俺と一緒に死んだ妻が帝国の姫君になっていたので、うまいことやって愛を叫ぼうと思う 〜奴隷だった俺は今までの記憶を《天賦》に変えて名門学院でトップを目指す〜
「ねえ知ってる? オルヴィっていう男の子のこと」
「なになに? なんの話?」
「右腕に大きな痣があるんだって」
「え? ほんと? やだ、奴隷……じゃなくて《痣持ち》なの?」
「そうらしいよ。実技の授業だって、いっつもコソコソ一人で着替えてるから、変だなって思った子が突撃したんだって。そしたら、腕にくっきり」
「じゃあ、あの噂は本当だったの? 貴族でも平民でもなく《痣持ち》の人が、実技試験の成績がトップだったって話」
「なにそれ、さすがに話盛りすぎじゃない?」
「あっはははは! そうだよね、トップってことはないよねぇ! 入学できたのも、きっと何かの間違いよねぇっ!! あっはははは!!」
「《痣持ち》には無理無理っ!」
キャッキャッ。
周りの視線などお構いなしの女子学生に、俺はため息しか出なかった。
悪かったねぇ、元・奴隷で。
でも、仕方ないのだ。
こんな環境になることは、入学する前から分かっていたことだし、覚悟もしていた。
なんたってここは、ドゥルソリヤ魔法学院。王族貴族は行って当然、市民だと卒業できたら将来安泰、家族大喜びの名門校だ。
一応、貴族も平民も平等に学問を学ばせようという方針があるが、あんなの建前だ。一部の王族とあらゆる貴族階級が全生徒中の八割を占める。残りの一割強は子どもの教育に大金をつぎ込む上流階級の市民で、あとは地方からあがってきたマジもんの天才が一人二人いるかいないかってところ。
そして俺は、そのどちらにも当てはまらない。
貧民街出身の俺は、人狩りに襲われて奴隷になった。
一度奴隷になって右腕に焼印を押されると、その人はもう「人」として扱われない。未来永劫、奴隷として生き続けなければならない。
認識としては家畜、ペットというような感じか。いや、人によってはソレ以下か──
でも、そんな俺はいま学院の土を踏み、教室でうたた寝という名の盗み聞きを敢行している。
そんなことが出来たのは、俺が類稀な天賦を持っていたから。
天賦というのは、自分の持つ才能を可視化したものらしい。すげぇって思ったよ。だって自分の才能が分かるんだったら、得意なこと伸ばせば無敵ってことだよ? まじで感動するわ。
俺の考えは意外と当たっていて、自分の天賦の有無で職業を選んでいる人が多い。騎士とか料理人とか、牛飼いとかね。
んで、俺が持っていた天賦はずばり、《天賦超越》というものだ。実はコレ、鑑定士の人も知らないくらい珍しいものらしくて、誰もどんな効果があるのか分からなかった。もちろん俺もね。
それが分かるようになったのは、夜の森で魔獣の大群に襲われたときだ。
あのとき、俺は無我夢中にナイフを振り回していた。
だって実際目の前におっかない魔獣がわんさかいるんだもん。周りの人はみんな死んじゃったし、もう何が何だか分かんないくらいパニクってた。
そのとき、初めて《天賦超越》の意味を知ったんだ。
今まで培った記憶(思い出とか)、感情(怒りや悲しみとか)を元にして、経験値が重ねがけされるってことだった。今でも言葉にしにくいんだが、端的に言うと──
死の恐怖のような強烈なものを感じれば感じるほど、総合能力が上がりやすくなる。
しかもこの《天賦超越》は、魂に刻まれた記憶なら前世でも遡ってもいいとのこと。俺の前世は日本人でそれはまぁ強烈な死に方をした。うん、車の中で溺れ死んだ。めちゃくちゃ怖くて、正直今でも思い出したくない。
