貴方が次のギルドマスターに選出されるような事があれば、それを辞退していただきたい」
アーネストさんの眉が八の字になる。まあそりゃそうだよな。だって現マスターは辞める気配すらないんだもの。
「まるで近いうちにそんな状況が来るような言い方じゃないか。まあいいさ、私は元々それほどあの地位には興味がない。喜んで辞退するよ」
よし! これで第一関門はクリアだ。後はピルグリムを落とせばいつでもサージェスを現ギルドマスターの座から引き摺り下ろせる状態になる。
「しかし君。私が辞退したとして次は一体誰がなるのだね? ピルグリムを推すつもりならやめておいた方がいいぞ。あの男は自分の趣味にしか興味が無い」
知っていますとも。そっちも調べあげてるからな。もう一人のマスター候補、ピルグリムは重度の美術品マニアで、ギルドマスターの座を美術品集めのためだけに欲しているらしい事も把握している。
「ご安心ください。我々はトールにマスターになって貰いたいと考えておりますので」
「なるほどそれでか。あやつにギルドマスターの仕事が全う出来るかは怪しいところだが、君のような友人がいるならばなんとかなるかもしれないな」
トールの奴、恩師に器じゃ無いとか言われてるし。まぁ俺もそう思うんで否定はしない。あいつは人を使ってどうこうって言うよりは自分で動いちゃうタイプだからな。
「それは私も同意見です。なのでその辺はしっかりサポートさせて頂きますよ」
「そうか。ならば私は現マスターがどういう風に辞める事になるのか心待ちにしておく事にするよ。サージェスの事は私も気に入らないんでね」
「期待なさっていてください。ですがくれぐれも他言は無用でお願いしますよ」
せいぜい派手に花火を上げてやるさ。