ただし、待った無し。
どうして。
ねぇ神様、どうして、私は、誠二に抱きしめられてるんでしょうか。
「せ、誠二」
「何」
誠二の低くも無く、高くも無い声が耳元で聞こえた。
あぁ、どうしよう。
胸がどきどきする。
好きな人から抱き締められて、喜ばない人間なんているのかな。
誠二に心臓の音が聞こえてないか、ちょっと不安になる。
ずっとずっと気付かれまいとひた隠しにしてきたこの想い。
誠二はとてもかっこいい。
けど、無愛想なところがあって、クラスの男子みたいにバカ騒ぎするタイプじゃない。
頭も良くて、常識があって、17にしては大人びている。
そしてちょっとサディストなとこある、毒舌家だ。
でも、人を認めるときは認めるし、褒めるところはちゃんと褒める。
それに人に毒を吐くのは誠二なりの愛情表現みたいなもので
本当に嫌いな人とは会話すらしない。
だから、男の子達からも女の子達からも、嫌われないし孤立しない。
むしろ好かれてる。
女の子から告白されてることがよくあって、美人な子や可愛い子からも告白されてた。
いつも面倒臭そうにまたか、って呟いて断っていた。
私は、彼と接するうちに彼のことを好きになっていた。
無愛想なのに、なぜか。
誠二に告白した女の子同様、好きになっていた。
でも私はよくヘマをやらかしたりどこか抜けている。
いわゆるドジっ娘ってやつらしい(友達談)。
故に誠二からもかなり毒を吐かれていた。
忘れ物をすると「馬鹿か・・・」、
テストの点が悪いと「馬鹿すぎて哀れになってくる」とか言ってくるのだ。
嫌われてはいないんだろうけど、きっと彼から呆れられている。
だからそんな私の気持ちはきっと誠二にとって迷惑でしかないんだろう。
むしろ、誠二に告白してきた女の子たちのように面倒臭がられるのがオチだ。
「あの、どうしてこんな状況に、なってるの?」
「人間の本能、自然界の摂理により」
さらっと答えられた。
どうしよう、意味がまったくわからない。
一瞬訪れた沈黙。
触れ合う体から伝わる誠二の体温。
どこかで聞こえた朝練の野球部のかけ声。
たまにはと朝早く学校にきて、
何気なく屋上に行ったらたまたま誠二がいて、そしたらこれだ。
「えっと、とりあえず離れて?」
「嫌」
二文字で返された。
どうしたら、いいのかなんてわからない。
好きな人に抱きしめられてるこの状況はどんと来いなんだけれど、
恋人同士でもないのにどうして急に。
私のこと、どう思ってるの?
それが聞きたい。でも聞けない。
だから、あえて遠まわしで聞いてみたのに。
本能とか摂理とか言われても。
「どうして、抱きしめてるの?」
もっと詳しく理由をお願い、と言うと誠二は私の肩を掴み、すこし離れた。
その顔は驚きの表情で、こんな顔の誠二、滅多に見れないから得をした気分になる。
「・・・なんで、理解できないの」
少し不機嫌気味に誠二は呟いた。
なんで不機嫌になってるんだろう、この人は。
彼の鋭い眼光は私を射る。
なんでといわれてもこっちがなんでと聞きたい。
なんで、抱きしめたりするの。
なんで、不機嫌なの。
なんで、そんな目で私を見るの。
「そう言われても・・・」
「俺が、したかったから」
「・・・え?」
「俺がしたかったから抱きしめた」
どういうこと?
私を抱きしめたいと思ってたってこと?
じゃあなんでそう思ったの?
誠二から発せられたその言葉。
その言葉の含む意味に、思考がショートしそうになる。
同時に、収まりつつあった動悸がまた激しくなる。
「・・・それはどういう、」
「雪」
私の名前を呼んでから誠二はゆっくりと目を細めた。
「これだけ言ってもまだわからないなんて、ほんと馬鹿・・・」
彼はため息のような息をつくと離れていた顔を近づけて、私を覗き込むように見た。
女の私でも羨ましくなるような長い睫毛。
切れ長の黒い目。
やっぱり、彼は格好良い。
「雪が好き」
予想だにしなかった言葉に私は目を見開く。
きっと彼から見たら私は間抜けな表情をしていることだろう。
「雪が好きだから、俺」
「えぇっ!」
そんな、まさか、まさか。
誠二が、あの誠二が!
私をす、好きだなんて。まさか。
いや、まぁ嬉しい。嬉しいよ?
だって好きな人だもん。
でも、信じられないというか、何と言うか。
女の子からモテて(あきらかに私より美人で頭よさそうで性格も良い子だっていたのに)、
こんなに格好良い人が、こんな馬鹿よばわりしてる女を好きだなんて。
「雪」
「あっはい!」
「雪も俺のこと好きだろ」
え?なんて言った?コノ人。
私も誠二のことが好きなのは本当。
でも、なんでそれが誠二にバレている?
そんな私の気持ちを汲み取ったのか、誠二はフッと笑った。
(は、鼻で笑われた!)
「知ってるよ。俺のこと、いつも見てたことくらい」
バレてないと思ってたのに。
ずっと見てても誠二は何も言わなかったからバレてないと思ってたのに。
全部、知ってた上で、誠二は。
「で、返事は」
誠二はこういう人だ。
知ってても何もいわない。
だって聞かれなかったし、って言う人だ。
でも、私はそんな誠二に、恋してる。
「・・・好き」
誠二は僅かに笑って、私を抱き寄せた。
体に感じる誠二の体温が、すごく心地いい。
「雪」
名前を呼ばれたから素直に顔を上げると、途端に後頭部を掴まれた。
(えっなに?)
そう思う暇もなく、誠二の顔が近づいてきたから、
私は思わず反射的に誠二の体を押して、後ずさった。
「・・・・」
誠二はおとなしく立っていたけど、その顔は間違いなく不快を示している。
眉間には深い皺が刻まれていて、悪魔顔負けの不機嫌オーラを放っていた。
怒る一歩手前、といった感じだ。
誠二を怒らせると碌なことが無いからできれば怒らせたくない。
だって怒らせてしまうと暴力に訴えるようになる。
女の子だろうと誰であろうとそれは変わらない。
(だってちょっとサディストなとこがあるんだもん)
ごめん、と謝りたいところだったけど、謝ったら謝ったらで
なら最初から止めるなって怒り出すだろう。
「は、初めてだから、その、いきなりは」
私達は今さっき両思いになった。
っていうことは私と誠二は恋人同士になったんだろう、多分。
だからといっていきなりキスは早すぎる。
だいたい恋愛にすら慣れていない私には抱きしめあうことだって早い。
それを意識すると顔に熱が一気に集まった。
恥ずかしい。
「だ、だからお願い。今日は、止めよう?」
「分かった」
誠二は表情を緩めてから(といっても無表情だけど)私を離した。
不機嫌オーラから開放されて、私も少し気を緩めた。
「ただし雪」
ん?と誠二を見ると、その顔には今まで見たことの無い
いじわるそうな笑みが浮かんでいた。
「今日は止めとくけど、次は待ったなしだから」
誠二はそう言い残して屋上から去っていった。
ドアの閉まる音を聞きながら、私は火照った顔をおさえた。
動悸が激しい。胸が苦しい。
それも、心地のいい、幸せな苦しさ。
あぁ、神様。
私は予想以上に誠二が好きみたいです。
(ちょっ誠二!確かに待ったなしって言ってたけど早いよ、早い!付き合ってからまだ二日目だよ)
title:K8958
お題を借りてやってみました。
これからはこういう形式が増えると思います。