前世の強烈な記憶+今世の強烈な記憶により、俺が貰える経験値は常人の十数倍となったわけだ。
もちろん、努力しないと能力はあがらない。
俺はどうしても、ドゥルソリヤ魔法学院に入学しないといけない理由があったので、主人が死んだあと、魔獣と戦いまくって能力あげをした。
奴隷がドゥルソリヤ魔法学院に入るには、トップクラスの合格点を叩き出さない無理だと思ったから。
実技も、筆記も。
もう一度、アイツの隣に立つために──
◇
このあいだ、《痣持ち》である噂が一気に拡散されたせいで、俺に話しかけてくるクラスメイトは誰もいなくなった。まぁ、もともと目つきも悪いし、白髪赤目っていうなんだか不良みたいな見た目だけども。
おかげで、実技の授業は辛い。隣のやつとペアを組めーと教官が言っても、みんな俺を最初からいないかのようにペア組むんだもん。クラス人数は40人だから、絶対ボッチにならないはずなのに。
また教官に頼んでやってもらうか……。
「相変わらず、あなたは見ていて飽きないですね」
珍しい、という他なかった。
だって彼女は、いつも自分の取り巻き女子とペアを組んでいるから。
「そりゃどーも。っていうのか、いいのかよ? 痣持ちだーって絶賛悪評が立ってる俺に話しかけて。ネフィリア・ペニー・アムサムダルム七世様よ」
「私が人を出自で判断するような人間に見えるのですか?」
「まあ見えないわな」
腰まで落ちた美しい銀髪。
瞳はアクアマリンを思わせる透き通った青色。
ブレザーの制服を着こなすその姿は、ネフィリア様ファンクラブなるものが存在しているほど美しい。
「私のペアになりませんか?」
「そりゃ願ってもない話だけども、なにゆえ? いつも取り巻きAちゃんとやってんじゃん」
ていうか、なんど見てもスタイル抜群だなぁ。
いまどきの女子高生だってあんなスラッとボディで巨乳じゃねぇぞ。ほんとに俺と同じ13歳か?
「いつも、あなたの視線にいやらしさを感じていたので、今回はその確認と処罰をしに来ました」
え、俺が実技の時間中ずっと見てたのバレてた!?
「じゅ、13歳なんて子どもじゃねーか! んな目で見るほど俺はロリコンじゃねぇし」
「まるで自分が13歳ではないような言い方をするのですね」
「ちげーよ! それはおまえが俺のつ───」
「つ?」
……あっぶねぇ。
勢い余って「おまえは俺の妻だから見るのは当たり前じゃん」とか言いそうになったぁ!
この話を今のネフィリアにしても、鼻で笑ってあしらわれるだけ。
俺だって、たまたま思い出しただけなのだ。
まだ奴隷だった日、薄暗い檻越しで馬車に乗った彼女を見つけた。
そして、前世の記憶をすべて取り戻した。
あまりにもネフィリアが彼女にそっくりだったから。
結婚した翌日に死んだ、小野塚紗絵に。
──まあ、ネフィリアが紗絵の転生した姿がどうかは分からないし。
──もしかしたら、人違いかもしれないけど。
でも、それでも、俺は自分の感情がおさえきれなくて、この学院の門戸を叩いたのだ。
「ちゅうもくしてねぇ♡」
生徒全員のストレッチが終わったところで、いかにもオネェ感ただようトール先生が手を叩いた。ってか、なんだよあの口紅。紫色じゃね?
「それでは今から、木剣を使った模擬試合を執り行いまぁす! んふふふ、アタシこの授業が大好きなのぉ。まずはそうねぇ、最初は最もMっ気のありそうな子たちをピックアップするわよぉ♡」
なんだよMっけのある子って。いやまじで、ホントにあの先生ちゃんと教員免許持ってんの? 先生ってみんな魔法白輝騎士でしょ? 俺なら履歴書見て落と──
「いま目が合ったわねオルヴィ!!」
ってか俺いま地面見てましたけど!?
