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北摂十五夜  作者: ふしみ士郎
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第十三夜

風が吹き、雲が去ると、ほとんど満月にも近くなった月が顔を出した。

 風が吹き、雲が去ると、ほとんど満月にも近くなった月が顔を出した。私は車を運転し、峠を越えて北攝霊園を跡にする。夕暮れ時の墓地は爽やかな風に、暑さも忘れるくらいである。その土地には他にも多くの方々がいるので、さぞ亡くなった祖父母も寂しくないことだろう。線香をあげ、花を添えて手をあわせると風が吹く。私は無我の境地で般若心経をお唱えし、また「南無阿弥陀仏」と口に出した。とても晴れ晴れしい気持ちである。見える山々も青く光っている。私の心には祖父母の顔が浮かび上がり、現在自分があることの感謝の気持ちに溢れた。「それでよし。」という声が聞こえてくる。私は車に乗り込むと、一つタバコをふかし、ホッと息を吐いた。それからアクセルを踏んだ。夕暮れが濃くなり、山は姿を変えつつある。空を見るとまん丸の月が出ている。この山には何回も来ているが、そのたびに新しい発見がある。トンネルを抜け、さらに道を下ると左右に道路が分かれている。左に行くと勝尾寺、右に行くと箕面の滝である。私はそのとき何気に右を選ぶ。地元の茨木に戻るには左の方が近いが、どちらからでも帰ることはできる。そう、道はどこかでつながっているのだ。私は山道を下り、箕面の滝あたりまでたどり着く。ことさら滝を見ることはせず、さらに進むと「風の社」という休憩所がある。私はそこでお茶を飲むことにする。大きなガラス窓に、宿泊もできる上品なヒノキの作り。窓からは大阪平野、大阪湾、また神戸の町までも見えようとしている。夜がやってきて、都会の街は人工の光を必要としているようだ。点々とした明かりが灯るにつけ、私にはそれが人々の生活を象徴する魂でもあるような錯覚を覚える。コーヒーを飲み、私はじっと考え込んだ。ここまでやってきた道は正しいのだろうか。祖父母やまたそのご先祖様は、どう思っているのか。「それでよし。」という言葉は果たして自分の自己満足ではないのか。罪悪感に悩む必要はなし。適度に前向きで、また社交性も十分といえる私は、しかし満月には満たない今夜の月のようなものだ。実は太陽になりたいのだけど、月はいつまでも月である。夢物語のように太陽の季節に憧れていても、自分にやってくるのは太陽が沈んだ闇の世界。「それでよし。」再びその言葉が浮かぶ。私はウェイトレスを呼び、お勘定をお願いする。憧れは憧れでしかない。自分は自分の道を歩むしかない。その道は今までご先祖や多くの関係者が作ってきた道である。隣の芝生を眺めてはため息をつくような真似は禁物である。ましてやテレビや新聞などの情報にたぶらかされて、闇雲に人を批判したり笑ったりするのもどうだろう。私には私の信念があり、時折それが自分の邪魔をする。まるで太陽が自分の影を見れないように。または太陽ではないとするならば、月が自分の明るさを知らないとでも言おうか。私は車を走らせ、赤信号で止まる。下界の空気はせわしなく、山沿いを走っていても苦しくなることがある。私はタバコを手に取り、火をつけようとする。するとそこに一匹の蚊が迷い込んできた。私は窓を開ける。すると蚊はスーっといなくなる。蝉の声が聞こえてきて、信号は青に変わる。アクセルを踏むと、一段と軽い風が私の頬をなでた。「オーケー、それでいいんだ。」私はそうつぶやいて家路に着く。手元には一本のタバコ、そして新しく手に入れた心、両親にもらった健康な肉体、これまで育ててもらった礼儀や知識。われわれはニホンジンで、大阪に住み北攝地方をゆかりとしている。しかし、それもまた一匹の蚊のようにはかなきもの。あちこちに飛び散っては死んでゆく。そしてかの地で、土となり骨となり光となりまた帰って来る。その先には北攝霊園、空に浮かぶ月、または一陣の風。


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