88. 妖精
ふふふ。
あはは。
うふふふ。
あははは。
(……? だれだ……)
頭の中で、声が聞こえる。
幼い少女のような、それでいて貴婦人のようでもある笑い声。それらが、理里の周りをとりまいている。
目を開くと、真っ青な空。水彩絵の具で画用紙に塗ったような碧の上に、ぷかぷかと浮かぶ羊雲。
視界には金の花をつけた木々が、緑の丘の斜面に沿って規則正しく並んでいる。これはそう、幼稚園の時に家族で行ったミカン畑のような。
その木々の間を飛び交うモノに、理里は目を奪われた。
(あれは……!?)
緑色の、薄絹をまとった女たち。それらが宙に浮いて、黄金のじょうろで木々に水をやっている。ときおり彼女らが息を吹くと、甘い香りがただよい、スミレ色の風がふわりと抜けていく。
数は一、二、三……全部で七人。それらが、あるときは現れ、またふと時には消えて、たえまなく笑い声を響かせながら木々の世話をしている。
(妖精……か?)
そう表現するのが最も正しかろう。しかしいわゆる手の平サイズの小妖精ではない、もっと大きなもの……精霊? 木精?
理里が頭を巡らせていると、ひとりが彼に気付いた。
『あら。■■■■■、ずいぶんとひさしぶりね』
「……えっ?」
その知らない名で、妖精は親しげに彼に微笑みかけた。
違う。断じて知り合いなどではない。理里は一度も、彼女らのうちの一人とすら会ったことはない。
だというのに、妖精たちはその調子で続ける。
『ほんとうだわ。ずいぶんかわいらしくなっちゃったのね』
『なつかしいわ。むかしはあなたのほうが、ずいぶんおおきかったのにね』
「待ってくれ。俺は、あんたたちと会ったことなんて……」
戸惑う理里がこぼす。しかし、妖精はふわふわと彼の周りを巡るばかり。
『あら、おかしなこというのね。わたしたち、ずっといっしょじゃない』
『そうよ。あなたがうまれてからずっとね』
「違う、俺は! おまえたちは、いったい……」
うふふ。
うふふふ。
うふふふふ。
またあいましょうね、かわいいぼうや。