第四夜
いつからか降り注ぐ雨。雨合羽をかぶりながら歩く男。
第四夜
いつからか降り注ぐ雨。雨合羽をかぶりながら歩く男。彼は阪急箕面駅からの山道をくねくねと歩いた。静かに、でも確かな足取りで彼は歩いていく。濡れた木の葉が足元にからみつく。また泥道を踏みしめながら、湿った土の上に雨水が流れていく。それはゆっくりと上流からやってきて流れに合流すると、不思議なほどくっきりとした霧へと変化する。一方、近くの住宅地には一人の女がお祈りをしている。イエス・キリストの小さな像が置いてある窓辺に向かって彼女は何か小声でささやいている。窓ガラスには水滴と、雨の夜の小さな音が響いている。彼女のお母さんは何も知らずに一階の台所でホワイトシチューを煮込んでおり、お父さんはソファに腰をかけて新聞を読んでいる。くんくんと鼻を鳴らしたトイプードルだけが、何かを感じて吠え始める。真夜中の空間が、静かに横たわる。そして風が吹き、無意識と意識のキョウカイに参拝する。彼は雨が止んだのを確かめてから、フードを脱いだ。ふと見上げると、ぽたぽたと垂れる滴が枝の隙間からやってくる。相手がこちらを見ている。その相手は音をたてて、地面に飛び降りた。そして四足で歩いてきて、警戒するような色を漂わせながら彼から何かを奪おうと狙っている。風に吹かれて雲間から瞬間月明かりが漏れる。猿の目は月光に反射して光る。相手は彼が何も持っていないと知ると、訳知り顔でさささと横に退いた。一瞬立ち止まった彼は、再び足取り軽く山道を登っていく。女の子は窓の外から三日月が顔を出すのを見ている。光が彼女の親しいキリスト像をはっきりと浮かび上がらせる。彼女はお祈りしてから顔を上げて、その三日月を眺め続けた。そして涙をふいて、彼のために再び祈った。住宅は深遠ともいえる静けさに覆われている。時折自家用車に乗った住民が排気ガスを吐き出しながら走っていく。永遠に交差しないイトのように、彼と彼女の霊的なつながり、すなわちご先祖様との縁に導かれ、時間を越えて歩いていく。彼がようやく箕面の滝の前までやってきたときには、あたりは寒さと暗さを増していた。誰もいないその場所ではごうごうと滝だけが、繰り返し打ち寄せる。荒れた彼の呼吸は白い息となり、暗がりに浮かび上がる。そして女の子は在りし日の、いつか来るべき運命の人がそこから飛び降りるとはつゆ知らず、何かをいつまでも夢見ている。そしてその翌日の新聞を賑わせる三面記事に彼が成り果てたとしても、100年後にはみんなが同じ空間を共有する。彼女はそれを全く知りはしない。なぜならいまや三日月だけでなく、また彼女が信じているイエス様だけでもなく、いつかやってくる子宮の中の雄たけびに耳をすませないわけにはいかないから。それは闇夜の中に残響する精霊の囁きのように謙虚で、小さく、まだ生まれてもいない魂の痛ましさ。そして滝に打たれて冷たい彼の肉体だけが、時間を越えて彼女の産道から流れ出て、はいつくばってオギャーと泣きながら、頭をかかえてその水に流されていく。ありもしない物語のように。ただそれを三日月だけが、細い目を瞬きもしないで眺め続けている。