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6. 一人の少女とEXランク

 いつも通りの喧騒が響き渡る地下酒場ファリス。

 そこに再び集められた俺とベルクリフは、カルラに促されるがままカウンターの席へと腰を下ろした。


「はい、これが今回の報酬」

「……おお!!」

 

 思わず声を上げる俺たち。

 目の前にはカルラから差し出された麻布の袋。

 そこには、


「金貨一枚に銀貨五枚……!」

「……こいつぁ、とんでもないな」


 袋の中で光り輝く二種の貨幣。

 久方ぶりの煌めきに思わず心が躍る。

 

 これで半年は食っていけるだろう。それどころか、その間酒場で飲み歩き続けることもできるほどの金額だ。


「ほんと、今回の処理には苦労したのよ? ミノタウロスの首じゃなかったら罰金と出入り禁止もあり得たのに。私もようやくここのマスターを説得して二人の量刑をなくしたんだから」


 はぁ、とカルラはため息を吐き頬杖をつく。

 その目には大層なクマができていて、事態の重大さが窺い知れる。

 それを横目に報酬で騒ぐことは憚られてしまい、麻袋へ伸ばした手を戻す。


「……反省してる。新入りの俺が勝手な行動をしてしまったのがいけなかった」


 今回の件に関しては、完全に俺の独断だった。

 生き死にが関わっているとは言え、自分の所属しているチームの掟を破るのは御法度だ。ギルドマスターであった俺がそれを一番理解していたつもりだったが、一時の感情に揺さぶられてしまった。


「いや、監督役の俺にも責がある。冷静な判断ができていたらこんなことにはならなかった」


 しおらしくなっているのか、隣に座っていたベルクリフはアンニュイな表情を浮かべて俯き続けている。

 何故か、その姿をみると無性に腹立たしくなる。


「いや、違う。俺があの時自分を抑え切れればこんなことにはならなかった」

「違うな、ゼノン。これは全部俺の責任だ。ルーキーであるお前が気負う話じゃない」

「……ふざけんなよ。お前だけで責任全部背負い込もうとするのは許さねえ」


「はいはい。終わったことをいつまでも話しても仕方ないでしょ?」


 重苦しい場を嫌ったカルラがパチンと両手を叩く。


「でも、俺らがあんな行動取らなければカルラは……」

「『でも』じゃない」


 俺たちの言葉をカルラはキッパリと切り捨てた。


「私としてはあのまま二人が放っておいて街が荒らされてしまう方が嫌なの。あなた達が取った行動はバウンティハンターとしては御法度、でも立ち向かったからこそ守られた命があるってことを肝に命じておいてね」

