からっぽハニー
理里が目覚めた翌日、昼休みの柚葉高校一年九組。
入学したてということもあり、一、二、三限と続いた授業はまだ難易度が低めだ。クラスのメンバーには疲れたようすも見えない。
だが彼だけは、疲労から逃れることは叶わない。
「それでねそれでね、ボールをばーん! ってキックしたら、びゅーん! って飛んで行って、ゴールにぱーん! って入ったの! と同時に、審判の笛がびーッ! って鳴って! おかげでチームが逆転勝利しちゃったんだよ!」
「そうか……そりゃ、すごいなぁ……」
オノマトペたっぷりのセリフの主はもちろん珠飛亜。それを疲れたっぷりの顔で聞いているのは、もちろん理里。
「……りーくん、リアクション薄くない? ちゃんとあいづち打たないと、『しゃかいせい』を疑われるよ?」
「いやさ……いくらなんでも毎休憩ごとにそのテンションで喋られたら……さすがに……疲れる……」
理里の護衛を仰せつかってからというもの、珠飛亜は毎授業のおわりごとに一年九組に襲来するようになってしまった。
「昼休みだけとか、終礼のあととかならまだ分かるけどさ。ぜんぶの休憩時間に遊びに来られるのは、さすがにキツイ……」
理里がこぼすと、珠飛亜は少し肩を落とし、
「あっ……そうだったの」
申し訳なさそうに肩をすくめた。
「ごめんね。りーくんのこと守らなきゃって思うと、おねえちゃんいてもたってもいられなくなっちゃって……授業にも全然集中できなくてね。りーくん大丈夫かなって、すぐに心配になっちゃうの。ほんとなら、授業も一緒に受けたいくらいなんだよ」
「冗談でも勘弁してくれ……」
姉と並んで授業など、クラスの笑い者では済まない。
「それに、りーくんと話してるって思うと楽しくなってきちゃうの。……そうだね、疲れちゃうよね。ごめんね」
「いやぁ……別に」
騒がれすぎるのも問題だが、しおらしい珠飛亜などらしくない。
しかし、こうも素直に珠飛亜が行動を改めるとは珍しい。何かよくないことでもあったのだろうか。
と、理里は心配したが、
「ありがと。じゃあ話しかけないで見つめてるだけにする!」
「いやその方が気まずくないか!?」
やはり珠飛亜は珠飛亜のままだった。
――それはそれとして、理里は声を少し落とし珠飛亜の耳にささやく。
「……あれから手塩先輩に動きはあったか?」
「いや、ぜんぜん。すれ違っても普段通りに話しかけてくるよ、逆に不気味なくらい」
「そうか……」
手塩は、理里が倒れたら次は珠飛亜を狙うと言っていた。理里は倒されたわけではないし、彼も手負いであるから、今は様子を見ているのだろうか。
「あ、でも、ちょっとおかしなことはあったかな」
「……?」
理里が首をかしげると、珠飛亜は爪を噛みながら語りだす。
「りーくんを連れて帰ってすぐだったかな。ママが『妙な気配がする』ってずっと言ってたの。それで家の中をいろいろ探してみたら……屋根裏に、大きなハチの巣が見つかってさ」
「蜂の巣……? そりゃ、おかしいな」
怪原家の周りには、父が残した結界が張られているため、虫一匹入ることはできないはず。蜂が巣をつくるなどありえない。
「そうなんだよ。しかも、働きバチがぜんぜんいなかったんだよね」
「えっ、一匹もか」
聞いて、理里は怪訝な顔をした。
ふつう、ハチの巣には巣を守るために働きバチが常駐している。幼虫に餌を与える者や女王バチだっているはずだ。一匹も巣にハチがいないというのは、普通あり得ない。
「巣を捨てたんだろうか? ……それとも『引っ越し』か? キイロスズメバチにそういう習性があるぞ」
「うーん……にしてもおかしいの。数日前にママが屋根裏に入ったんだけど、その時は何もなかったんだって。新しくできた巣だったら、働きバチがいないとおかしいじゃん? でも、一匹もいなかったんだよね。死骸もひとつもなかったんだよ? 駆除業者さんも首を傾げてたよ」
「……それは確かに妙だな」
まるで、人が来るのを察して逃げ出したような。