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閑話休題 1 ~ 学生会の盾

「……来ましたね」


 休憩中、エリス会長が不意に呟いた。

 一体、何が来るというのか。

 僕が身構えていると、教室の扉が開け放たれた。

 入ってきたのはエリス会長よりもさらに小柄な女子学生だった。


「一条先輩! ご無事ですか!」


 小柄なツインテールの女子学生はそう言うなり一条先輩の下へと走り寄った。


「桜庭さん、どうしたの?」


「どうしたもこうしたもないですよ! 会長に言われて来てみれば、何処の馬の骨とも知れない男子と一緒になって、絶対にダメです!」


 桜庭と呼ばれた女子学生が甲高い声で喚き散らす。

 酷く侮辱されているような気がする。

 しかし、いまいち状況が掴めていないせいか、僕はぼんやりと疑問を口にした。


「エリス会長、この子、誰ですか? どうしてこの子が来るって分かったんですか?」


「……動体センサ」


 エリス会長は机の下からミニモニターと接続したシングルボードコンピュータを取り出した。

 エリス会長が指差した方向を見ると、廊下の壁に小さなチップが貼り付けてある。

 どうやら動体センサで外の様子を監視し、動きがあれば手元のコンピュータに信号を送るようにしていたようだ。

 電子科の学生は、いつもこんなスパイのようなことをやっているのかと、僕は不審に思った。


「……この子はデザイン科一年、桜庭=サン。……学生会(サーカス)の会計」


「エリスちゃん。桜庭さんになんて言ったの?」


「……学生会諜報部(コントロール)からの緊急指令」


 エリス会長は桜庭へ送ったメールの内容をミニモニターに映し出した。

 "情報科二年の星宮を護衛せよ"。

 指令の文字は読めるが、内容は理解できない。


「……星宮=クン、貴方の周りに不穏な動きがあります。……一条=サンと星宮=クンを不心得な輩から守るために、桜庭=サンを呼びました」


「お心遣いには感謝しますけど、どうして不穏な動きが?」


 僕が首を傾げると、桜庭が僕を指差して叫んだ。


「あんたが一条先輩と付き合ってるって、学内で噂になってるからですよ!」


 桜庭は僕の机をばんばんと両手で叩いた。

 僕が引き気味で狼狽えているのも気にせず、桜庭は言葉を続けた。


「会長! こんな指令、私はやりませんよ! 護衛を付けたら、こいつが一条先輩と付き合ってるって既成事実化しちゃうじゃないですか!」


「……面白いでしょう、そのほうが」


 エリス会長の不敵な笑みに、桜庭は噛み付くように反論する。


「ダメですって! 一条先輩も言ってくださいよ! デザインセンスのない情報科の男子となんて付き合ってないって! そう明言すべきです!」


「別に付き合ってるとは言ってないけど、付き合わないとも限らないかも」


「絶対にダメです!」


 一条先輩の思わせぶりな口振りに、桜庭がぶんぶんと首を振る。

 いきなり出てきて無礼な言動を繰り返す後輩を諌めたいとも思ったが、なんとなく言葉が通じないような気がしたので、僕は黙っていた。


「とにかく、私の目の届かないところで、一条先輩にもしものことがあるなんてダメです! 一条先輩のことは私が守ります!」


「桜庭さんもそこまで言うなら、今から選択科目を世界史概論に変えれば? それで、私の代わりに桜庭さんが星宮君と付き合っていることにすればいいじゃない」


「え?」


「はい?」


 僕と桜庭は同時に間抜けな声を出した。

 桜庭は僕のほうを振り返り、信じられないというように、ぱくぱくと口を動かしている。


「わ、私がこいつと? 嫌です! 汚らわしい! それに、私にだって付き合ってる人くらい……」


 そう言って桜庭は目を伏せた。

 いないのか。

 しかし、こちらからも願い下げである。

 面倒なことがさらに増える予感しかしない。


「……一条=サンのプランを採用します。……作戦名はイミテーション・ゲーム作戦。……星宮=クンと桜庭=サンが付き合っている振りをします」


 エリス会長が僕の目を見つめる。


「……誰も予想していなかった人物が、誰も成し遂げなかった偉業を成し遂げることだってあるだろう」


 その言葉に、僕は目を剥いた。


「まさか、昼休みの会話を聞いてたんですか?」


「……学生会(サーカス)は風紀維持のために、公共の場で情報を収集します」


「まずは学生のプライバシーを尊重してください」


 その後は桜庭の文句を聞いているうちに、授業の時間が終わってしまった。

 エリス会長は僕と桜庭を引き寄せ、一緒に教室から出るように指図した。

 桜庭は抵抗する素振りを見せたが、やがて諦めて僕の隣に並んだ。

 全く面識のない、別に好きでもない相手とカップルにさせられるなんて、お互いに不服であることは明らかだ。

 しかし、一条先輩を守るためには仕方がないことだということも、僕と桜庭は理解していた。


 僕はエリス会長の指示通り、馴れ初めからまだ少ししか経っていない、ちょっと緊張気味のカップルを演じるため、桜庭と一緒に教室を出た。


「せ、先輩。え、駅前に新しいカフェが、できたみたいですよ」


「へ、へー。そうなんだ」


「こ、今度、行ってみませんか?」


「う、うん。そうだね」


「せ、先輩って、どんなものをよく飲まれるんですか?」


「む、麦茶、かな」


 桜庭は話題を振ろうとするが、社交性の低い僕では会話のラリーを続けられない。

 どうにもならないことに気付いた桜庭は、人差し指だけを僕の手に絡ませた。

 この状態であれば、見方によっては付き合っているともいえるかも知れない。


 廊下の向こうから早乙女が近づいてくるのが見えたので、僕はこれ見よがしに手を振って声をかけた。


「おーい!」


「星宮、あれ……。お前……」


 早乙女は僕と桜庭の姿を見ると愕然とした表情を浮かべて、僕から遠ざかっていった。

 そして、直後にスマホにメッセージが来た。

 "なんで他の子と付き合ってるって言わなかったんだよ"。

 この状況は付き合っているとも言わないのだが、少なくともエリス会長の目論見どおりには行っているようだ。

 新たな爆弾を抱えながら、僕は紋章学を続けることになったのだった。

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