第九夜
その世界の分子の一つである自分は、そのときHONDAの黒いシビックを運転していた。
第九夜
半月より少し大きくなった月が、雲の間からわれわれの世界を照らし出している。その世界の分子の一つである自分は、そのときHONDAの黒いシビックを運転していた。梅田から新御堂筋を通って自宅に帰る途中。暗闇にのびる高速道路と並走している中央環状線を千里中央から吹田・茨木に向けて走っている。新御堂から中環道路に入って、ふと横を見ると後ろを大型トラックが迫ってくる。それになぜ気がついたかといえば、後ろから大きなクラクションを鳴らされたからである。バックミラーを見るとトラックはライトをハイビームにして威嚇してくる。自分は一瞬アっと焦ってブレーキを踏みかけたが、時速120キロで急ブレーキを踏むとどうなるものか肉体のほうが知っていた。つまり踏んだのはアクセルであった。自分は夜のまっすぐの道を猛スピードで駆け抜けていく。だが大型トラックは相変わらず後ろを追走してくるばかりか、自分のシビックに対して明らかなプレッシャーをかけてくる。ハンドルを切って車線変更をしているにもかかわらず、トラックは後ろをついてくる。それどころか空中を闊歩するように飛び、黒船となり上空を覆ってしまった。自分は屋根の上に重いものを感じつつ、月光が闇にさえぎられた道をわき道へと入った。それは万博公園の周回道路で、グルグルと回転する六道輪廻のような道である。真夜中の道は閑散としており、自分はスピードを上げて一方通行の道を走り続けた。なんとか黒船を振り切ろうと頑張るのだけれど、道は道であるしまるでUFOのようにいとも容易くついてくる。自分はどうしたものかと思ったが、ちょうど真正面の信号も赤に変わった。仕方なく横に車を停めることにする。黒船から降りてきたのは、未知との遭遇のような人間の形をした異形の者であった。自分はどうしたものかと考えた。しかしどうしようもないまま、鏡にうつる彼らが近づくのを待っていた。だが彼らは少しのキョリを保ったままそれ以上は近づいてこようとしない。はてどうしたものか?と自分は思ったが、よく考えると黒船を降りた彼らを今こそ突き放すチャンスであることに気づいた。再び車内でアクセルを踏み込むと、月光が真正面から世界を黄色く染め上げる。バックミラーには彼らの黒い姿が残ったままだったが、シビックのエンジンは快適なうねりを上げて進んだ。やがて回転する六道輪廻を降りるために、自分は自分の胃袋を切った。血がしたたり落ちるのを感じながらも、なぜか痛みよりは快感を覚えている。万博公園の真ん中にはタイヨウのトウが燦然と輝いている。まるで真昼のような明るさだ。科学の進歩と生物の進化が、調和とアイを生み出しているのである。そうだ、と自分は思う。そして車で一周すると元の場所に戻り、黒船のあった所に倒れているトラックを睨みつける。クスクスと黒い煙を上げて、今にも崩れ落ちそうな悲鳴にも似た叫びを上げている。車体ドアを蹴破ると、自分は彼を救い出した。そして黒いシビックのミラーに残った汚れを振り払う。ついでに血と涙も一緒に捨ててしまう。そうして残ったものは、青い芝生と太陽だけだ。土地は荒れ果てているが、まだ望みはある。自分はお腹を抑えながら、その道を歩いていく。しぶしぶゆっくりと、しかしはっきりとした足取りで軽やかに。すると陽がまた沈んだ。月光は昨夜よりはキレイに世界を照らし出している。一つも変わらない世界、そうわれわれの魂と同じ分子でできた道を静かに支配している、それは月の塔。