「カルラ……」

「しゃんとしてて。そんなんじゃファリスのハンターは務まらないんだから」


 カラッとした笑顔を振りまくカルラ。今の彼女は俺たちにとって救世主のように見えた。

 この責任論は全てカルラへの申し訳なさから来ている。そんな彼女から許しを得れた俺たちの心は、幾分か救われたのだった。


「……ありがとう。おかげで気が楽になった」

「すまん、カルラ。お前に責任全部ふっかけてしまって」

「良いの良いの。マスターも納得してくれたし、二人へのプレゼントも預かってるのよ」

「プレゼント……?」


 声を揃えて訝しむ俺たちに、カルラはある一枚のカードをそれぞれに手渡した。

 それは見たことのある装飾が施された、小さな名刺のようで────


「────ライセンス!」

「預かり物だもの。仮処分で迷惑かけたでしょうから、その分のおまけもついてるわよ」

「……嘘だろ。俺が『B』なのか?」


 隣のベルクリフはライセンスを持つ手を震わせながらポツリと呟いた。


「そう。先の功績からベルクリフさんはBにランクアップよ」

「有り難え。これでようやく故郷の家族にまともな仕送りができる……」


 ベルクリフは嬉しそうにライセンスを見つめる。

 その姿はあくせく働く良い父親のようで少し微笑ましい。


「その為にもガンガン働いて貰わないとね。Bランクは強敵ばかりよ?」

「……勿論、そのつもりだぜ」


 カルラの檄にベルクリフはにぃ、と口元を上げ親指を立てる。


 さっきまでの重苦しい雰囲気は吹き飛び、晴々とした空気が広がっていく。その喜びようを見て、俺も釣られて顔を綻ばせた。


「お前、辞めるって言ってなかったか?」

「……ふん、辞める訳にはいかねえよ。ようやく家族を養える金を貰えるようになったんだ。いくら危険だって言っても家族の為なら命くらい賭けてやる」


 ベルクリフは力一杯に握り拳を作り、その報酬を眺めている。もう、昔のような血走った眼ではない。

 危ない橋を渡っている自覚は持ち合わせているようだった。


 安堵の息を吐き、返して貰ったライセンスに目を落とす。


 するとそこには、


「……『EX』?」


 EでもDでもない、それどころか通常のランクに当てはまらない文字がそこには大きく印字されていた。


「なんと、マスターからのご意向でゼノンさんは新しくEXランクに昇進することになりました!」


 いぇい、と大きく跳ねながら喜ぶカルラに俺たちは全くついていけなかった。


「……あの、EXって何? どんなランクか想像つかないんだけども」


 疑問をぶつけられたカルラさんはピタリと動きを止め、元いたカウンターへと向き直った。

 どうやらナチュラルに説明し忘れていたようだった。


「……こほん。えー、この度のミノタウロス討伐でゼノンさんはEランク、それどころかCやB、Aに匹敵する実力を秘めていることが判明しました。そこでその実力をうまく反映する為に新しいランクを創設したのが、このEXランクです」


 よほど恥ずかしかったのか、少し赤面しながらカルラは淡々と説明を続ける。


「簡単に言えばEXランクは条件付きで『Aランク以下全て』の賞金首を狙うことができます。勿論、その報酬もランクに応じたものが支払われます」

「な────────」


 驚きのあまり、空いた口が塞がらなかった。


 飛び級どころか、一気にAランクの賞金首を狙えるランクまで駆け上がるとは予想していなかった。

 隣のベルクリフも同じ感想を持ったからか、同様に口をぽかん、と開け続けている。


「……なら、今すぐAランクの賞金首を────」

「────ただし、必ずそのランク帯の人を一人以上の同行が条件です」


 俺の楽観的思想は虚しく、カルラの一言でその夢は潰えた。

 少し考えれば分かることだ。一人でどこへでも行けるならAランクとほぼ同義になってしまう。


「……同行、ということはゼノンも『パーティ』を作れるようにはなっているのか」

「勿論、ゼノンさんもパーティ制度を利用することができるようになってるわ」

「パーティ……?」


 ベルクリフとカルラの会話の中のパーティ、という語句が引っかかった。


「パーティ制度だ。Cランク以上は強敵が増えるから複数人で討伐しにいくことも増えるんだよ」

「そうそう。それに複数人での討伐報酬も設定されてて、パーティ制度を使えば、報酬の量は少し減っちゃうけど分け前で揉めるようなことはなくなるの」


 最初は戸惑ったが、二人の説明を聞いてようやく理解した。妙に馴染みがあると思っていたら、この制度はギルドでも利用されていた。この地下酒場のルールがギルドとよく似ていたことを思い出す。


「どう、理解できた?」

「ああ。要はギルドと同じようなものなんだろ」

「察しが良いな。だからここはギルドと同じように酒場になってるんだ。酔っ払ってた方が人に話しかけやすいからな」


 笑顔を見せながら、ベルクリフは後ろの人の熱気に溢れた空間を指差す。


 それを見た俺は少しだけ昔を思い出した。

 かつてBランクのギルドにいた頃、初対面同士でクエストを受ける楽しさを知った俺は挙ってパーティを募っていた。初めて組むからこそ足並みが揃わず、初めて組むからこそ自分の強みが見えてくる。


