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北摂十五夜  作者: ふしみ士郎
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第五夜

まったく怪しからん野郎、と百姓はつぶやく。

第五夜


 暗闇の中、大名行列が西国街道を進んでいく。田んぼの真ん中で、それを河童が見つめている。まったく怪しからん野郎、と百姓はつぶやく。しかし百姓は頭を下げているので、その声は田んぼのアメンボにしか聞こえない。または泥水に反射する月の明かり。そして百姓の隣で頭を地面に押し付ける妻。そうした情景を山の上から和尚さんが見つめている。和尚さんは盲目であったが千里眼で、何事も彼の頭の中に入ってきた。しかし河童がなにを考えているのかだけは和尚さんにも定かではない。なぜなら河童の頭の上にはお皿がのっていて、その上に反射する月光がまぶしすぎたから。実際に河童の考えていたのは、あの大名行列の真ん中あたりをいくお姫様のことだった。本当ならばお殿様が行かねばならぬ参勤交代であったが、お殿様がご病気の上、奥方様は出不精とあって元気な姫君が参列することとなった。しかし姫君はお輿の中で暇を持て余し、昼間に抜け出した。そしてそのまま田んぼの住人に成りすましていた河童と出会う。または地元の子供たちと遊んだ。まだ子どもゆえ仕方ない、と老臣もため息をついたが、行列を進めるために姫君を説得して夜間の参列となった。だがあまりにもその姫が美しいため、昼間に子どもと遊んでいた河童だけでなく若い武将たちまでが、夕方に姫の元を訪れた。そしてそれぞれに結婚の申し出をした。無邪気な姫はそれを喜んだが「では、わたくしの申し出を叶えてくれたその武者に、わたくしの操を捧げます。」などと言ったから、老臣だけでなく家来たちすべてが驚き反対した。だがその姫様の申し出とは、竜の目をとってくること、虎の牙を抜いてくること、そして鳳凰の羽をむしってくることなどとありえそうもない話しばかり。それゆえ家来たちも安心して、江戸への旅を続けることになった。しかしその申し出の一つに、河童の皿を取ってくるというのがあったからさぁ大変。ある武将などはそこいらの百姓たちに「河童はどこにいる?」と聞いてまわったが、彼らは頭を振るばかり。仕方なしに山に入った武将は、野猪に襲われて亡くなってしまった。そんな噂を聞きつけて、沼の中からその美しい姫君を遠くから眺めてはため息をついていた河童は立ち上がった。傍目には田んぼに立つ棒切れのような無様な格好であったにもかかわらず、河童は自分に自信を持っていた。その自信がどこからくるのか、百姓にもその妻にもわからない。ただぼうっと立ち尽くす河童を見つけた家来の一人が、百姓に尋ねた。「おいこら、百姓。あそこに棒切れのような輩は何者だ。」百姓は頭を下げたまま答える。「はい、あれは河童にございます。」その答えに驚愕した家来はすぐに姫様にその旨を伝えようとした。だがその途中で伝令は「もしや河童を生け捕りにすれば、自分が姫様の婿となれるやもしれん。」と考えて、踵を返した。しかし一人では心細いので、相方として居合いの達人・竜彦を呼んできた。竜彦と伝令は、田んぼまでやってくると「おーい、河童はどこにいる?」と叫んだ。しかしあたりは暗闇、蛙の鳴き声まで鳴きやんだ。月光だけが見守っている中、静まりかえる田んぼで二人は立ち尽くし「噂はウソであったか。」と帰ろうとした。すると「何か用かえ。」という声が後ろから聞こえるではないか。二人が振り返ると、そこには棒切れのような薄緑色の生き物が立っている。恐れおののく様子を知られまいと竜彦が言う。「お前が河童か。」河童は、うんともすんとも答えない。伝令が繰り返す。「かっばか!」緑色の生き物は、月明かりの下で舌を出したと思ったら踊りだした。「ばか、ばか、かっぱはばかではない。ばか、ばかいうのがばかなんだ。」月光に照らされたその滑稽な踊りにお腹をかかえて竜彦は笑った。そして「よし、かっぱ、相撲をとろうではないか。もしおれが勝てばお前を連れて行く、もしお前が勝てばなんなりと好きなことを申せ。」竜彦の申し出に首をたてに振ると、河童はさっそく四股を踏む。「よーい。」と伝令が行事となり、真夜中の相撲大会が始まった。アメンボだけではなく、蛙も蝙蝠も、猪も武将たちまでその様子を見守った。竜彦は居合いの達人であったから「はっけよい。」という伝令の声で、河童を投げ飛ばした。河童は宙に舞い、瞬きを一つする。すると時間と空間が宙返りして、河童の頭のお皿が地面に落ちた。その割れたお皿を持った河童は、暗闇の中で姫君の前にひざまずき「自分はあの国から北へ来たもの、河童のお皿を持ってまいった。ぜひ結婚してくだされ。」と申し込んだ。姫君はその砕けたお皿を一目見て、そして河童の自信に溢れた顔を見てコクリと頷いた。家臣たちは大いに慌てて、国の殿様や奥方さまにそのことを伝えたが、姫君も自分が約束したこと、それを覆すことは河童の皿の水が落ちるようなもの。すべては一瞬の夢のような出来事。盲目の和尚だけがその様子を千里先の勝尾寺で眺めていた。そして初めの百姓はようやく頭を上げて、隣の妻を見ることができた。ただ伝令と竜彦だけはいつまでも月光の下、田んぼの中で相撲をとり続け「のこった、のこった。」と言い続けていた。



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