選ばれたのだから仕方ない、前に出るか。
「いいわよぉ、アナタが一番最初ね。もうひとりはそこのアナタよ!」
「僕ですか? 分かりました、謹んでお受けいたします」
そう言って出てきたのは、いかにもガリ勉そうなマッシュヘアーの少年。
あぁ……よりによっておまえかよ。
今一番、俺が腹立ってるやつヤツ。
「一番最初に剣を振るえるなんて光栄じゃないか。オルヴィ君」
「そうだねぇ。俺も男子学生の裸を覗き見てあまつさえ押し倒すような変態ニレット君と戦えて光栄だよ」
「だ、誰も押し倒してなんてないぞ!!」
ニレットは顔面を真っ赤にしている。
まあ、押し倒されるというのはちょっと言い過ぎたかもな。
けれども、俺の右腕に痣があるってバレたのは、アイツが着替え中にいきなり突撃してきたからだ。
「僕は……、ただ、オルヴィ君がいつも一人でコソコソ着替えてて、全然体を見せてくれないから」
いまの一言で何かクラスの女子の目が変わったんだけど?
なんか鼻血垂らしてる女子いるんだけど?
え、なに? 俺ネフィリア一筋だよ?
「試合、開始よぉ♡」
「───隙あり」
ニレットが突っ込んできて、俺はわずかばかり避けるのが遅れる。
何とか後ろに身を引いて回避。
またたく間に連続斬りを決めてくるニレット。
「ほらほら、どうしたんだい? いつもの威勢を見せてみなよ!」
しばらく俺は防戦。
そうすると必ず、コイツは調子に乗ってくる。
弱者をいたぶる強者の顔だ。
周りに見せつけるように、だんだんと体の動きが大きくなっていく。
「僕の、勝ち────」
ズドンッ。
鈍い衝撃音が響いて、ニレットは口から大量の息を吐き出した。
膝に力が入らないのだろう、そのまま崩れ落ちてしまう。
だって、俺が膝と腹を剣で叩いたのだから。
「試合終了よー♡」
クラス中の人間がざわめいていた。
なにが起きたのか、なぜオルヴィではなくニレットが倒れているのか。
「い、イカサマだ……! きっと、インチキしたに決まってる!」
「そうだそうだ! オルヴィみたいな奴が、ニレットに勝てるはずない!!」
確か……ガンテっていう名前だったかな。小太りだけどすばしっこくて、成績もそこそこ良かった気がする。隣のやつは知らん。
「あんな奴にニレットくんが負けるはずないと思います!」
まぁ、目で追いきれなかった者はそう思うだろう。
でも、ちゃんと俺が正攻法で倒したことを知っている者もいる。
「くだらないですね」
そう、学年総合第一位のネフィリアがその一人だ。
「なにをほざいているのですか? 誰がどう見ても、おお振りになったニレットさんの腹を彼が切り裂いたでしょう。勝ったのは彼の方です」
おお、さすが入試の総合第一位のお言葉は違うなぁ。
みんな面白いように静かになった。
「そうよぉ♡ アタシもちゃんと見てたわよぉ。オルヴィくんがその猛々しい剣で、ニレットくんの敏感なところを叩いたのよぉ♡」
…………一瞬やばいほうの意味かと思ってしまった俺を誰か殴ってくれ。
◇
模擬戦で華々しくニレットを倒した俺だが、それでもやっかみをかけてくる連中は多い。
平民ってだけで唾をはきかけられるような学院だ。
奴隷だと知ったマウント取りの連中は、どこからか拾った噂を頼りにネチネチ迫ってくる。
暇なのか?
そんなに俺なんかにマウント取りたい?
まぁ、俺は短気だからすぐ殴っちゃうんだけど。
「いったい、あなたが生徒指導室に来るのはコレで何度目ですか?」
「3回目?」
「4回目です」
俺の目の前ではぁと呆れるのは、帝国が誇る美姫・ネフィリア。
皇位継承権は低いものの、皇帝の娘。
才色兼備にして、その物腰の柔らかさから教官の信頼も厚い。
まさに未来の帝国を背負って立つ人物だ。
ネフィリアは人手不足の教官のかわりに、生徒指導も行っている。
将来は今期代表生として壇上に立つんじゃないだろうか。そうなったら俺、最前列で話を聞くけどなぁ。あ、いま俺のこと睨んだ。
…………ツンとした顔も可愛いなぁ。
「終わりましたか?」
「終わった終わった」
反省文をネフィリアに渡す。
「じゃあ、これで今日は帰っていいですよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ネフィリア……さん!」
部屋出ていこうとするネフィリアを、大慌てて引き止める。
三度目ならぬ四度目の正直。
ここで言わねば男がすたる!
