第27話 瑠花の実力
隣の部屋の襖が開くと中から空音が顔を出す。
「なんか騒がしいと思って来てみたら大ちゃんに瑠花も来てくれたの?それになんか良い匂いが……」
本当だ。なんか香ばしくて食欲をそそられるような良い匂いがする。
「出来ました。良かったら先生と目黒さんも召し上がって下さい」
「えっ先生と話してるこの短時間で料理を作ったのか?阿東さんっていったい?」
「瑠花の料理の腕はプロ級だからな。んでこれはなんだ?」
自分は料理出来ないのに偉そうに語る魔王。瑠花が照れながら答える。
「そっそんな全然プロ級じゃないですよ。今日、作ったのは野菜たっぷりのミルク粥です。吐き気はないと言っていましたので少し力が出るようなお粥を仕立ててみました」
「ミルク粥?初めて聞くな。色鮮やかで本当に美味しそうですね」
「良いから食ってみろ」
魔王に強制的に口に入れられる。
「なっ………これはいったい」
このチーズのような濃厚さに野菜の甘み、食欲をそそる微かなスパイスの薫り、しつこさやクドさ等は微塵もなく、旨味だけを凝縮したような究極のお粥。
これをこの短時間で調理したのか?美味しいなんてもんじゃない。これはお店でも十分出せるレベルだ。
「いつもながら美味いな瑠花の料理は。おかわりだ」
「本当に美味しい。なんか力出てくるよありがとうね瑠花」
「阿東さんの料理の腕がここまでとは……こりゃ三つ星シェフも真っ青だね」
「三つ星って何?」
みんななんの事かわからないような顔をしている。そうかこの頃にはまだ三つ星とか広まってないのか。
「あっいや………その凄いシェフって事です」
「なるほどな星に例えるとはなかなか上手いな目黒も」
上機嫌な魔王。
「鍋に残っている分は冷めたら小分けして冷凍しておいても美味しくたべれるよ」
「ありがとう瑠花。本当に美味しいよ。風邪良くなったらまたレシピ教えてね」
「勿論だよ。空音ちゃんも早く良くなってね」
そんなやり取りをしていると玄関から声がする。
「たっだいま~。なんか凄~い良い匂いするけど、空姉なに作ったのぉ?」
勢い良く扉を入って来たのは海音であった。
「あれ?大地お兄ちゃんに………アンタは女帝。それに瑠花お姉様まで……いったいどうしたんですか?」
なんか瑠花は好かれているが魔王は嫌われているみたいだな。
「実は私、具合悪くなっちゃって先生に病院に連れて行って貰ったんだ。大ちゃんと瑠花はお見舞いに来てくれたんだよ」
「空姉は具合大丈夫なの?病院でなんて言われた?」
「なんか風邪拗らせたみたいで薬飲んで寝てれば大丈夫だって。少し寝たし、瑠花のお粥食べたから力出てきたよ」
「瑠花お姉様のお粥……私もいただいても宜しいでしょうか?」
目をキラキラと輝かせている海音。
「たくさん作ったから良かったらいっぱい食べて……えっ?」
瑠花の視線の先には鍋を抱えてお粥を食べる魔王がいた。俺がツッこむ。
「先生。それ空音や海音の分だよ。ありゃ空っぽだ」
「すまん。つい旨くて止まらなくってな」
「すまんじゃねぇよ。瑠花お姉様が私のために作ってくれた食事なのに全部食いやがってこの女帝め」
怒りの海音が魔王に怒りをぶつける。
「女帝とはなんだ。私はコイツらの歴とした先生なんだぞ。それに食べちゃったもんはしょうがないだろ諦めろ」
「やだ。返せ返せ返せ~」
大泣きしながら魔王に立ち向かう海音。なんか可哀想だな。そんな事を考えていると瑠花が俺に声をかけてくる。
「目黒さん。良かったらその林檎を分けて頂けないでしょうか?」
「べつに構わないけど何するの」
ペコリとお辞儀をすると再びキッチンへと立つ瑠花。林檎を手に取るとあり得ない速度で捌いていく瑠花。
なんて手際と繊細さ、甘く上品な香りが漂う。最後にお酒のような物を振り掛け火が上がった所でみんなが振り向く。
最初に魔王が口を開いた。
「なんだなんだ火事か?みんな大丈夫か?」
続いて海音も
「えっなになになに?火事?」
瑠花が申し訳なさそうに二人に言う。
「あっ……驚かせてすみません。薫り付けに少しフランベしました。はい海音ちゃん、良かったら召し上がって下さい」
「瑠花お姉様これはいったい」
「林檎のクレープシュゼットです。お口に合うか分かりませんがどうぞ」
泣き顔の海音がクレープを口に運ぶと一気に恍惚の表情となる。
「ふあぁ~甘いですぅ……ふんわりしっとり……私、幸せです」
「瑠花、私達の分は無いのか?」
「一口ずつしかありませんが良ければ皆さんもどうぞ」
食べると口いっぱいに広がる幸せのハーモニー……海音が昇天するのも頷ける。
それにしても俺の持って来た普通の林檎をここまでの料理に昇華するとは瑠花の腕は本物だな。食器を洗い終えると瑠花と俺は家に帰る事にした。
「阿東さんの料理の腕は凄いね。本当に美味しかったよご馳走さまでした」
「いえいえ私なんてまだまだです。目黒さんこそ料理上手なんですね。こちらこそ卵酒ご馳走さまでした」
「いやあんなの適当に作っただけだし、そう難しい料理じゃないから誰でも作れるよきっと」
ヘックショ~ン。空音の家から魔王の豪快なクシャミが聞こえる。
「今日はありがとうございました。お陰で家の中にも入れましたし、助かりました。あっ私、スーパーで買うものがありますのでここで失礼します」
「おう、暗いから気をつけてな」
ペコリとお辞儀をして帰って行く瑠花。
家に帰ると溜まってた疲れがドッと出てきた。シャワーだけ軽くして布団に横になると眠けに襲われる。