 それでも、重要なクエストを受ける時ははいつだって、信頼できる仲間と行っていた。


「……ん? どうした」


 隣にいるベルクリフへと顔を向ける。


 今の俺にとってこいつは『信頼できる仲間』だ。もしヴァンパイア絡みの賞金首を狙うのなら、俺は────


「言っとくが、お前とはパーティを組む気にはならん」

「……え?」


 言葉の全てを伝え切る前に、ベルクリフは俺の頼みを断った。


「俺はお前みたいに強くはない。この力も、もっと鍛え上げなければお前についていけねえよ」

「なっ……お前は十分に────」

「俺はまだ弱い。ミノタウロスと対峙した時に半泣きになって諦めてた俺が強いわけがねえ」


 頬杖を突き、どこか遠くを見る眼をするベルクリフ。


「確かにあの時はそうだったけど、お前の助けがなきゃ俺は死んでたかもしれねえのに!」

「そうだな。でも、あの時の俺はお前の檄がなきゃ、あそこからてこでも動かなかったと思うぜ」


 冷静に、そして真面目な顔であいつは俺の顔を見つめる。


「で、でも……」

「気休めは良い。俺は弱いんだ。檄を飛ばされて俺も戦う気持ちが湧いたが、結局はミノタウロスの右脚に必死にしがみついただけ。お前の隣に立つには、脚にしがみつくだけじゃきっと足りねえ」


