第5話 挫折
その少女は大阪の港町で産まれた。
生まれた頃からそれはそれは可愛らしい赤ん坊だった。
だが、生まれた土地が大阪の港町。
その子は荒くれ者どもと共に育った。
遊びといえば、地域の悪ガキたちと一緒に港を走り回ったり、港を使ったかくれんぼなど。
そんな彼女たちは、周囲の大人に安全に遊んでもらうために遊び道具を与えられた。
…それがサッカーボールだった。
それからと言うもの、彼女たちは朝から晩までサッカーを続ける。
最初の頃は小学校、低学年…ボールを追いかけるだけのお団子サッカー。
それが、年を取るにつれ…ポジションや戦術を大人に教えてもらう。
高学年には市のサッカー大会に参加し、3位にまで登りつめる。
そんなチームの中心人物は彼女、朱宮 夜明だったらしい。
男子の中に混じってもなお、レギュラーで、さらにエース。
間違いなく彼女はその世界の中心だったのだ。
そこまで語った後、彼女は俺の顔を見てこう言った。
「中学1年生であたしは挫折したわ」
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中学1年生になっても、あたしは地元のチームの中心だった。
同年代の子には、1対1じゃ負けない。
ても、中学に入ってからは少しずつ変わってきた。
圧倒できなくなってきた。
少しずつ、少しずつなのだ…急にあたしがヘタになったわけでも、周りが上手くなったわけでもない。
周りの運動能力が伸びてきた。
それだけだ、それだけなのだ。
残酷な男女間の差。
周りとの運動能力の差。
俺が中3で思い知った事を朱宮は、中学1年で痛感した。
「そんなことくらい、もっと上手くなればいいと思った」
朱宮は、言葉を続ける。
「テクニックじゃ、誰にも負けないって…思ってた」
そして、悲しそうな顔でこう言った。
「同い年の、それも身長も同じくらいの男の子に、あたしは完敗した…
あたしは特別なんかじゃ無かったの」
その時、俺は見た…彼女から黒い『糸』が出ているのを…。
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その後、俺たちはボーリングが終わって解散した。
俺は、朱宮の顔を見ることができなかった。
どんな顔で見ればいいというのだ…。
そんな帰り道、俺はモロに相談することにした。
「なあ、モロ…」
「ん、どしたヒカ?」
モロは不思議そうな顔で訪ねてくる。
こいつなら、教えてくれるだろうか…。
俺が朱宮にしてしまった、取り返しのつかないかも知れない事の解決方法を。
「モロは、誰かを傷つけてしまったことってあるか?」
「そんなもの、いくらでもあるさ」
モロは、飄々と答える。
こいつが、誰かを傷つけることなんかあるのか?
もしかしたら、昔はキレやすかったのかも知れない。
小学校からの知り合いだが、俺は中3からしか仲良くしてないしな…。
そう考えてると、モロは話を続ける。
「本当に、取り返しがつかないことってあんまりないと思うんだ」
モロは俺に対して、そんなことを話してくる。
「最初はさ、俺も後悔しながら生きてたんだけどな?
…でもさ、悪いことだらけじゃなかった」
モロは、俺に微笑みながら話す。
「お前や、月見里たちとも仲良くなれた、それは後悔してないぜ…俺」
なんてイケメンなやつなんだこいつは。
少し泣きそうになっている俺は…こいつに何をしてやれるんだろうか。
俺は何か、モロが困ったときに助けてやれるんだろうか…。
「でもな、ヒカ…これだけ、俺は思っているんだ」
真剣な表情で、彼はこう言った。
「悲しませたのがわざとじゃないなら、その子を笑顔にしてやるんだ」
「それが、傷つけた側の責任ってやつだ…有耶無耶にすることだけは…許されないんだ」
やっぱり、こいつに相談して正解だったな…。
彼のおかげで大分楽になった。
責任か、そうだ…そうだよな。
「ありがとよ、モロ…やっぱりお前は頼りになるな」
「まあ、将来大物になるからね」
冗談を言い合う。
こいつが困っていたら、絶対に力になってやる。
それだけは、心に誓い…モロと別れ自宅に帰った。
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ーー
ーーー
自宅に帰った俺は布団に絡まり考えていた。
どうやって、朱宮に謝罪するかだ。
謝罪と言うのとは、少し違うか。
彼女と俺はスポーツでぶつかり合った。
スポーツマンシップに則り、ラフプレーなどをしたわけじゃない。
「どう言おう…」
だから、謝罪じゃないのだ。
謝罪ではダメなのだ、それだけは分かっている。
同情では人は駄目になる。
それにあの黒い『糸』を何とかしなければならない。
そのことも考えなければならない。
あれは何だ?
くそ、頭がこんがらがってくる。
「全ては明日だ…備えて寝よう」
明日のことを考えながら、俺は眠りについた。
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次の日、俺は30分前に着くように登校した。
着いたと同時に朱宮の下駄箱に手紙を入れる。
内容は簡単に言うと、放課後屋上に来て下さいって感じだ。
差出人不明にしておくが、さり気なく俺っぽくわかるようにしている。
そして、朱宮とはなるべく顔を合わさないようにする。
「覚悟決めたか?」
「まあ、逃げるのはやめたよ」
モロと軽口を叩きながら放課後になるのを待つ。
放課後になると同時に屋上にダッシュする。
先に行って待ち構えておくのだ。
そして、待っているとついに彼女は現れた。
「待ってたぜ、朱宮」