第6話 始まり
待っていた、なぜそんな言葉が笑顔に出てきたのかは分からない。
実際は5分くらいしか、屋上に着いてから時間は経っていないのだ。
なのに、それは言わなければならない気がした。
「何いってんのあんた」
そんな俺を朱宮は、バカにしたような表情で見つめてくる。
やめて、そんな微妙な顔で見ないで…。
「えっと…」
次の言葉が出てこない。
言葉は選んで話さないとな…何から話そうかな。
そんな俺の煮えきらない態度を見て朱宮は、痺れを切らして話してくる。
「何のようで屋上に呼び出したの…てか何で屋上なんか開いてんの?」
屋上がなぜ開いてるのかを聞いてくる朱宮。
そりゃ気になるよな。
屋上は昨日でコバ先にカギを開けておいて貰うようにお願いした、なので今日は屋上が開いている。
おっと、そんな事を話しに来たわけじゃない。
俺は少しずつ話しを始めた。
「あーいや、その、昨日のことなんだけどな」
そう言うと、朱宮はすぐに返事をした。
「うん、それが何よ?」
えっと、やっぱり話しづらいな…認めなきゃならないのだ、この話をするということは。
だが俺は、観念して喋り始める。
「俺も、挫折したんだ」
俺も、夢を諦めたという話を。
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どこまで話をしただろう。
ユースに上がれなかった事から始まり、身長が止まって同級生に運動能力で負け始めたこと。
そして監督やコーチに戦力外を受けたこと。
そこまで話をした時に、ふと気づく。
朱宮が涙を流しているのを。
「おい、朱宮?」
俺の言葉で気づいたのか、朱宮はハッとして涙を拭う。
下を向いてたから、わからなかった。
「いや、違うの…ゴメンなさい…」
朱宮の口から謝罪が述べられる。
「あたし、自分のことしか考えてなかったんだ、最低ね」
自分のことしか考えてない?
そんなはずがない、俺の話を聞いて涙を流してくれる、そんな子が最低なわけがない。
「そんなことねえよ」
「ううん、違わないわ」
それでも、朱宮は否定する。
そして、付け加えるようにこういった。
「反省するわ」
それはキリッとした顔で真っ直ぐに言った。
人のことを考えることのできる子なんだろう、彼女は。
そう言った彼女を見て、俺は心の中で1つの決意が生まれる。
彼女は、間違いなく素直な子なのだ。
なら俺は、彼女の手伝いをしたい。
サッカーに代わる何かを見つける手伝いを、だ。
「朱宮、1つ提案があるんだ」
俺は、彼女にそう言った。
「な、何かしら?」
彼女は一瞬ビクッとしたが、表情を元に戻し不思議そうにする。
「俺もさ、サッカーしかしてこなかったんだ…昔からずっと」
「そう、あたしもしてこなかったわ」
俺たちは、サッカー以外の人生を知らないんだ。
少なくとも、高校に入って夢中になれるものも無く、夢に出てきて絶望するくらいには。
「だからさ、俺と一緒に普通の楽しみ方を探さないか?」
だったら、一緒に探していけばいいのだ。
幸い、周りにはモロや月見里もいる。
あいつらと一緒になら楽しめるだろう。
「ダメかな?」
少しだけ考えて朱宮は、こう言った。
「あたし、ワガママよ?」
「背番号10だったからよく知ってる」
エースナンバーを付けてるやつなんて、だいたいがそうだ。
「遊びとか全然知らないわよ?」
「2人で考えよう。
それでもダメならモロとかツッキーに聞こうぜ、あいつらなら教えてくれるさ」
そう、もう俺たちは、1人じゃないのだ。
2人で考えて、それでもダメなら周りに助けを求めよう。
コバ先に聞いてみるのもいいだろう。
ここはピッチの上じゃない、逃げ出したっていい。
「夏になったらみんなでプールに行こうぜ、夏祭りに行くのも良さそうだ」
秋には紅葉を見に行ったり、冬にはスキーしたりして、来年には花見だ。
そんなことを言ったりした。
「朱宮は、どんなことしたい?」
「あたしは、花火かなあ」
朱宮はふと、そう言ってきた。
「夏に海行って釣りやって、虫捕りとかも久しぶりにやりたいな」
朱宮はやりたいことを次々に言ってくる。
そんな表情はまるで無垢な子どものようだ。
「みんなでまたボーリング行ったり、カラオケも行ったりしたいな…教室で話したりするだけでもいいな」
そういうのもいいだろう、楽しそうだ。
そう思い、彼女に改めて訪ねてみる。
「朱宮、もう一度言うよ、俺と一緒に遊び…ちょっと違うか」
うん、ちょっと違うな。
遊び仲間、いや普通にあれでいいだろ。
俺は朱宮の顔を真っ直ぐに見てこう言った。
「朱宮 夜明さん、俺と友達になってください」
彼女は、ぎこちなくも笑顔でこう言った。
「こちらこそよろしくお願いします」
その時、彼女の小指から見えた黒いモノが虹色の『糸』に変わったのが俺には見えた。
第1章はこれで終わりです。
次からは短編を挟みながらぎこちない2人の友人生活を描いていきます。