78. 決意の懇願
「手塩先輩、どうして」
満身創痍の手塩に理里が問うと、彼は咳き込みながら答えた。
「我々の仲間、ヒッポノオスが暴走したのです。彼はキマイラを利用し、世界を滅ぼそうとしている。私も珠飛亜先輩も彼に傷を負わされた……ごほっ」
手塩がふたたび血を吐く。
「だ、大丈夫ですか!?」
「詳しいことはあとで話します。今はこの方の手当てをしなくては」
☆
「……慣れてるんですね」
理里がブラウスをちぎっている間に、手塩は渡された切れ端を傷口に巻いていく。ぱっくり割れた切り口を丁寧にくっつけ、くるくると手際よく。
「戦で何度か経験がありますから。君の父上との戦いでもこうした手当てはしました。ここまでの大怪我なら普通死んでいますがね」
「……」
相変わらず嫌味なやつだと思いながら、理里は自分のブラウスを破る。
「そういえば、ヒッポノオスが裏切ったってどういう意味です? 世界を滅ぼすって」
「……彼は、月に愛されてしまったのです」
手塩は静かに答える。理里に背を向け、包帯を巻く手を止めないまま。
「……月?」
「狂ったということです。月女神アルテミスの寵愛を受けた……狂気に呑まれた者を、われわれギリシャの文化ではそう言います」
手塩は手を止めない。スムーズに、包帯を傷口に巻いていく。
「……怪原理里。いや、怪原理里くん」
「……はい?」
急にかしこまった声に、理里は手を止める。すると、手塩は座ったまま身をひるがえし、
土下座した。
「ちょっ……どうしたんですか!?」
戸惑う理里に、彼は、思いもよらない『頼み』を告げた。
「どうか、彼を……ヒッポノオスを、殺してもらえないだろうか」
雪風が、ふたりの前髪を揺らしていた。




