表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北摂十五夜  作者: ふしみ士郎
14/15

第十四夜

彼女はさっきまで彼氏と電話しており、今は外のベンチに座って友達にメールをしている。

第十四夜


 いまや月が身ごもったように丸々と太り続けている。そして秋風が漂うなか、女の子が一人ショッピングセンターに向かっている。彼女はさっきまで彼氏と電話しており、今は外のベンチに座って友達にメールをしている。彼女は小さい時からこのあたりで育った。ここのスイミングスクールにも通ったし、お母さんと一緒にお買い物もした。そうして少女期を過ごし、十代になった彼女はひとりでも自由に動けるようになった。体の弱かった彼女は一時入退院を繰り返し、ろくに友達と外出することもできなかった。だからお母さんが「スイミングで体が強くなったら。」と通わせたのである。そのおかげか、十代になった彼女は誰よりも元気で魅力にあふれていた。かつてはおとぎの国に住み、不思議の国のアリスやアンデルセンの童話の世界に憧れた痩せっぽっちの少女も、今は彼氏や友達と遊んで暮らしている。もちろん勉強もある程度しているが、彼女を外の世界に放り出す力学が働いているかのように彼女は外に出る。ある時などは彼氏のオートバイの後ろに乗り、箕面の山を走った。暗闇どころか、彼女の前に広がっているのは見事な北攝の夜景であった。「きれい。」と言った彼女は、初めてキスされて思わず笑ってしまった。その笑い声がどこまでも聞こえ、月が満面の笑みを浮かべている。今、少女の面影を残した彼女はまるで狼男を待つようなドキドキとした心境でベンチに座っている。しかし、これからやってくるのは幸運というには恐ろしすぎる出来事である。ジキル博士とハイド氏だって思いつかないような不幸が彼女に襲いかかる。まずはオートバイで来るはずの彼氏が現れず、どうしたのかと電話するがつながらない。その彼氏は満月に近い月夜に引き込まれるように坂道のカーブを曲がりきれず事故ってしまう。ベンチでそわそわしている彼女を見つけたある男が、ドラキュラのように連れ去ってしまう。彼女を乗せた車は散々山の中を走った挙句、停車する。彼女は声をあげようにもタオルで口を押さえられている。呼吸さえ困難ななか、痛みをこらえるが我慢できない。恐怖から思わず失禁してしまうと、男はそのまま女の子を裸にして首を絞めて殺してしまう。その男はムシャクシャした勢いのままやったのだ。ようやく感情を抑えて、冷静を装いホームセンターでのこぎりとスコップ、袋と軍手を買ってくる。そして死んだ女の子をバラバラにして、血まみれになりながら山に捨ててしまう。スコップとのこぎりを別の場所に捨てると、男は肌寒い夜の川で血を洗い流す。満月に近い月だけが、その始終をすべて眺めている。他言はしないでくれよ、と男は月夜を仰いで願う。もちろんそうは問屋が卸さない。月が密告したわけではないが、男はすぐに捕まってしまう。車や目撃者、そして精液から鑑定が出たのだ。そして見つけ出された女の子のバラバラになった屍骸を見て、嗚咽するのは彼女の両親である。体が弱かったからスイミングを習わせたのに、今やその体は見るも無残な姿となってしまった。「彼氏ができて喜んでいたから、夜の外出も許可しました。」という父親の警察に対する証言も、なんの取り返しもつかない。すべてが裏目に出てしまった。その日が満月でなければ、女の子の魅力はその男から見つけられなかったかもしれない。もしかして逆に欠けているものがあったからこそ、そんなことが起こったのかもしれない。そう、月はまん丸ではなく、どこか欠けていたのだ。と、ベンチに座った彼女の前に、男の影が現れる。「どうした?」という低い声に、女の子が顔を上げると月夜をバックにした暗い顔。「バイク?」と彼女が問うと、男は首を振る。「雨が降りそうだからバスできた。」えーマジで、と怒る彼女だが、その不機嫌は彼氏のおごりで食べたマクドナルドのマックフルーリー程度で直ってしまう。このようにもし今夜、月夜に雲がかかっていたのなら、または雨が降ろうとしていたのなら。すべては無残に消え去るストーリーのように、ハッピーエンドを迎えていたかもしれない。だが、今日のところはそうともいかず、ただ彼女の死体が月に恨みをいだき、魂は彷徨い、笑い声は永遠に空間を行き来する。まん丸とした妊婦のような幸せな体になるにはあと一夜足らず、またこれから何百年かの時間を必要とするようだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