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95. 誰かが忘れているかもしれない僕らに大切な00Xのこと

 団地を追い返されて数分後。折邑(おりむら)紫堂(しどう)怪原(かいはら)理里(りさと)珠飛亜(すひあ)の姉弟は、近所の喫茶店の喫煙席に座っていた。


「すまんな、家内がかんしゃくを起こして。いつもはあんなじゃないんだが」

「いえ、お構いなく……」


 着席して早々、紫堂は胸ポケットから取り出した煙草をふかし始めた。米寿も近そうな女店主が折れた腰で注文を聞きに来たので、理里がメロンクリームソーダをふたつ頼むと、紫堂もアイスコーヒーを頼んだ。


(お姉ちゃんの好物、覚えてくれてるね。ポイント高いぞっ♡)


 左耳のささやきを黙殺して、理里はふたたび紫堂に目を向けた。


「それでその、娘さんについてなんですが……」

「ああ、俺は覚えてる。というより、最近思い出したんだがな」

「思い出した?」

「ああ。四日前の晩、突然な」


 紫堂の説明は詳細だった。四日前の晩、ベランダで煙草を吸う習慣をつけた理由を考えていると、急に頭痛に襲われた。その後、元は紫苑の部屋だった空き部屋を見て、娘の記憶を取り戻したのだという。


「ただ、俺があの部屋で記憶を取り戻せたのは、娘との思い出がそこにしか無かったからだと考えている」

「と、言いますと」

「家内はまだ記憶が戻っていないんだ。あいつは俺よりもはるかに、紫苑との思い出が多かったはずだ……だから、家の中程度の記憶では刺激にならないんだろう。俺はあの場所以外、娘との思い出は無かったからな……皮肉なもんだ」


 紫堂はぶっきらぼうに言って、窓の外を眺めた。


「……」

「おっといけねえ、しんみりした話は無しだな。それで、君たちは紫苑の同級生だったな」

「ええ、学校で紫苑さんのことを覚えているのは僕たちだけみたいで」


 理里は、学級名簿や在籍記録の話をあえて出さなかった。紫堂が一般人である以上、超常の力がかかわっていることは明かせない。


「……ふむ。なぜ、君たちだけなんだろうな」


 そう言うと紫堂は黙りこみ、燃えた煙草の先を灰皿に落とした。


「なぜ、って……」


 そんなことは、明白だ。


 彼女の消滅以前に起きたできごとは? そう、柚葉市の凍結。あの大事件は、神々の手によって「無かった」ことにされた。怪原家と英雄たち以外、誰一人あのできごとを覚えていない(手塩に確認したわけではないが、おそらく覚えているだろう)。裏を返せば、彼らだけが凍結事件を記憶していることになる。

 同じように、怪原家の面々は折邑紫苑を記憶している。厳密に言えば、直接の面識がある理里・珠飛亜・希瑠の三人がだ。これが意味するところは何か?


(――彼女の消滅は、柚葉市の修復を行ったのと同じ存在による可能性が高い)


 すなわちオリンポスの神々によって。

 自らが超常の存在である怪原家の面々から、超常の事件の記憶を消す必要性は全くない。神々はコンピューターではないので、「この領域内の生物すべての記憶を消す」などという芸当はできない。すべての対象を個別に認識し、ひとつひとつその記憶を消していかなければならない。無駄を嫌う神々にとって、必要のない作業は瞬時に可能なことでさえ面倒なのだ……恵奈がそう言っていた。


(だが……そうだとしても、折邑さんを消す理由がない)


 そう、問題はそこだ。


 なぜ折邑紫苑は神々に消されなければならなかった? ただ少し派手なだけの、気の強い少女が。彼女が、神々の修復の力が及ばない特異点のような存在だったとか? あるいは……


「……!」

「何か気付いたのか?」


 上目遣いを向ける紫堂に、理里は平静を装って問うてみる。


「いや、まったく。……そういえば、紫苑さんのあの髪って、染めてるんですよね? すごく派手ですよね……」

「いや、あれは生まれつきだ」

「本当ですか!?」


 あからさまに理里が驚くと、紫堂は戸惑いつつ説明してくれた。


「ああ、詳しいことは分からんがな。突然変異だとか医者は言ってたぞ。研究のネタにしたがってたが、断ったよ」


 あごひげを触りながら、紫堂は恨めしそうに天井を見た。娘をモルモットにされかけた記憶がよみがえったのだろうか。


「思えば、酷い父親だった……いなくなってみてようやく分かったよ。俺は娘を愛していた。大義のためだとうそぶいて、普段は遠ざけておきながら……消えた途端に、心に穴が空いたようだ」


 ここでないどこかを眺めていた目を、紫堂はふたたび理里に向けた。


「俺はどうしても娘を救いたい。改めてどうか、協力してもらえないだろうか」


 そう言って彼は頭を下げた。


「あ、頭を上げてください。むしろ協力をお願いしたいのは僕たちで……」


 そう彼を制していた理里の中に、ふと疑念が生まれた。


(……この人に、真実を隠していていいのだろうか)


 すなわち神々の存在を、理里たちの正体を。

 この男は、真に娘を見つけ出したいと願っている。もう一度娘に会いたいと願っている。このまま超常の存在を、そして自分たちの正体を彼に隠し続けることは、その真摯な思いを裏切ることではないか。


「折邑さん、もちろん僕たちは協力します。というか、させてもらいたいです。それはそれとして……もうひとりこの場に呼びたい人がいるんですが、構いませんか?」


「? ああ……」

「りーくん、誰を呼ぶの?」


 不穏な空気を悟った珠飛亜が問うてくる。そんな姉に、理里は告げた。


「珠飛亜。手塩先輩を、この場に呼んでくれ」


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