「なにかごようですか?」
「放課後、ひま?」
「暇というほどではありません。公爵令嬢とのお茶会、ダンスとヴァイオリンのレッスン、それが終わったら明日の授業の予習を──」
「無理やりどっか時間を開けられねぇか!? 俺、ネフィリアと一緒に街で買物がしたいんだ! 頼むよぉネフィリア! このとおりだっ!」
九十度、いや百度は腰を折り曲げた俺に、ネフィリアはしばらく沈黙していた。
おそるおそる、顔をあげてみる。
「ネフィリア……さん…………?」
ネフィリアは。
「……………………ふふっ」
とても小さく、微笑んでいた。
普段は氷の姫とも恐れられ、一切表情を緩ませない彼女が。
「仕方ないですね。見ていて飽きないので、一回だけですよ?」
破壊力が凄まじすぎて。
俺の心臓、マジでもたん…………。
「オルヴィ、どうしたのですか? オルヴィ…………?」
俺…………今なら死んでも悔いないわ。
…………………。
…………。
……。
あれ、なんか体が冷たいな。
もしかして、昔の記憶かよみがえったとか?
え、いくら死んでもいいって言ったけど今さら前世の死ぬ瞬間なんて──
バシャァアアンン。
「ってつめてぇぇえええ!!」
「ようやく正気に戻りましたね。出かけようって誘ってきたのはあなたのほうでしょう」
なんだこれ、全身水浸しじゃねぇか。
まさか、ネフィリアがかけたのか?
「あなたがずっと、呆け面してたので水をかけたんですよ?」
「え、ツッコみたいけどマジで? 俺、そんな長い間バカ面さらしてたの?」
「私が水をかけるまでは」
確かにネフィリアの格好をよく見てみると、ブレザーの制服からオシャレな私服に変わっている。
周りだって、学院じゃなくて街中だ。
「デート、するんでしょう?」
「え!? べ、別に俺は、た、ただ親睦を深めるためにネフィリア様と一緒にお買い物をだな!」
「? 二人きりの男女の買い物をデートというのではないのですか? そうですか、これはただの付添い──」
「デートしようぜ」
俺はいま、最高にかっこいい表情を浮かべている…………と、思いたい。
しかしどうやら、氷の美姫はデートというものをそんな深い意味だと捉えていないらしい。
緊張したのに損したぜ、まったく。
「しっかし、誘った俺が言うのもなんだけど、いいのか? 俺みたいな問題児と一緒にいて。しかも、放課後に街へ降りるのは禁止だぜ?」
「それはさっきも言ったでしょう。私は生徒指導室を請け負う人間として、問題児を管理しなければなりません。これは遊びではなく、監視です。か・ん・し」
監視ねぇ。
俺より楽しそうにおめめキラキラさせてますけどねぇ。
でも、ネフィリアが俺と一緒にいる動機がわかった。
彼女だって、ちょっとは学生らしいことがしたいのだ。
いつも周りに取り巻き連れて、全生徒の模範生みたいな振る舞いして。
そのかわり、女子なら当然できそうな貴重な時間を無駄にしている。
「よし、ちょっくらかっこいいところを見せてやりますか」
「なんです? 私に勝てない僻みですか?」
「悪かったな学年総合二位で! む、むしろこの位置がちょうどいいんだよ! ネフィリアを目立たせるには俺という存在が必要なんだよ!」
「そう……かもしれませんね」
な、なんだこいつ。急にどうした。
「じゃあ、今回はエスコートしてくれますか? 騎士さん」
「……………」
優しく、微笑むその姿に。
あぁ、どうやら今回も。
俺は、惚れさせるより惚れる側なんだと、思った。