 恐らく、ベルクリフの気持ちは固い。例えどれほどの金を積もうとも自分の心算を変えることはないだろう。


「お前が俺を買ってくれるのは嬉しい。だが、俺は強くなれるまでお前とはパーティを組まない」

「…………そうか」


 その真っ直ぐな気持ちを、今の俺はへし折ることはできなかった。


「……分かってくれたか。だから今はお前の実力に見合ったやつを見つけてこい。いつかその時が来たら、お前の作ったパーティに俺を入れてくれ」


 いつになく優しげな表情を浮かべながら、ベルクリフは俺の勧誘を断った。


 ……その優しさに腹が立つ。ベルクリフにしてやられた気がしてならない。いつものように貶して俺の誘いを断ってくれるならまだ良かった。

 だがこうにも、感傷的な気持ちに浸されるのが嫌で嫌で仕方なくて────


「な────、おい!」


 手元にあった報酬金を全てベルクリフへと投げ、勢いそのままに俺は席を立つ。


「この金どうすんだ!」

「預けておく。お前が強くなったらそれ全部返して貰うからな!」


 背中にベルクリフの声が聞こえてくるが全て無視だ。

 こうでもして貸しを作っておかないと気が済まない。してやられるだけはゴメンだ。


「お前金ないんじゃないのか!」

「大丈夫だ。俺はお前とは違って、今から一足先に稼がせて貰うからな!」


 苦し紛れの皮肉を吐き捨てて、俺は酒場の人混みに紛れていく。赤面の酔っ払いを必死に掻き分けながらその中心を目指す。


 パーティを作るのは掲示板が常識だが、生憎そんな時間をかける暇はない。口頭で伝えるのが一番早い。

 幸い二日前の騒動で俺の顔は皆に知られている。しかも、そこそこ強いという情報も添えられて。


 だからこそ────


「俺とパーティ組むやついねぇか!!」


 腹から出した全力の声が酒場全体に響き渡る。人の上に立つ仕事ばかりをやっていたからか、俺の声は特別に通るらしい。


 しんと途端に一帯が静まる。

 しかし、俺の顔を見た奴らはひそひそと隣の奴らと話をし始めた。


「……おい。あいつってまさか」

「ミノタウロスの首取ったルーキーじゃねえか?」

「パーティ組めるってことはCランク以上まで飛び級したのかよ」

「ねぇ、あの人何?」

「俺も信じられんが、ミノタウロスを一人で殺った新入りらしいぜ」


 掴みは上々。俺のことを知ってる奴が知らない奴に情報を流してくれている。それどころか噂に尾鰭もついて来ている。そっちの方が都合が良い。


 ならば次の一手だ。


「今の俺は事情があってAランク以下の首全部狩れるようになっている! だから誰でも良い! 俺とパーティ組みたい奴はいねぇか!」


 もう一つ、大きな声を響かせる。


 ────その瞬間、俺の周りに人の壁が出来上がった。


「なぁ、俺の所来てくれ! Bランクなんだが少し手間取ってるんだ!」

「Bは引っ込んでろ! Aランクパーティに入れた方があいつも嬉しいに決まってる!」

「んだとおらぁ!」

「ねぇ、私たちのところに来て? Cランクなんだけどちょっと敵が強すぎて……」

「女は黙ってろ! なあ、俺らの所だったら歯応えある首ばかり狩れるぜ!」

「はぁ? ちょっと何抜け駆けしてんの!」


 十人十色。さまざまな人が俺の周りを囲い、我先にとパーティの勧誘をしてくる。中には小競り合いも起きているようで、血走った目をした奴らもちらほら見える。

 それも仕方ない。実力が未知数の新人に勧誘を仕掛けないパーティはいないだろう。早めの内に手駒にしてランクアップを目指すのは常識だ。


 ……そろそろ集まって来た頃か。でかい騒ぎになってカルラの雷が落ちる前に、手早く()()()()をしなければ。


「一つ条件がある!」

「なんだ言ってみろ!」

「金か、女か!?」

「パーティの人数か!?」

「パーティのランクか!?」


 条件の定時でより一層に騒ぎ立つ人々。

 ここで希望のものを言えば手に入るだろうが、そんなものはどうでもいいし興味すら湧かない。


 今の俺がここに入った理由はただ一つだ。



「────()()()()()()の首を本気で狙ってるパーティがいるなら手を挙げろ!!」


 その瞬間、酒場の雰囲気はピキリ、と凍りついた。


 噂話でしかないヴァンパイアの復活。Sランクでも苦戦した魔族を本気で狙うということは命をも顧みない、その志を秘めていることだ。

 何かしらの執着のある人でなければ奴らを狩ろうとは思わないだろう。


 当然の如く、誰も手を挙げずに人の壁は崩れていく。

 それで良い。中途半端な気持ちで狙っているとは言って欲しくない。二組、いや一組でも残れば御の字、だったが────


「ダメ、か」


 俺の周りには、誰一人として残ってはいなかった。

 集まっていた人集りはいつの間にか消え去り、辺りは何もなかったかのようにいつもの喧騒を取り戻している。


「仕方ない。日を改めよう……」


 ベルクリフにパーティを集めると啖呵を切って出た手前、おめおめと帰るのは腹立たしいがこのまま晒し者にされるのも避けたい所。

 しかし、今日のところは帰るしかない。

 ため息を吐きながら出口へと向かおうとしたその時、



「────────お前か」



「……ん?」


 声がした気がする。

 しかし、辺りを見回すも誰も残ってはいない。


「……はぁ、もう少し目線を下げろ」

「目線を下げ────────ろ?」


 目の前には、凛として立つ一人の少女がいた。


 どこか見たことのある顔立ち。薄い白肌に艶のあるショートの黒髪、身長は俺の肩ほどで奇妙な服装をしている彼女。

 ……そうだ。ちょうど二日前、イザリアの街で出会ったあの子だ。

 

「……あいつがパーティに誘うなんて初めてじゃないか?」

「ああ。見たことねえよあんな光景……」


 周りからもひそひそと声が聞こえてくる。あの時も酒場にいて、そして他のハンターに認知されていることから、どうやらここで仕事をしているのは間違いない。


 尚更に俺の前に立っていたのかが気になる。あの日からこいつのことが頭から離れなかった。


「……お前、なんであの時俺に」

「お前、本気で首を取ろうとしてるんだな?」


 被せるようにして質問を切り返される。その碧の瞳に気圧されて俺は少しだけたじろいでしまう。そもそも、ここは年端のいかない女の子がいていい場所じゃない。魔獣を狩れる力があってこの場に立っている。

 普通の女の子として接する方がおかしいのだろう。


「……ああ。その通りだ」

「ふーん……」


 少し声を落とした俺の返答を聞いた彼女は訝しげな表情を浮かべる。


「その身なり、金に眼がくらんだのじゃないのか」

「身なりなんてどうでもいい。必要なのは力だけだ」

「本当に狩れると思って募集したのか?」

「当たり前だ。じゃなきゃ募集してない」

「根拠のない自信は嫌いだ。何か証拠を見せろ」

「ミノタウロスの首はどうだ。Aは固いだろう」


 問答が酒場に響く。彼女の問いに間髪入れずに答えを出す。事情や実力はどうあれ、俺の募集に反応したあの子は間違いなくAランク以上だ。忌避されているヴァンパイア討伐に協力してくれなければ俺は土俵にすら立てない。この機を逃がすわけにはいかないのだ。


