79. メーデー
「……」
突然の土下座に理里はあっけにとられる。
ひたいを地面に付けたまま手塩は続ける。
「本来なら、上司である私が処分を下すべきところ……ですが、私では奴に近づけない。斬撃は防げても空気の弾丸は防げない……
ですが」
手塩は語気を強めた。
「あなたの"蛇媓眼"の光なら、遠距離から奴を狙撃することができる。 空気の刃の結界などものともせず、あの裏切り者を仕留めることができる!
ですから、どうかお願いいたします! そのためならこのテセウス、何でもすると約束する!」
手塩の声は必死だった。普段の彼からは全く想像できないほど、感情のこもった声で彼は懇願している。
理里は、まだ理解が追い付かずにいた。
「えっと……とりあえず頭を上げてください」
「なりません。 『うん』と言っていただけるまでは」
手塩は動くようすがない。
「えっと……ひとつずつ整理しますね。ヒッポノオス……あの長髪の英雄は、綺羅を利用して世界を滅ぼそうとしていると」
「はい」
「先輩は彼を殺してでもそれを止めたい、でもできないと」
「はい」
「それで、俺の蛇媓眼で殺してほしいと……」
「はい」
「……つまり、彼を止められればそれでいいのでは?」
「……はい?」
手塩が顔を上げた。
「いや、それは違います。私は指揮官として、彼に罰を下さなければ……」
「それ、本音ですか?」
「…………」
今度は、手塩が言葉を失う番だった。
理里は続ける。
「いや、俺にはそうとは思えないんですよね。先輩、言葉では『殺してくれ』って言ってるけど……『たすけてくれ』って聞こえるんですよ、俺には」
「……ッ」
苦笑。
「あなたのような若造に見抜かれるとは……。感情を隠すのは得意だと思っていましたが」
「普段はぜんぜん分かりませんよ? ……けど今回は露骨でしたね」
「わたしもまだまだ修行が足りないようだ」
手塩は頭の後ろを掻き、姿勢を正す。
その両目には、既に普段の強固な意志が戻っていた。
「そうです、私は彼を救いたい。
むろん今回の事件の責任は取ってもらわねばならないが……彼はあまりに哀れだ。しかし私には救えない。
君には救えますか?」
手塩は試すように問う。
その問いを向けられた、蜥蜴男は……
「……ええ、まあ。
……ひとつ確認したいのですが、彼は――――とか、できます?」
ひとつだけ質問をする。その問いは手塩が想像もしていなかった内容だったが、
「……確かに、あなたと対峙するならそのような対応をすると言っていましたが」
それは事実だったので肯定した。
すると理里は、
「……なら間違いない。
あんたの友達、きっと俺が『助けて』みせます」
尖った歯を見せ、笑った。




