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北摂十五夜  作者: ふしみ士郎
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第十五夜

 いよいよ満月となった月が夜空に浮かんでいる。

 いよいよ満月となった月が夜空に浮かんでいる。京都寄りの大阪である北攝地方では、ジャズの祭典が行われている。そのフェスティバルは毎年行われて、いまや十年を飛び越して地元に愛されるまでになった。チャーリー・パーカーやアート・ブレイキーを真似た音色を出すミュージシャンたち。北攝を愛する彼らがあちこちから集まり、夜毎に人々を楽しませている。自分も地元にいた頃はよく行ったもので、ストリートに並ぶ群衆にまじっては音楽を堪能したものだ。中には素敵な女の子もいて、そういう子たちと遊んだりした。ま、遊ぶといってもお喋りをしてお酒を飲んで、たまにキスをしたりする程度のことだ。何しろその日はジャズフェスで、また満月でもあり男も女もより動物ぽくなっていたのかもしれない。

「さぁ踊ろう。」と自分が口に出すと、その女の子は笑顔でグラスを傾けるばかり。彼女の何に惹かれているのかわからない。ただ何か吸引力が働いているようである。「いや。」と彼女はそっぽを向く。致し方なく、自分は別の子を探す。別に女探しに精を出しているだけでなく、単にその夜を分かち合う相手を見つけたかったのだ。バンドは先ほどから静かに心地よいプレイを続けている。バーには人が出入りして、その夜の祭りを楽しんでいる。ふと目をやると、先ほどの彼女が外に出ようとしている。自分はササっとそれに着いていった。何もストーカーまがいのことをしようとしたのではない。彼女が青い髪をしていたので、興味をひかれたのだ。

「ねぇ。」と声をかけるも、彼女はそそくさと歩いていくばかり。自分もまた少し早足に高槻の町を闊歩していく。満月が空にはね返り、猛々しいサクスフォンの音がどこからか聞こえてくる。すると突然、青髪の彼女が立ち止まる。自分も、それにつられて止まった。「ねぇ踊る?」と女の子は突然振り向き踊りだした。どこかから聞こえてくるサックスの音色にあわせて、路上の暗がりでステップを踏む。自分はしばし呆然とそれを眺めていた。しかし女から誘われて、それにのらないわけにはいかない。「よし。」と口に出し、同じようにステップを踏んだ。彼女の踊りはまるでバレエダンサーのように華麗で、音もたてずにクルクル回ったりする。自分は自分なりのステップで、リズムを刻んだ。しかし踊り続けていると、足が重くなってくる。これはまずいな、と自分は思った。ダンスで負けるようでは相手を手に入れることはできない。競争心に火がついて、彼女に負けじと挑発的な動きをした。だが青い髪の女は相変わらずの可憐さで、それをすかしたり弄んでいるようだ。とうとう我慢しきれずに、自分は彼女の腰に手をかけた。すると女の子は「もう疲れたの?」と笑うではないか。カーっとなった自分は思わず彼女の首に手をかけた。

もちろん一部始終を満月は見ていただろう。自分としては、自分の過ちを悔いるばかりである。何より一時の感情の高ぶりに負けてしまったのだ。音楽は町に鳴り響く。彼女の白い肩、首はヘナっとなっている。自分の手には赤い血と、彼女の青い髪、そして泥にまみれた軍手とがある。スコップを捨てると、自分は車を運転した。切り刻んで彼女の肉片を河の魚どものエサにするため。それはどこかで見た映画の受け売りである。その山の中までくると、さすがにジャズの音色も聞こえてはこない。自分の背中には何か重たいものが負ぶさっている。

もし輪廻転生があるのなら、自分は別の動物になって月に向かって吠えるだろう。いやそうでなくても、狼のように吠えることは可能ダ。ワオーンという声を出してみると、一瞬にして自分が毛むくじゃらの体毛を抱いていることに気がついた。衝動的に走り出したくなる。自分は思い切り四足で走ると、どこまでも山野を駆けた。山を越えて、河をこえて満月まで行こうとした。しかし空に浮かぶ満月にはいつまでたっても、数千年を経ても届かないだろう。仕方なくクタっとなったところで、バコーンという音が響く。自分が振り返ると、そこには銃を持った猟師がいた。「手を焼かせたな。」という声が、今度は静寂の中から聞こえてくる。自分は恐ろしくて逃げようとしたが、時すでに遅し。血まみれの肉体はどこへ行くこともできない。満月はそれを見ながらも手出しはしない。それどころか、ジャズの香りとともにムーンリバーの歌詞がどこからか聞こえてくる。



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