◇
ドゥルソリヤ魔法学院の定期試験は、他の学校とは一味違う。
筆記にプラスして、現地派遣を含めるからだ。
二人以上五人以下でパーティを組み、迫りくる魔獣どもを蹴散らしながら、指定された宝具を持って帰る。
棄権せずに宝具を持って帰れるかどうかで点数がつくが、上位五チームにはボーナス得点が付くらしい。上を狙うチームは今からやる気満々で、注意深くライバル達を見つめている。
けれども、全員が闘争心むき出しってわけではない。
本校はあくまでお坊ちゃまお嬢様学院。
揃いも揃って騎士を目指しているわけではなく、名門校だから卒業するのは当たり前というスタンス。親に言われたから、親戚に言われたから、そんな感じだ。
特に13歳なんて、先日まで温かいお家の中で愛でられてきた影響がもろに出ている。
「怖いよー!! 帰りたいよぉ」
「む、無理だ! だってお父様とお母様には、暗い道を通ってはいけないと教えられてるんだ!! 僕は棄権する!! こんなの、伯爵家の次男がするものじゃない!」
「わ、わたしも……。筆記試験の成績、そんな悪くないし」
続々と教官に棄権を申し出る生徒たち。
慣れない外、獣臭い匂いと夜の雰囲気におびえて、大抵の生徒は腰を抜かしてしまう。俺だって、貴族だったらそうなっていた。
まぁ、中には全然怖がらない女もいるんだけどね。
「ね、ネフィリア様!! わたし、もう無理ですぅ!」
「えーん、お家に帰りたいよぉ!」
「私の背中に隠れていてください。大丈夫、私がみなさんをお守りしますから」
「「「ネフィリア様ぁあ!!」」」
すげぇ。
ネフィリアの背中に隠れようとする女子の数は優に十人以上。みんなに慕われている学年一位様はやっぱ違う。
しばらくして。
「はい、注目!!」
初老のペトラディカ教官が、厳しい顔をことさら厳しくして声を張っている。
「これより定期試験、実技部門を開始いたします! いいですね、これより先に棄権すると減点扱いになります。もう棄権する者はいませんね!」
しーんっ、と。
ここにいるメンバーは全員参加者らしい。
それを見たペトラディカ教官は、大きな杖でガツンッと岩肌を叩いた。
「ルールはさきほど説明足したとおりです。みなさん、パーティは組み終わりましたか?」
俺には、一緒に定期試験を乗り越えてくれる者はいない。
表立って俺と一緒に行動したら、痣持ちと一緒にいたことが噂になるからだ。
好んで組むやつなどいない。
「あの、一人ですか?」
「え? いや、そりゃそうだろ。俺は今でもみんなから敬遠されるんだぞ」
凛々しい修剣士を身にまとったネフィリアは、俺に対して「ならちょうどいいですね」と小さく笑む。
「私と一緒に行きませんか?」
「このあいだの実技のときも言ったけどさ、取り巻きB子ちゃんは? いつも仲良さそうにしてるじゃん」
「残念ながら、みなさん棄権してしまって……」
ネフィリアの見つめる先で、ガタガタ震えるお嬢様たち。まぁ、そうだよな。
「私一人だけですが、不満ですか?」
「むしろ良かったよ。俺も、変に三人以上になってハブられるの嫌だし」
ネフィリアだって、俺と二人でなければ別のやつと喋るに決まっている。
皇帝の娘と奴隷上がりの俺。
傍から見ただけでも違和感が半端ない。
「では、行きましょうか」
「あいよ」
教官に持たされた懐中魔法灯の明かりをつけて、軽く走り始める。
俺とネフィリアの意見は一致している。
