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閑話休題 2 ~ 学生会諜報部

「星宮、お前今日も定時退社か?」


 一日の最後の授業後、早乙女がおちょくるように言う。

 僕は否定しなかった。


「やることがあるから」


「どうせ家に帰ってアニメかマンガかゲームじゃないの?」


「そりゃ……流行をキャッチアップしておくのは、今の若者に必要な技能だからね」


「彼女ができたってのに冴えないねえ」


「できたからだよ」


「デザイン科の女子にオタク趣味が通用するなら、俺たちにもチャンスがあるかもな」


 自嘲気味に言って、早乙女は他の学生たちの中に潜り込んでいった。


 帰宅部の僕は放課後に学内に残ることはない。

 大した用事もないのにと揶揄されることもあるが、家でやりたいことは大した用事のはずだ。

 ノートの貸し借りをしない僕にとって、一人で予習復習に励むことは、円滑な学生生活を送る上で必須の用事だった。

 それに、今日は一条先輩がまたしても僕の家を訪問するという連絡があった。

 そんなわけで、さっさと荷物をまとめて校門を出る。


 いつもと変わらない帰宅の途。

 人通りの多い駅前の広場で、僕は偶然、一条先輩を見つけた。

 彼女の周囲には見慣れない制服の男子学生たちがいる。


 ナンパか?

 僕は一条先輩の様子を人混みの中から伺った。

 笑みを浮かべながらも、やんわりと手を横に振る一条先輩。

 その態度は明らかに男子学生たちの誘いを拒否しているようにしか見えない。


 どうしたら良いだろうか。

 僕は迷った。

 一般的に考えれば、一条先輩に助け舟を出すべきだろう。

 しかし、ここは人目につき過ぎる。

 誰かに見られたら、要らぬ誤解を生じる恐れがある。

 僕の葛藤をよそに、見慣れぬ制服の男子たちは、じりじりとその輪を狭めて一条先輩に近づく。


「……一条=サンの帰宅ルートと時刻が漏れていたようですね」


「うっわ!」


 僕の背後に音もなくエリス会長が現れた。


「どういう意味ですか?」


「……一条=サンの部活は今日は活動日ではありません。……それを他校の学生が知っているというのはおかしな話」


「うーん。偶然のようにも思えますけど」


「……学生会(サーカス)の中に反会長派の二重スパイ(もぐら)がいると、私は見ています」


「そんな高度な情報戦の結果が今の状況ってことですか? 話がどんどん物騒な方向に行ってませんか?」


 僕たちが見ている前で、男子の一人が一条先輩の腕に手を伸ばした。

 その瞬間に、どこから湧いて出てきたのか、桜庭が男子に突進した。


「一条先輩! 遅いですよー! 最近できたカフェに案内してくれるって言ってたじゃないですかー! 早く行きましょうよー!」


 早口で捲し立てる桜庭の出現に、男子たちは呆気にとられている。

 桜庭に引っ張られ、一条先輩はあっという間に男子の輪から解放された。


「一応、聞いておきますけど、今のもエリス会長が手を回したんですよね?」


「……今回は助かりましたが、学生会諜報部(コントロール)総出で情報漏えいの原因を突き止めなければなりません。……一条=サンが星宮=クンの家に行くことを察知した者を特定しなければ」


「なんか気味悪いですね」


「……反会長派の筆頭は副会長の明智=クンです。……彼と通じていると思しき学生を洗い出します」


 そう言うと、エリス会長は影のように僕の傍から離れていった。

 そういえば会長派と反会長派が争っているのだということを僕は思い出した。

 両派閥の争いがどういうものか分からないが、反会長派は会長や周囲をスキャンダルに陥れたいということのようだ。


 なんだか物凄く面倒なことに巻き込まれつつあると僕は思ったが、何が起きているか分からない以上、それを避けることは難しい。

 とにかく事件が起きず、平穏無事に過ごせることを祈りながら、僕は帰宅することになった。

 結局、その日、一条先輩は来なかった。

 彼女が語るはずだった紋章の猛獣たち、そして怪物について、僕は空想を膨らませるしかなかった。


 翌日、学生の少ない早朝に、僕はエリス会長に学生会室に呼び出された。

 学生会室では一人、いつになく神妙な面持ちのエリス会長が待っていた。


「……先に謝っておきます、星宮=クン」


「何をですか?」


「……私は星宮=クンが二重スパイ(もぐら)ではないかと疑っていました」


「やっぱり僕ってそんなに信用ないですかね?」


「……スパイというものは、孤独な観察者。……そして嘘をつく生き物」


「前者は合っているかも知れませんが、僕は嘘をついた覚えはありませんよ」


 僕の返答に、エリス会長は少しだけ眉を上げた。

 僕の言葉は正直な感想だった。

 それをエリス会長は楽しんでいるようだった。


「……そうです。……湯河原でも言いましたが、貴方は愚直です。……嘘をつけない質の人間」


「褒められてるのか貶されてるのか」


「……褒めていますよ。……スパイとしては落第ですが」


「それはどうも」


 エリス会長はスマホを取り出すと、僕に見えない位置で何事か操作した。

 それはあくまでも彼女が慎重であることを示している。


「……二重スパイ(もぐら)を誘い出します。……でも、星宮=クンはいつも通りで結構。……学生会諜報部(コントロール)が万事、進めておきます」


「なんだか嫌な予感しかしない」


「……リラックスして、気取られないように。……それでは、また」


 エリス会長に背中を押され、僕は学生会室を後にした。

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