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北摂十五夜  作者: ふしみ士郎
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第三夜

箕面の山は、北に行けば亀岡や京都につながっているし、西は六甲までつながっている。

第三夜


 いつからか、そこはバイクの乗り入れ禁止区域になっていた。しかし彼は入りこんだ。箕面の山は、北に行けば亀岡や京都につながっているし、西は六甲までつながっている。だが彼が走るのはいつも箕面の滝がある辺り。月夜ではなく、曇りがちな夜に三日月にもならない欠けた破片が、ほんのり少しだけ道を照らしている。彼は上下にアップダウンする山道を通り過ぎ、おもむろな表情で何かを発散する。スピードという名の狂気がヘルメット越しに風圧を与える。闇の中に、何かがひっそりと潜んでいる。彼の中を何かが通り過ぎる。風にもならない蹉跌のような光。そしていつしか静かに彼は階段を上っている。ふと振り返ると、そこには小さな子どもが立っている。手招きする青い顔をした子どもに導かれて、彼は階段を降りかける。そのとき、どこかから風が吹き、お経が聞こえてくる。鐘?と思うと、空からは鐘の鳴る音が聞こえる。もう一度、子どもを見ると、その子どもは泣いている。「女の子か、男の子か。」わからぬおかっぱの黒い髪をした子ども。しかしお経の声に蹴落とされるように、子どもは逃げていく。彼はそれを追いかけようとするが、子どもは目の前にある池の中に消えていった。彼はじっと池を見つめる。蓮の葉が浮かんでは、消えて失くなる。月の光が少しだけ反射する。もしかしてと彼は思って池をのぞきこんだ。そこには自分の姿の代わりに、子どものニヤっと笑った顔が映る。一瞬、背中がヒンヤリと冷たくなるが、彼はなぜか涙を流していた。その涙が池にポツリポツリと落ちて広がっていく。するとにわかに蓮の花がピンク色に咲きはじめる。暗い夜に青白い光線が射しこみ、池のふちをきれいに染め上げている。彼がふと気がつくと、目の前には聖母マリアのような女性が立っている。その女性は、先ほどの子どもの肩を抱くようにしている。彼はアッと思う。その女性は彼の亡くなった母親の顔をしていた。「おっかあ?」彼がつぶやいたとき、池の水はいまや彼のくるぶしにまで上昇している。ヒンヤリとした寒気はいよいよ彼の全身を包もうとしていた。まことかうそか、彼は涙ながらに迷ったが、しかし体のほうは迷うことを知らなかった。彼は池の中にズブズブ入っていって「おっかあ。」ともう一度口にした。その瞬間、聖母のような女性は後ろを向いて天を仰いだ。そこに青い光線が注ぐ。それはカケラのような月から舞い降りてきているようである。尊い雰囲気があたりにたちこめる。彼は涙を拭いた。そして彼女を追いかけようとするが、それ以上は進むことができない。ズブズブと彼の身が沈んでいく。逆に女性と子どもは天に登っていくではないか。お経の声がより一層強く聞こえてきて、ハッと気がつくと彼は勝尾寺の境内にいた。すでに夜明けが近くなっている。目の前には、女性の像が立っていた。横の立て札には「水子の霊」と書かかれ、数々のお祈りの言葉が刻まれいる。今、ポツポツと雨が降ってきた。彼は濡れたままのホホをふいて、バイクにまたがると振り返ることをせず、ただ山を降りた。




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