第23話 私の名は海音
そういって帰ろうと玄関の扉に触れると一瞬クラっと目眩がする。
あれっ俺も疲れてんのかなと勢いよく扉を開けると何かに当たりどこからか声が聞こえる。
「いたたたたた。急に扉を開けないでよ」
辺りを見渡すが誰もいない為、歩き出すとまた声がする。
「レディにぶつかっておいて無視して行くなんてどういう神経してんだよ」
再び辺りを見渡すと短いツインテールで目のクリっとした小学生低学年ぐらいの可愛らしい女の子が目の前に立っているのに気付く。
「あ~ごめんよぉお嬢ちゃん。怪我はなかった?」
「今更、遅いっての。それよりあんた、空姉の彼氏って感じでも無さそうだし、ウチでなにしてたんだよ」
なんなんだこの子は空音の親戚の子か?完全に怪しまれてるし、正直に答えるか。
「俺は空音の友達で学芸会の打合せで来てたんだ」
「ふ~ん。まあ良いけど」
納得した様子の女の子。ランドセルのネーム札を見ると【富良野 海音】と書いてあった。
「君はウミネちゃんって言うのか。空音の従姉妹とかかな?」
次の瞬間、大きな声で怒鳴り始める女の子。
「わたしの名前はウ・ミ・ネなんかじゃな~い。どうしてみんな間違えるのよ」
声を聞き付け空音が慌てて飛んでくる。
「あれ?海音どうしたの?それに大ちゃんまで」
「あっ空姉。こいつが扉急に開けるから私、転んじゃったんだよ。しかも無視して帰ろうとするし、おまけに私の名前まで間違えやがってもう悔しくて……」
「気付かなくてごめんよ。名前もネーム札見て勝手に勘違いしてたすまない」
少女の目線に立って謝る。
「ほら大ちゃんも謝ってるんだし、許してあげなさい」
無言で頷く海音。本当に悪い事したな。
「ねぇ空姉。この人、空姉の友達で打合せで来たって言ってたけど本当?彼氏とかじゃないよね?」
「ふふふ、この人は海音も良く知ってる人なのに気づいてないの?初恋の人なのに?」
あれ?俺、この子と接点あったっけ?そんな事を考えていると一瞬視界がブレる。
目の前を見るとさっきの女の子が頬を赤くしていた。
「あっあのもしかして、大地お兄ちゃんですか?」
さっきまでとは打って変わって恥ずかしそうに頬を赤らめる女の子。
「あぁ俺は目黒 大地だけど、俺って海音ちゃんと接点あったっけ?」
「ほら去年ジャングルジムから落ちかけたときに助けてくれたじゃん?」
「あぁ……あの時の子か。怪我しなくて本当に良かったな」
「あの時は本当に助かりました。ありがとうございます。それに数々のご無礼お許しください」
「いや、悪いのは俺だし、こっちこそごめんな。怪我とかしなかったか?」
「あっ大丈夫です、これくらい。あっもうこんな時間。これから塾なので今日はこれで失礼します。またいつでも来て下さいねそれでは」
家の中に消えて行く海音。空音が駆け寄ってくる。
「妹がごめんね。海音は普段は良い子なんだけど自分の名前に物凄く誇りを持ってて間違えると凄い怒るんだよ」
「いやいやこっちこそ悪い事した。ごめんな。じゃあ俺も帰るからまた明日な」
空音はずっと一人っ子だと思ってたけど、妹がいたんだな。まあ、知らない事も色々あるよな。
家に帰ると夕食を済まし、劇のあらすじや割り振りについて簡単な資料を作る。
「よし、こんなもんか」
明日も少し早く出て魔王に人数分印刷してもらうか。そんな事を考えながら眠りにつく。