第74話 影の立役者
翌日、家を出ると交差点で空音が待っているのに気付く。
「おはよ空音。待っててくれてありがと。昨日、寝れた?」
「おはよ大ちゃん。なんか興奮しちゃってあんまり」
「俺もだよ。じゃあ、はい」
「ふふふ……」
俺が手を差し出すと空音も応じて握ってくれる。昨日から空音との交際が始まった訳だが……変わった事と言えばこうして堂々と手を繋いで学校に行ける事ぐらいだろうか。それでも一歩一歩確実に二人の距離は縮まっている。今はそれだけで十分だった。
「あのさ。昨日の告白って誰が考えたの?」
「あっそっか……大ちゃんは知らなかったんだもんね。はいこれ」
一冊の薄い冊子が手渡される。
「えっと何々……」
【D&S キューピッド大作戦】
【バレンタインデーの朝、DはSからのチョコが欲しくて堪らず、Sの登校時間に合わせて登校してくる。Sと会話をしながら学校へと向かうが一向にチョコを貰えないDは痺れを切らして自分からバレンタインデーの話に誘導する。Sは忘れた振りをしてチョコを出すがそれはSからでは無く別な人からの物だと言ってSのチョコはお預け】
「こっこれって」
「ふふふ……昨日の台本だよ」
【休み時間。クラスの女子はDに義理だと言って次々チョコを渡して行く。放課後Sはすぐに帰宅。女子はSが予備校でイケメンに口説かれた様なニュアンスの噂話をDに聞こえる様に言う。下駄箱に一つチョコを設置。当然Sの物じゃない。夜になり、予め打合せしてあったDの妹に封筒を渡して貰う。Dは目的地まで来て予備校の貴公子の誘導により、Sへの告白を開始する。カップル成立のタイミングでクラッカーと祝紙を掲げる】
つまり、俺はまんまと踊らされていた訳か……。
「これって最初から全部仕組まれてたって事?」
「うん。ごめんね騙してて」
「いや。みんなの協力が無ければウチラも付き合えて無かった訳だし、むしろ感謝すべきなのかも知れないが」
【シナリオ:日吉 朱音 キャスト:みんな スペシャルサンクス:海瀬 愛etc】
「これ企画したのってひょっとして朱音なの?」
「そうなの。この前、酷い事言ったお詫びに是非やらせてくれって。最初は私も大ちゃんに無理矢理言わせるみたいで嫌だったんだけど、朱音ちゃんと翔流君に……アイツ鈍感だからこれくらいやらないと一生告白されないぞって言われて踏み切ったの」
「あはは……確かにそうかも知れない。本当に助かったわ」
ありがとな朱音。
学校につき教室へ一緒に入ると二人共、机で暫く寝る事にした。気がつくと他のクラスメートもちらほら来ている。空音はと言うと机からいなくなっていた。トイレにでも行ったのかと思ったが、実際は魔王の所に行っていた様だ。
俺のところには翔流が来る。
「お前ら酷ぇよ。キスコール俺らに擦り付けて帰ちまうなんて……あの後大変だったんだぞ」
「あーごめんごめん。ああするしか逃げ道無くってさ」
結局、翔流達も不意をついて逃げ出したそうな。まあ何も無くて本当に良かった。そうだ。朱音にもお礼言っとかなきゃと思い辺りを見渡すが、朱音の姿は無かった。
グールアラートでアルディラ隊長に連絡すると朱音は体調を崩し休んでおり、ソッとしておいてほしいとの事であった為、お礼は後日言う事にした。
「貰った連絡で申し訳ないが、グールの卵に進展ありだ。日に日に鼓動が増して来ている様であと数日中には生まれ出てくる可能性が高い。目黒君も体調管理だけはしっかりしておくようにお願いするよ」
「わかりました。ありがとうございます」
あの卵のグールとの決戦日がいよいよ近付いて来た。
放課後になると、空音に誘われて一緒に帰る事になるのだが、寄り道したいとの事でついて行くことに……向かった先はハゲ鷹山の一本杉であった。
「はぁはぁ……こんな所に何かあんのか?」
「えへへ……良いから良いから」
頂上の一本杉まで辿り着くと腰を下ろす俺と空音。そして夕暮れになるとオレンジ色に染まる空に町並み。そのあまりの幻想的な風景に俺は一瞬言葉を失った。
「……凄い所だな。感動してなんか涙出てきたよ」
「えへへ……大ちゃんと一緒に見たかったんだ。私の一番好きな場所だから」
そのまま空音に寄り添うと穂のかに石鹸香りがする。俺はこの日、空音と最高の時間を共にする事が出来た。
夜になり空音を送った後、帰宅すると夏希が声をかけてくる。
「ねぇねぇお兄たま。今日は空音お姉ちゃんとどこに出掛けてたの……ん?」
「秘密の場所だよ。もう付き合ってるんだし、別に二人でどこに行ったって良いだろ?」
驚きを隠せない夏希は興奮しながら俺に言い寄ってくる。
「えっ?嘘?お兄ちゃん達いつの間に付き合ったりしてたの?あの空音お姉ちゃんとでしょ?えぇー嘘?お母さん、お母さんちょっと大ニュース……お赤飯炊かなきゃ」
いやいや赤飯は子供が出来た時の話だろうが……。
祝福ムード溢れる毎日だったがそれはこの後来る大いなる不幸の前兆だったのかも知れない。
翌日の昼休み……学校の屋上にて
「よう、朱音」
「なんだよ話って」
少し不機嫌そうに俺に言う朱音。
「この前は俺や空音の為に色々計画してくれてありがとう。お陰で無事、付き合う事が出来たよ」
「ふん。そんな事……まあ私のせいで関係悪くしたまんまってのが嫌だったんだ。空音ちゃん悲しませたりすんなよ」
言葉とは裏腹に少し寂しそうな表情をする朱音。
「ありがとう」
朱音に取っては辛い選択だったのかも知れない。だからこそ本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。
残りのグール退治が終わればきっと、普通の幸せな日々が待っているだろう。そんな事を胸に就寝することにする。