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北摂十五夜  作者: ふしみ士郎
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第六夜

その山陽道も大阪付近で名前を西国街道として、宿場町、城下町としてある程度栄えた。


第六夜


 1300年頃といえば鎌倉時代、幕府は関東にあったがいまだに関西も栄えておった。大阪と京都をつなぎ、そのまま福岡の大宰府まで延びる道に山陽道がある。その山陽道も大阪付近で名前を西国街道として、宿場町、城下町としてある程度栄えた。しかしその頃は台風や飢饉などが多発しており、人々は暮らしに困っていた。大抵のものが百姓で、田畑を作っては質素に暮らしていたが、日照り、寒害、害虫などといったことでその生命線が断たれると、みんなは山に猪を狩に行った。または野草を採りに行かねばならなかった。中には楽器を弾いたり、土偶・食器を作ったりする職人もいたが、彼らもそれを売り生計をたてるのがやっとだった。衣服を質屋に入れるものもいたが、それを買うものがいない場合には、子どもを売るはめになった。子どもといっても当時は、十才にもなれば働かねばならなかったので労働力として考えられていた。しかも十人生んでも、成人するのは三~四人がやっとで、あとは病気や事故で死んでしまう。台風や洪水、地震などがあれば、その死者数はさらに上がった。そんな時代であったが、北摂地方のある村に「手」という名前の女がいた。彼女はふくよかな体をしており、自分で子どもを五人産んだ。しかし全員それぞれの理由で亡くなってしまう。「手」は悲しみにくれた。しばらくは何事も手につかず、家の中にこもっていた。しかしある夜、啓示のようなものに導かれて外に出ると、そこには僧侶が立っていた。托鉢僧のようであり、彼はチリンチリンと鐘を鳴らすではないか。だが「手」には何も渡せるものがなかった。唯一彼女が持っているものはふくよかな体であったから、それはどうか?と僧侶に尋ねた。すべての欲を断とうとしている者にその誘惑は強烈だった。そして彼らは先の小屋で交わった。ちょうど半月の夜である。夫はおそるおそるその小屋を覗いた。そこには自分の妻と若い坊主が裸で絡まっているではないか。夫は肩を落としたが、それで子どもが亡くなった悪い縁が切れるのならと目をつむった。すると目の前に現れたのは、血に染まった妻の姿だった。夫はギョっとして、目を見開く。すると返り血を浴びて真っ赤になった「手」が鉈を持って立っているではないか。「どうした。」と夫は言ったが、彼女は黙って気狂いのように笑っている。後日、話しを聞くとその坊主は体を求めるばかりか、彼女の命まで求めた悪霊であった。その悪霊によって子供たちも亡くなったと悟った「手」はそばにあった鉈をとると、裸のまま悪霊を切りつけたのだ。悪霊は大声を上げると、「とくと見るがいい。」という言葉を残して倒れた、というのである。夫はその話にゾっとしたが、何も言わず粟を食べた。そして翌日、その死体を山の中に埋めた。だが幾月かすると、「手」のお腹が膨らんでくるではないか。彼女は「新しい子どもを身ごもった。」と言う。夫は喜んだ。だが子どもを産んでみると、どうも今までの子供たちとは形が違う。その子には手がないのである。夫は首をかしげて「こいつは働き口にもならない。殺してしまおう。」と言った。だが「手」にとってはそれはいとおしいわが子である。彼女はその子を持って、夫の元を離れてしまった。それも半月の夜であった。夫は取り乱しながら、毎日泣いて暮らした。一方ふくよかな体の「手」は「自分は乳母として働く。」ことを決めた。そしてわが子を伴って、裕福な家の乳母として生きた。それにしても赤子は手がなかったので、「手」は他の子どもたちに手があることが許せなくなってきた。彼女は他の子どもたちの指や、関節を少しづつ痛めつけた。そしてある日、自分の子ども以外の腕を折ってしまった。さすがにこのことは家の者に知るところとなり、彼女は追放された。わが子も取り上げられ、町を離れた「手」は山に入って、木の実や野草を食べて暮らした。そして通りすがる旅人を鉈で襲っては、そのものたちの腕を切り取った。山に鬼婆がいるという噂が広まり、町の者たちは仲間と一緒に退治しに行った。かつての夫は、一目見てそれがかつての「手」であると知った。そして彼が「手!」と叫んだとき、追い詰められた彼女は自分の腕をついに切り落としてしまった。それから夫は手を失った「手」と手のないわが子を引き取って、大切に養ったという。後日、この子は手はないが手のかからない子で、頭も優秀でありやがて僧侶となって海を渡り、やがてはこの国の人々を救うほどの大僧侶として活躍した。悪霊の僧侶こそが本当の父であった。このことは誰も知らない。その埋められた死体には手がなかった。その手は今もあの小屋の中で、半月の夜になると藁をもつかもうともがき続けている。


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