上位5チームに入ってボーナスゲットだ。俺はもっと上にいって、奴隷というハンデを覆すくらいの強烈な成績が必要なのだ。でないと、とてもじゃないけどネフィリアの隣には立てない。
「魔獣のレベルは大したことないな」
「低学年向けですからね。仕方ないですよ」
俺もネフィリアも、この程度ならあくびしながらでも倒せる。
安心感、というのだろうか。もちろん彼女が実力者という意味もある。けれどそれより、一緒にいて心地いい。ずっと隣でこうやって歩いていたい。
他愛のない話で盛り上がって、変なことで喧嘩して、面白い映画で笑ったり、泣いたりして。
子ども、三人くらい欲しかったなぁ。
俺、子どもが大好きなんだよなぁ。
「────伏せて」
「いでぇ!!」
強烈な力で頭を押さえつけられたもんだから、思わず漏れたそんな声。
なんだなんだと顔をあげてみる。
「崖の下。あれ、なんだと思います?」
「ん……?」
不自然に前に突き出た鼻は、まるで棒で殴られたかのような団子状。丸太を思わせる膨れ上がった上腕二頭筋と、逆三角形の体が月夜に照らされてぼんやりと浮かび上がる。
ぼふぅ……。
かの荒い鼻息は、何に対する苛立ちなのだろうか。
錆びた野太刀を肩で担ぎ、暗い川を渡って、向こう岸の闇へと消えていく。
「ミノタウロスッ!? ここ、弱い魔獣しかいないんじゃなかったのかよっ!?」
こんな森にいるはずがない。
しかも、なんだあのデカさは。三メートルは優に越していた。
「幸い、こちらの存在には気づいていないようです。いい機会です、今のうちに教官に知らせましょう」
肩から提げていたショルダーバックから、小さな花火を取り出すネフィリア。
緊急時に教官の助けを求めるものだ。
これを使ったら棄権したようなものだが、あんな化け物がいるなんて試験どころの話ではない。
「っ待て、ネフィリア!!」
「え……!?」
勢いのままにネフィリアを押し倒すと、その頭上を何かが通り過ぎていき、着弾。
木に穴が空くほどの威力。もし彼女に当たっていたらと思うと、コレを仕掛けてきたアイツらを絶対に許すことが出来ない。
「どういうことだ、おまえら!!」
見覚えのある三人組。
前回の模擬戦のとき、俺がニレットに勝ったときに「インチキだ!」と叫んでいた。リーダーはちょっと小太りだがすばしっこいガンテ。残りの二人は……名前なんか覚えてないくらい弱いが、ガンテの横で威張り散らしてた記憶がある。
ガンテは杖を握っている。お得意の風魔法を放ったのだろう。
「ネフィリア様がいけないんですよぉ? 公爵家長男のこの俺を振っておきながら、そんな《痣持ち》の男なんかとパーティなんて組むなんて」
にやにやとした下卑た笑いを浮かべて、うずくまって動けない俺達を見下ろす。
地面についていた俺の手が、ガツンッと踏まれる。うめき声をあげた瞬間、ガンテによって放たれた魔法が俺の腹をえぐった。
「あぁぁぁああッッ!!!」
「アハハハ!! いいねぇ、奴隷にはお似合いの声だよ」
「って、てめぇ……なにしやがった」
「簡単なことだよ? 悔しいけど、おまえたち二人は俺より魔力も強いしそれなりのアビリティもある。だが、それはあくまで13歳なら天才、という話だろう? 頼んだんだぁ、親に。むかつくやつがいるから、懲らしめてくれってさぁ。金を積んだら、喜んで罠を仕掛けてくれたよ」
「なっ──」
俺の体が痺れているのは、設置された罠のせい。
わざわざ俺を痛めつけるためだけに、ネフィリアが危険にさらされたのか?