 しかし少女はあきれ顔を浮かべている。いかにも信用ができない、そう思っているかのよう。

 その証拠に一つ、ため息を吐いた。


「……いくらお前がここで強くても仕方ない。あいつらは規格外の強さがある。どれだけ強くても出会ったら何もできずに殺されるなんて当たり前だ」


 幼い見た目からは想像できないほどの冷静さ、そして強さの本質を見抜く洞察力。彼女は紛れもなく、戦場を駆け抜けた俺と同じ舞台立つ一人の戦士であった。


「ここにいる奴らは死ぬことについて考えてもいない。どうせ自分が勝つ、だなんて考えてしまうドロドロに腐った脳味噌しか持ってない雑魚ばかりだ。死の境地に至ったことのない有象無象が、魔獣を従える最強の魔族に通用する訳がない」


 少女の言はやけに重かった。

 それはある種の忠告のようで、優しい棘の入った言葉が俺の元へと投げかけられてくる。


「もう一度問う。お前は本気であいつらの首を取ろうとしているのか? 今までのお前の全てを捨ててまでも、あいつらと相対する気概が本当に────」

「ある。俺はあいつらを殺すために今まで剣を振るってきたんだ」


 被せるようにして、俺は答えを告げた。

 そしておもむろに、背中の大剣の剣身を少女へと見せつける。所々に錆が散見される鋼には、隠せないほどの大量の血痕があった。

 目の前の彼女は、息を飲むようにしてその大剣を見つめ続けていた。


「かつて俺は全てを捧げてきた。そして全てを失った。あいつらに奪われたものを、俺は命を懸けて取り返したいんだ」


 その言葉に嘘偽りなどない。沢山の仲間を奪われ、ギルドを奪われ、そして今平和も奪われかねない状況にいる。ヴァンパイアを殺せなければ俺は死んでも死にきれない。俺の背中には道半ばで散った数多の英霊が宿っている。


「ヴァンパイアを殺せるならなんだって良い。どんな屈辱的なことでもやってやる」

「……命を、生涯を()()()までか?」

「ああ。全部くれてやる」


 そう、全部だ。手も足も頭も内臓もプライドも栄光も未来も、ヴァンパイア殺しに繋がるのであれば、全て投げ捨てる準備はとっくのとうにできている。

 あいつらがいる未来なんて、想像できるわけがない。


「……そうか」


 俺の言葉を信用してくれたのか、少女の訝しげな顔はいつの間にか消え去っていた。少し綻ばせた顔には年相応の可愛げが帯びていて若干の愛おしさもある。


 そんな年頃の乙女は、あろうことか────


「──────へ?」


 俺の身体へと顔を埋めて来た。


「ぁっ、その、ごめん、えっと……」


 思わず手を上げて困惑する。

 周囲の人も、少しだけ変わった眼差しをこちらに向けてくる。

 にも関わらず少女は俺の身体に顔を埋め、何かの匂いを嗅ぎ続けている。


 力づくで引き剥がすこともできるが、なまじその子が華奢な少女でどうも手を上げ辛い。ただただ俺は、身の潔白を証明するために両手を上げて棒立ちでいるしかなかった。


 しばらくすると少女は顔を上げ、改めてこちらへと向き直る。


 すると、


「お前、合格」

「……えっ?」


 突然の合格通知。

 それとともに少女は右手を差し出して来た。


「私はテン。よろしく頼む」

「……あ、あのもしかしてパーティ組んでくれるの?」


 戸惑う俺の質問に、テンはコクリと頷く。

 どうやらさっきの行為は何かの試験だったようだ。


 今の俺は状況が上手くつかめずにいたが、差し出された手を放っておくわけにはいかずにテンの手を握る。


 その手は何故か、少しだけ冷んやりしていた。

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