5. 二つの首と歓喜の宴
「……おい、あいつの持ってる首デカくないか?」
「しかも見ねえ顔だ。新入りか?」
「馬鹿言え。Eランクがあんなデカい首持ってくるわけがねえだろ」
「じゃあ、隣のベルクリフが狩ってきたんじゃないか?」
仕事を終えて地下酒場へと首を持ってきた俺とベルクリフは何やら数奇な目で迎えられた。
いつもの喧騒は何処へ行ったのか、少し騒つく程度になってしまっている。
その理由はとっくに分かっている。
俺が持つ巨大な頭が、皆の注目の的になってしまっているのだ。
「……しかし、本当にあれがミノタウロスなのか? 布に包まれてよく見えないんだが。」
「いや、あの突き出ている二槍の角はそうだろう。Aランクの俺でも滅多にお目にかかれない代物だが」
「だとしたら狩った奴はAランク以上なのか……?」
「でも、噂によるとあいつルーキーらしいぜ」
「嘘だろ!?」
さまざまな憶測が一帯に飛び交う。
前までは受付までは人を掻き分けて進まないといけなかったが、今は何故か道ができている。
余程異常事態なのか、隣にいるベルクリフも「こんなことあるのか……」と呟き続けている。
色んな人の視線を一身に受けながら、俺はカウンターへと二つの首を置いた。
「……一つは賞金首のイノシシなのは分かりますが、もう一つの首は……?」
布に包まれた大きな首を目の前にし、流石のカルラも動揺していた。
「なになに?」と騒ぎを聞きつけたミーナも奥から駆け寄ってくる。それに釣られて、案内所へ他の人も殺到してきた。
俺とベルクリフの周りには人の壁がいつの間にか作られていた。
騒然とする最中、俺はその布を解いた。
「────────ミノタウロス」
カルラは信じられないような顔付きでその首の主の名を答えた。
「……ウチにミノタウロスの手配書なんて来てないのに」
「嘘!? 誰がこんなの狩ってきたの!?」
隣にいたミーナも驚いた表情を浮かべながら、俺たちに問いかける。
「……俺と、ベルクリフ」
「えっ、二人のランクは……?」
「────Cと、E」
その瞬間、周囲の人の壁が一斉に湧き出した。
「すげぇなおい! お前なんて名前だ?」
「その背中の大剣で斬ったのか!?」
「祝杯を上げるぞ! 坊主の分は俺が奢ってやるからな!」
「とんでもないルーキーが来たな!」
「やるじゃねえかベルクリフ!」
「ランク昇格すんじゃねえの!?」
「見直したぜお前!!」
言葉が辺りを錯綜し、思わず耳を塞ぐ。
EランクがAランクの首を取ったことの異常さは帰り道にベルクリフから散々聞かされたのだが。
「一体どこのギルドにいたんだ!?」
「ランクも飛び級で昇格するかもな!」
「今日は朝まで呑むぞ!」
「サイコーだな、お前ら!!」
耳を塞いでも言葉の嵐は止まらず、あろうことか更に唸りを上げて勢いを増す。
俺たちの功績を称してか、あちこちから乾杯する音すらもが聞こえてくる。
「離れなさい!」と叫ぶカルラの声も届かず、人は俺たちの周りを囲い続けて酒を呑む。
ここはもう、無法地帯となっていた。
────それからと言うものの。
鬼の形相となったカルラがその場を押さえこみ、俺とベルクリフはライセンスの没収と帰宅の指示を出された。
カルラ曰く、「手配書にない高ランクの魔獣の査定は初めて」らしい。
本来、賞金を掛けられていない、または受注していない首を取ってきた場合は一ヶ月の出入り禁止と罰金刑が科される。誤った殺しと獲物の横取りを防ぐためだ。
しかし、ミノタウロスはB-Aランクの首であり、確実に人に悪影響を及ぼしかねない危険な魔獣である。
今回の狩猟を誤った殺しと断定することはできない。
それ故、二人の処分と報酬の査定に手間取ると予想したカルラは俺たちを家へと帰らせ、処分の保留からライセンスは一時預かりの形を取った、とベルクリフは帰り路に予想していた。
そして処分が決まるまでおよそ二日間、俺とベルクリフは酒場に脚を踏み入れることができずにいた────