「あぁ、美しいですねぇ」
そう言って俺の見ている前で。
ガンテはその太った指先でネフィリアの顎に手をかけた。
「皇帝の美姫は、公爵家長男のこの俺こそが伴侶にするにふさわしい」
「い、やっ…………!」
滅多に弱音を吐かないネフィリア、初めて俺に見せる表情。
助けを求める、表情────
「俺のネフィリアに触るんじゃねぇ、カスがっ!!」
体にまとわりついていた痺れなんて、構うものか。
俺は怒りのまま、ガンテの頬面めがけて殴り飛ばした。吹き飛んだガンテは、勢いよく木の幹に激突。大量の地を吐き出して沈黙した。
「はぁ…………はぁ…………っ」
そして、また運の悪いことに。
洞窟の中にいたはずのミノタウロスが、崖の下からこっちを見上げていた。
怒りの咆哮をあげて、ドンドンッと壁を殴っている。
登ってきそうな勢いだ。
「が、ガンテ様が用意したミノタウロスだ……」
「んだとぉ!!? 詳しく事情を説明しろ!!」
取り巻きの少年の胸ぐらを掴んで、俺は唾がかかるくらい顔を近づけた。
相手は顔を真っ青にしている。
「お、俺だって本気だと思わなかったんだ!! ちょっと痛い目を合わせるだけって! ま、まさか、あんな化け物……」
「なんで公爵家がミノタウロス飼ってんだよ!!」
「俺だって知らないよぉ!」
「クソがっ!」
思い切り胸ぐらを放して、取り巻きの二人をにらみつける。
「俺に殺されたくなかったら、さっさとあのクソキモいデブを連れてペトラディカ教官を呼んでこい!!」
「は、はぃぃいいいいい!!」
正直、ネフィリアに手を出そうとしたガンテは許せない。
殺してやりたいくらい憎い。
だが、殺せば一発退学……それどころか死刑もありえる。二度とネフィリアの隣に立つことは出来ない。それだけは絶対に嫌だ。
「ネフィリア、大丈夫か!?」
うずくまっているネフィリアを抱き起こす。
まだ痺れは残っているようだが、ちゃんと息も出来てるし、手足も動いている。
心配はいらなそうだ。
「おまえはまだここにいろ」
「あなた、は……?」
「俺は、ペトラディカ教官が来るまで、あのミノタウロスが崖を登ってこないように相手をする」
「ミノタウロス相手に一人でですか!? 無謀すぎます!! しかも、暗くてほとんど見えていないのに!!」
「大丈夫、死なないように立ち回るから。俺、入試の実技は一位だったんだぜ?」
「……そ、んなこと言ったって」
「じゃあ、ちょっくら行ってくらぁ!!」
「オルヴィ!!」
ネフィリアの声に背を向けて、俺は暗い崖を飛び降りた。
びちゃんっ、と川の水が俺の足にまとわりつく。
浅いかと思っていたが、膝くらいはある。
俺は、目の前に立ちはだかるミノタウロスを見上げた。
ミノタウロスはかなりお怒りのご様子。
怒りの咆哮をあげながら、足で地面を叩きつける。
重みのある地響きが聞こえた次の瞬間、巨大な野太刀が俺の目前にまで迫っていた。
頭を下げる動作で回避し、その勢いで地面を踏み抜いて特攻。
すれ違いざまに横腹を裂くと、ヤツが呻いた。
「ダメです! ミノタウロスは首を狙わないと無限に回復します!」
「バカ、顔を出すな!!!!」
ミノタウロスの視線が、崖の上にいるネフィリアへ。
腹を震わせるような重低音の咆哮とともに、ミノタウロスが腕を振り回す。
何をする気だ!?
恐れていたことに、奴は持っていた野太刀をネフィリアがいる場所めがけて投げ飛ばした。
巨人の膂力が爆発的な加速を生み、大きな音を立てて野太刀が地面に突き刺さる。その衝撃で、湿り気帯びていた崖の一部が崩落した。
──ネフィリアとともに。
「ネフィリアぁぁあああ!!」
彼女は、暗くて冷たい川に沈んだ。
ミノタウロスなど構っていられるものか。
俺はすぐにネフィリアを助けに向かった。でも、運悪く彼女が沈んだ場所は深かった。痺れの残ったあの体で、こんな暗い川に落ちたら溺れて死んでしまう──
「いやだ」
水。大量の水。車窓に叩きつけるような大雨が、俺達を絶望のどん底に落とし込んでいく。どんどん水が入ってくる車内。凍えるような寒さが、夏のTシャツ姿に痛いほど染みていく。ドアを開けようとする。でも開かない。あぁ、なんで!! なんでドアが開かないんだ!? 俺達はただキャンプに来ただけなのに。どうしよう、水が!! こわい、怖い怖い怖い!!
『大丈夫だよ』
何が大丈夫なものか!! 結婚したばっかりっていうのに!!
こんなところで!!
『大丈夫だよ、あなた』
死んでたまるか、紗絵!!!!
「ぷふぁあ!! ……はぁ……はぁ!!」
「ネフィリア!!」
なんとか水底からネフィリアを引きずりあげ、川岸まで運んで横たわらせる。
少し水を飲んだようだけど、何とか大丈夫そう。
「……珍しい、顔をするのですね」
「当たり前だろ。俺はもう、二度と好きな人に死なれたくないんだよ」
目を丸くしているネフィリアの肩を軽く叩いて、俺は。
俺は再び、ミノタウロスに向き直った。
腰から剣を抜き去る。
「俺は今度こそ、愛する女を守ってみせる!!
てめぇなんか、牛丼にして食ってやらぁボケが!!」
「ぐぉぉおおおおおおおっ!!」
雄叫びとともに疾走を開始する。
ミノタウロスの右ストレートを躱して、最大火力の大太刀回りを叩き込む。一、二……計八連撃でなしえる奥義が、見事にミノタウロスの腹をかっさばいた。
「おらぁぁあああ!!」
最後の九連撃目が、ミノタウロスの首を真っ二つにする。
倒れていく巨体。
「はぁ……はぁ……」
◇
あのあと、遅れてやってきたペトラディカ教官に心配された。ついでにビンタもされたんだけど。
子ども一人でミノタウロスに立ち向かうバカがどこにいるんですかって。
まぁ、嬉しいよ。心配されたんだからすっごい嬉しい。
でもさぁ、さすがにみんなの前で抱きしめられるのは恥ずかったかな。まぁ、ペトラディカ教官って孫がいるらしいから、おんなじ目で見たんだろうけど。
そういえば、ネフィリアを助け出そうとしたとき、俺はどうやら《天賦超越》を発動させていたらしい。
前世の死ぬ際の瞬間と、ネフィリアが溺れそうになっていたその瞬間が重なって起きたようだった。
しかも、ただの経験値の倍加効果ではない。
今回はフルステータスが一気に二倍以上になった。
だから、あんなすっごい動きでミノタウロスに勝てたのだ。
そうそう、忘れそうだったけど、俺のネフィリアに手をかけようとしたガンテ。退学処分になったらしい。
同時に親がやっていた不正とか魔獣売買とかもバレたらしくて、公爵家はてんやわんやしているそう。
ま、俺には関係ないけど。
だって俺には、超絶可愛いネフィリアという女の子が!
「どうしたんですか? にやにやして」
「に、にやにやなんてしてないぞ! こ、これはその、あれだ、頬を鍛える運動だ!」
「オルヴィって、嘘吐くの下手ですよね」
くすくす笑うネフィリア。
くそぅ、やっぱり勝てない。
「あと、あのときの返事ですけど」
「え? あのとき?」
「ほら、好きな人に死なれたくないとか、かっこつけてたじゃないですか」
「あ…………」
そうだった俺、勢い余ってネフィリアに告白してたんだ…………。
忘れてたぁ。
もっと一緒に過ごしてから告白しようと思ってたのに。
「私と、付き合ってくれませんか?」
「そうだよな、さすがにあんな言われ方したら引く…………あんだって?」
「だから、付き合ってください。私と」
まさか。
あのネフィリアが、自分から…………。
「私じゃ不満、ですか?」
「全然全然全然全然!!!」
「良かったです」
あぁ、ダメだ。
やっぱり、泣きそう。
だってこれを言われるために、今まで死ぬ気で頑張ってきたようなものだから。
「でも、皇帝の娘の彼氏は大変ですよ? 学年一位になっても、大変なんですから」
「そ、そうだった。…………でも、頑張る!!」
宣言した俺に、ネフィリアが笑いかける。
明日から頑張ろう、と。
俺は、思った。
お読みいただきましてありがとうござます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
もし「面白かった!!」「もっと読みたい!!」という思いが少しでもございましたら、下の☆☆☆☆☆を押して応援していただければ嬉しくて飛び跳ねて喜びます。
それでは。